マーケターのためのCES2023キーワード 第3回

「もうCESってクルマの展示会だよね」。何度も米ラスベガスの会場に訪れている人からそんな声が聞こえてくるほど、近年のデジタル見本市「CES」はクルマ関連の話題が豊富。今回もソニーとホンダの試作車が話題になった。専門家はどこに注目したのか。MaaS Tech JapanのCTO(最高技術責任者)、渡邊徹志氏が解説する。

 2022年は新型コロナウイルスの変異型が広がり、泣く泣く渡航をキャンセルしたが、今回は晴れて3年振りにラスベガスのリアル会場での参加がかなった。モビリティーの変化という視点で各種のセッションと展示会場全体を見て回り、気になったものをリポートする。

 CESの開幕前には米民生技術協会(CTA)が見どころを紹介する恒例のセッションがある。この中で注目の技術トレンドとして6つの項目の紹介があった。「エンタープライズの技術革新」「メタバース/Web3.0」に並んで3番目が「輸送/モビリティー」だった。

米民生技術協会(CTA)が紹介した6つの技術トレンド。「エンタープライズの技術⾰新」「メタバース/Web3.0」「輸送/モビリティー」「ヘルステック」「サステナビリティー」「ゲーム」が挙げられた
米民生技術協会(CTA)が紹介した6つの技術トレンド。「エンタープライズの技術⾰新」「メタバース/Web3.0」「輸送/モビリティー」「ヘルステック」「サステナビリティー」「ゲーム」が挙げられた

 これらの技術は連動して広がっていくという説明があった。「エンタープライズの技術革新」の部分は、クラウド、AI(人工知能)、ロボティクス、サイバーセキュリティーなどの技術を指す。これをベースに、工場を3Dデータ化して製造の効率化を進めるスマートファクトリーなどが広がりつつあり、2番目の「メタバース」が絡んでくる。

 さらに「輸送/モビリティー」との連動によって、工場内だけでなくサプライチェーン(供給網)全体を含めた自律システムで、販売の管理が実現されていく。現状の移動サービスでもさまざまな分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進行しており、さらなる進化には自動化やバーチャル化といった軸が必要になるというのは我々の実感にも近い。

 移動の技術には「電動化」「スマート化」「高性能化」という3つのポイントがあるという説明もあった。この説明を聞いても、会場を見ても、正直なところ、移動という概念に関わる革新や破壊的イノベーションと言えるような提案まではなかった。ただ、さまざまな技術を組み合わせ、着実に一般化(コンシューマー化)する過程を垣間見たと感じている。この点に関して私自身はマイナスに捉えているわけではなく、各社が着実に研究開発を進めていると感じ取った。

クルマのソフトウエアを重視したUXが加速

 独BMWの基調講演で発表されたコンセプトモデル「i Vision Dee」は、1980年代のドラマ「ナイトライダー」に登場するクルマ「ナイト2000」のような自然な対話ができるAIを搭載する。フロントガラスが透過型のディスプレーで、ナビやカーステレオの情報を表示できる。

独BMWが発表したコンセプトモデル「i Vision Dee」
独BMWが発表したコンセプトモデル「i Vision Dee」

 車両システムとエンターテインメントを切り離して開発を進め、より柔軟な移動体験をもたらすというのがこのシステムのコンセプトである。後半では、電子ペーパーの技術を組み込むことでボディーの色が変えられるというデモも見せた。これも本質的にはよりとがったUX(ユーザーエクスペリエンス)を目指す試みの1つだろう。こうしたソフトウエアやサービスを重視するクルマは「Software Defined Vehicle(ソフトウエア・デファインド・ビークル)」と呼ばれる。この潮流のマイルストーン的な車両とも捉えられる。この部分は、ソニーグループとホンダが共同出資するソニー・ホンダモビリティの新しいEV(電気自動車)試作車「AFEELA(アフィーラ)」も含め、別記事で考察を行う。

 個人的にBMWのプレゼンテーションはCES 2023中でダントツに面白く、アーノルド・シュワルツェネッガー氏が登場して熱くDeeとBMWについて語るなど、正にラスベガスの夜にふさわしいショーであった。

イタルデザインが手掛ける移動空間

 2018年のCESで、トヨタはEVの自動運転シャトル「e-Palette」を展示した。それ以来、同様のポッド型のクルマを見かけるのが毎回恒例になっている。今年も多数展示されていた。従来と異なるのはコンセプトモデルというより実際の車両に近づいているところ。ビジョンが現実になりつつあるようだ。

独ZFが展示した自動運転シャトル
独ZFが展示した自動運転シャトル

 自動車部品大手の独ZFは新世代自動運転シャトルを発表した。自動運転サービスの米スタートアップ、ビープとの提携も発表され、今後数千台規模の提供を目指すそうだ。クルマとサービスが統合するSoftware Defined Vehicleへの流れは明らかで、OEM(相手先ブランドによる生産)も決断を迫られる時期が差し迫っているのではないか。

ZFの自動運転シャトルの内部。広々としており、各種の設備も実運用に近い形になっていた。サービスインまで近いことが感じられた
ZFの自動運転シャトルの内部。広々としており、各種の設備も実運用に近い形になっていた。サービスインまで近いことが感じられた

 イタリアの工業デザイン大手、イタルデザインは試作車「Climb-E」を公開した。外見だけ見た時はよく分からなかったが、コンセプトムービーを見て納得した。シャトルというより移動空間パックであり、人々が普段生活している空間をそのまま運ぶ“モバイルルーム”とも言うべきコンセプトなのだ。これは筆者が大好きな考え方で、至る所でセンスを感じた。人が乗る“モバイルルーム”のユニットと駆動系は分離できる仕組みで、エレベーターやエスカレーターを手がけるスイスのシンドラーグループと連携しつつ、ビルでの昇降機やゴンドラを使った移動などの仕組みをつくっていく。今の技術で実現できる要素技術をきれいにパッケージングしている。さすがイタルデザインだ。

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