※日経エンタテインメント! 2022年12月号の記事を再構成

深夜ラジオの代名詞として長年にわたってリスナーから支持を集めている「オールナイトニッポン」(以下、ANN)。記事「リスナー&広告拡大 オールナイトニッポンが示すラジオの可能性」でその全容を解説したが、この特集ではパーソナリティやスタッフのインタビューや研究記事を通して解き明かしていく。今回は番組制作における指揮官的存在である、ディレクターに集まってもらって座談会を開催した。

左から野上大貴氏、金子司氏、舟崎彩乃氏
左から野上大貴氏、金子司氏、舟崎彩乃氏

――「radiko」が一般化するなど、ラジオや「ANN」を取り巻く環境はこの数年で大きく変化しています。メーンのリスナー層が20代にも拡大しているそうですが、制作スタッフとしてどんな実感がありますか?

舟崎彩乃氏(担当番組:オードリー、乃木坂46、ぺこぱ。以下、舟崎) リスナーが拡大しているのはすごく感じますね。後から気軽にスマホで聴けるようになったのが、やっぱり大きかったので。

野上大貴氏(担当番組:星野源、霜降り明星、フワちゃん。以下、野上) 注目度が上がったことなどもあって、「ANN」はここ数年で、テレビを主戦場にしている人が、裏話を話す場所になったという変化はあると思います。良い意味でパブリックイメージとは異なる一面を見せる番組にシフトした気がします。過去と比べてサブカル感が薄まり、スターを身近に感じることができるツールになっているというか。

舟崎 そういう意味では、今の「ANN」はラジオ発のスターを生み出す場というより、すでに一般層から高い認知度を獲得している方々が新たな一面を届ける場所になっている感じだよね。その結果、ラジオになじみのない方が、興味を持つきっかけになる土壌ができているのかなと。

金子司氏(担当番組:Creepy Nuts、三四郎、JO1。以下、金子) でも番組作り自体に変化があったかというと、それはあまりないかもしれないですね。パーソナリティーの個性を前面に出すのが「ANN」のスタイルなので。

野上 20代のリスナーが増えているといっても、特にそれを意識した企画を組むことはないですね。例えば、霜降り明星は『ポケモン』についての話題を出すけれど、それは2人の共通言語だからなので。

金子 JO1の放送でも、なにより本人たちの自然体な会話を楽しんでもらうことが1番だと思っているので、トークテーマをその世代に寄せることはないですね。ただし、僕は34歳ですけど、自分の立場で彼らのトークに「?」が浮かぶ場面があれば、同年代のリスナーを置いてきぼりにしたくないので、その場で「説明して」とディレクションしています。

舟崎 私も初めて聴いてくれた人がすんなりと理解できる番組作りは意識してますね。特に(乃木坂46の)久保さんの番組ではそれが強い。ファンではない方がたまたま放送を聴いた時、例えば『乃木中』(『乃木坂工事中』の略名)と言われても、何のことだか分からないと思います。そういったときは細かく“グループの冠番組”と丁寧に説明するようにしています。他にもメンバー名をフルネームで呼ぶなど、リスナーを置き去りにしないことを心掛けていますね。一方でオードリーのように、あえて置いてきぼりのスタイルの番組もあります(笑)。内輪ネタを強みとしているので。

「実験的なものを許してくれる深夜で何でも楽しんでやろうという空気が流れている」(舟崎)
「実験的なものを許してくれる深夜で何でも楽しんでやろうという空気が流れている」(舟崎)

番組の届け方は常に意識

野上 星野源さんも“内輪ネタを広げていく”のが番組作りのコンセプトで、オンエアでは放送作家の“寺ちゃん”こと寺坂直毅さんが、常にブースの中にいます。寺坂さんは番組リスナーには認知度は高いものの、一般的にはそうではない。けれど、星野さんはそんな部分を楽しんでいるんです。内輪ネタって中に入れば楽しいし、没入できるものだから、星野さんとは“その熱量を広げていきたい”と話しています。

