私が参画した某専門店ECは、在籍約8年間で売上高、営業利益ともに数倍の伸びを実現しました。本章では、そのECにおいて実際にどうやって売り上げ&利益を向上させたのかについて説明します。
某専門店ECでの挑戦
「これってその商品ジャンル限定のECの事例だよね。であればうちとは関係ないね」などと捉えないでください。世の中には完全一致したビジネスなど2つと存在しません。相違点ばかりを見るのではなく、皆さんが進められているビジネスとの共通点をぜひ見いだしてください。その共通点こそが、顧客勘定PDCAサイクルの定石です。
私が2011年に某専門店ECに参画したときのテーマは、当時の売上高を数年で数倍に成長させることでした。このときにまず私が考えたのが、「現状の可視化」「皆でイメージできる、共有しやすい目標設定」「目標達成に向けた階段設計」でした。1990年代後半から構想し、コンサルティング会社でクライアントに提案してきた顧客勘定PDCAサイクルを自らが推進することで、売り上げ&利益を飛躍的に拡大できるのではないかと考えました。また、可視化や共有しやすい目標の部分では、物事を多角的に見ることを意識しました。
小売業の売上高は客数×単価で出来上がっているので、このどちらか、あるいは両方を上げることができれば売り上げは伸びます。客数×単価を次のように整理してみました。
まず1品単価は、もろもろの商品ジャンルがあるため当初よく分かりませんでしたが、「1回当たり2点くらい買うのでは」と仮説を立て、設定してみました。次に、年間で1人当たりどのくらい購入するかを考えてみました。1点しか買わない顧客から、10点、20点と買うヘビーな顧客までさまざまです。春夏秋冬で1回ずつ、年間4回買うと仮説を立て、1品単価×買い上げ点数×年間平均購入頻度から1客単価を算出してみました。
この数式に基づいて、年間売上高を1客単価で割ると、年間で1回以上購入する顧客の数、すなわちAUUを算出できます。売り上げを伸ばすには、AUUと1客単価のどちらが増やしやすいかを考える必要があります。もちろん両方増やせればそれに越したことはないのですが、取扱商材の性質から、難易度には差が出るものです。私が参画した専門店ECが扱う商品は嗜好性、趣味性が高く、「欲しいものは欲しいけれど、いらないものはいらない」と好みがハッキリ分かれるからです。嗜好性や趣味性の高い商材群において1客単価を飛躍的に上げるのは、相当に難易度が高そうだというのが私の所見でした。
ではどうするか。購入客数を増やすことにフォーカスしよう。これしかない! と思いました。目標の売上高を想定する1客単価で割ってみると、想定されるAUU数が算出できます。このAUU数を最終の解として、現在のAUUをどれだけ維持・育成・獲得すればよいのか。この数式をつくってみれば、目標売上高への道筋が見えてくると考えました。これが、私がECの場で実際に顧客勘定PDCAサイクルを推進した原点です。
仮説は合っていたのかの検証
こうして立てた数字の仮説は、果たして的を射たもの、あるいはとんちんかんだったのか。確認したところ、結論としてはほぼ正解でした。
平均1品単価、1回当たり平均購入点数、平均1回単価はほぼ想定通り。1客単価については、ローデータを拾って調べてみました。1年間に購入実績のある顧客の平均1客単価、同購入頻度もほぼ想定通りでした。
私は表をつくって、一緒にECの売り上げ&利益を上げていくメンバーに共有しました。「今△人のAUU数を○人にすれば目標売上高は達成できる」という宣言です。これは顧客勘定PDCAサイクル3要素の2番目「目標設定」(あるべき姿の設定)に該当するものです。
ただ単に「売上高を◎倍にする」とアピールするだけでは「何をどうやって?」というイメージが浮かばず、気合と根性論になってしまいます。顧客の数を○人に増やすと宣言したことで、「AUUの数を◎倍強にすればいいんだな」と、成功時のイメージを共有することができました。1客単価はそう簡単に増やせず「変化ナシ」と設定すれば、売上高◎倍とはAUU数◎倍にすることであるのは当たり前といえば当たり前なのですが、業績で言われてもピンときづらい数字を顧客数に置き換えることで、意識が変わるのです。
私は「データ」と「情報」という言葉を使い分けました。某専門店ECにはデータはありました。データがあるからこそ、1客単価がいくらかが分かったわけです。では情報とは何か? 「必要なアクションにつながる知恵が情報である」と考えています。
「×円の売り上げを構築するためには△万人の年間1回以上購入する顧客(AUU)が必要」といった具合に、データから導き出したものが情報です。単にデータを保有しているだけでは不十分であり、ビジョンや目的、目標達成に向けた必要なアクションにつなげることができるようにデータを活用し、情報化していくことが重要です。
某専門店ECには、十分とまでは言い切れないものの各種データはそろっている状態でした。データがあること自体、恵まれた環境です。あとはこれを情報化して活用すればいいだけ。メンバー一同、目標売上高の達成に向けて、データの解析、加工といった情報化に動くことにしました。
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