「100年に一度」といわれる大変革期にある自動車産業の未来を読み解く新刊『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)。今回からは筆者の木村将之、森俊彦、下田裕和が、国内外のモビリティ関連のトップランナーや投資家と対談し、日本の突破口を見いだしていく。

(写真/Shutterstock)
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 対談第1弾のゲストは、日本におけるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の第一人者といえる日高洋祐氏だ。あらためてMaaSとは、複数の交通手段をスマートフォン1つで検索・予約・決済可能にし、シームレスな移動体験をつくり出す概念。日高氏はデータ統合基盤「TraISARE(トレイザー)」などを自治体や交通事業者へ提供し、MaaSの社会実装を目指すスタートアップ、MaaS Tech Japan(東京・千代田)を率いる。

 また、ベストセラーとなった『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 ―移動と都市の未来―』(いずれも日経BP刊)の共著者でもある。

▼関連リンク(クリックで別サイトへ) 『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP刊) 『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 ―移動と都市の未来―』(日経BP刊)

 日本のトップランナーとしてMaaSを推進する日高氏は、どのようなモビリティの未来を描いているのか。『モビリティX』をどう読み解いたのか――。


木村将之(以下、木村) まず、2030年に向けたモビリティサービスの展望についてお聞かせください。

日高洋祐氏(以下、日高) まずは、日本における前提条件と課題を押さえることが重要です。今後は人口減少、ドライバー不足、そして地域交通の赤字化などが大きな課題になります。地方部だとかなりの自治体が交通の問題に直面するはずで、人も雇えない状態になる自治体も数多くあると思います。

 MaaSや自動運転技術は、米ガートナーが提唱する「ハイプサイクル」でいうと、「過度な期待」のピークを過ぎて、すでに「幻滅期」に入っているかと思います。しかし、上記のような地方の今後を鑑みるに、社会実装への期待が高まることは間違いないと思います。

森俊彦(以下、森) おっしゃる通り、MaaSや自動運転は重要になってきますよね。我々も人口減少、高齢化が進む社会では、時間はかかりますが、一定の期間で自動運転が生活の中で重要な部分を占めるようになると考えています。加えて、人が減っていく中で魅力的な場所、移動需要が集まる場所を創造することも重要になってきますよね。

 移動需要が集まる場所を交通のノード(集合点)にできれば全体で移動が効率的になります。EV(電気自動車)化の前提に立つと、ノードをつくりつつうまくエネルギーチャージャーを設置し、スムーズな移動体験を実現することもできます。

日高 書籍『モビリティX』で紹介されていたように、米テスラや米アマゾン・ドット・コムはチャージャーの設置や物流ハブの内製化という形で交通ノードも丸抱えしながら、ユーザーの体験を中心にモビリティサービスをつくり切ってしまう側面があります。アマゾンのヘルスケア事業で診療から調剤配送までを一気通貫で提供してしまう事例では、人を診療に行かせることも薬を家で受け取るためにモノを運ぶこともできる。一連の体験自体に人やモノの移動を組み込んでしまい、全く新しい体験を創造しています。

 テスラもチャージャーの設置をはじめ、エネルギー産業も統合していって充電の体験が煩わしくならないような他社にはない体験を創造しています。これは本当に脅威だと思います。ここまでできなかったとしても、ユーザーの体験をデザインしつつ、魅力的な交通のノードをつくることは非常に重要です。

『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』
『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』

木村 日高さんは遠隔地の人気商品を郊外に運びながら、まさに交通のノードをつくる貨客混載の取り組みをされていましたよね。

日高 広島県庄原市の貨客混載事業のことですね。地域の交通事業者や関係者が一体となり隣接市にある人気ベーカリーのパンを運ぶというもので、商品を予約できるアプリを導入し、高速道路を使ってバスの路線上にある隣町にも運ぶ試みでした。焼きたてのパンが運ばれて即日完売し、貨客混載の起点となるバス停やお店を交通のノード化することで移動の効率を担保しながら、住民の方にも喜んでいただけたと感じています。コミュニティー全体を活性化する複合的な事業にやりがいと可能性を感じました。

木村 非常に面白い取り組みですね。地方分散型の都市の魅力を高める工夫は、これからの日本にとって本当に重要です。その際は、日高さんがやられたように人やモノの移動需要側を把握しているサービスとモビリティをシームレスに融合させる「異業種融合」が求められます。

 加えて、今後のEV社会を前提にすると、より良い体験のためにはエネルギーの状況とモビリティの状況双方を考慮しながらチャージャーや発電設備を整える必要があるかもしれない。今後は判断の際に考慮しなくてはならない要素が非常に多くなると思いますが、未来のモビリティをデザインするためには何が必要なのでしょうか。

鍵となる移動データの整備、その課題は?

日高 まず、データの整備が必要です。モビリティ・交通業界では環境面、経済性、安全性、持続可能性など、考慮しなくてはならない要素が多くあります。もはや人が把握できる要素数、データの量を超えているため、現在データやKPI(重要業績評価指標)の検討・整備が急速に進み、標準化も進んでいます。

 一例として、22年10月に欧州中心の官民連携機関MaaS Alliance(MaaSアライアンス)により発表されたホワイトペーパー「Mobility Data Spaces and MaaS」が挙げられます。相互運用性、接続性、信頼性を確保し、オープンなMaaSエコシステムを構築することを目的としており、様々なステークホルダー間の高度なデータ共有モデルと、共有インセンティブの設計を含むのが、Mobility Data Spacesとされています。

データ共有モデルと共有インセンティブの設計の基礎項目(出所/MaaS Alliance資料から)
データ共有モデルと共有インセンティブの設計の基礎項目(出所/MaaS Alliance資料から)
▼関連リンク(クリックで別サイトへ) MaaS Alliance資料

木村 共有のインセンティブを高めようという考え方は興味深いですね。

日高 実はこの部分が一番難しいです。様々なデータをお互いに利用したいのにデータを出さなければ、部分最適なモビリティになってしまいますので。この部分を担保するためにフォーマットを定めるだけではなく、Trust(信頼)やGovernance(管理体制)も構成要素として重視されています。

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