金子 今ではYouTubeチャンネルも開設して、番組前に生配信も行っているよね。

野上 そうですね。番組自体は自分たちが面白いと思うものを作る、ただ、その番組の熱を広げるために届け方を変化させることは常に考えています。

金子 Creepy Nutsは5年前にスタートした当時から、「深夜ラジオを聴く人にヒップホップを広めたい」という強い思いがありました。そこで日本語ラップ曲を紹介するコーナーを設けることになったんです。彼らも番組コンセプトを初めからしっかり持っていましたね。

野上 フワちゃんは「ラジオでそんなのあり?」という突飛なアイデアを思いつくんです。例えば、曲を流している時に「イントロ飛ばして」と突如言ってきたり、そうかと思えば曲を巻き戻してサビを歌い出すなど、他の番組ではまず見られないことを平気でやってのける(笑)。

金子 本当に新しいよね…!

野上 フワちゃんありきの番組ですし、まずは彼女に任せて、スタッフは「こうしたらもっと良くなるんじゃないか」とチューニングするようにしています。

舟崎 それで言うと、ぺこぱは番組側がしっかりテーマを用意して大まかな流れを作っていくことが多いですかね。もちろん、そこから脱線して、面白い展開に転がることもある。こうした番組の作り方もパーソナリティーによって異なりますね。

野上 霜降り明星は冒頭から40分くらいトークするんですが、そのパートに関してはスタッフは最低限の確認だけ。入り時間も基本的には放送の30分前で、他のパーソナリティーに比べると遅めです。

舟崎 結構ギリギリなんだね。

野上 そうなんです(笑)。メールだけチェックして、鮮度を大切にして本番に臨んでもらっています。あそこまで徹底しているのは業界でも珍しいことなのかなと。ただ、最後は必ず笑いにしてくれるという信頼感がありますね。

「横のつながりこそあるけれどパーソナリティーそれぞれが一国一城の主」(野上)
「横のつながりこそあるけれどパーソナリティーそれぞれが一国一城の主」(野上)

単発特番は貴重な存在

――そうしたラジオに初めて挑戦する新しい才能を、週替わりパーソナリティーの枠などを使って発掘し続けていることも「ANN」らしさのように感じます。

金子 僕は知名度がそこまで高くない人が「ANN」のパーソナリティーになり、有名になっていくサクセスストーリーを大切にしたいと思っています。近年だと佐久間宣行さんがその代表的存在かもしれない。もともと敏腕プロデューサーとして名を馳せていましたが、ますます認知度を高めてますしね。そういう意味では、「ANN」の単発特番はすごく貴重な存在。他の番組にはこういう仕組みはあまりないと思います。日々「明日のスターを輩出しよう」と企画書を出し合っています。最近だと、若手の女性ディレクターが「佐々木チワワさんという、歌舞伎町とか繁華街の社会学を研究している現役の大学生で番組をやりたい」と言ってきて。僕は申し訳ないことに、チワワさんのことを知らなかったんですが、いざ放送してみたら非常に面白かった。

野上 確かに、彼女のトーク最高でした(笑)。「ANN」の単発番組が初めての冠番組という人は結構多くて、そうなると皆、気合を入れて臨んでくれるんです。

舟崎 最近で手応えを感じた単発回はある?

野上 コントに定評のあるロングコートダディが、想像していたものと異なる掛け合いを見せてくれたのが新鮮でした。ラジオをほとんど経験していない2人の、新しい魅力をファンに届けることができたかなって。

――一方で、Creepy Nutsやマヂカルラブリーが東京国際フォーラムで番組イベントを開催したり、オードリーがキン肉マンとのコラボフィギュアを発売するなど、最近は“番組外”への広がりも活発ですよね。

金子 イベント開催もグッズ展開も番組で蓄積してきたものを放出する機会として捉えてますね。放送の中で話題になったものを具現化することで、リスナーに喜んでもらう。同時にパーソナリティーが番組に対し、より愛着を持つきっかけにもなるので。

舟崎 楽しんでもらっているリスナーに還元したいという意識はありますね。イベントを開催したら、それによりリスナー同士の会話も活発になる。それこそ、Twitterではハッシュタグを使って盛り上がってくれるので、より番組に対する熱量も高まるし。

野上 一方で、番組を続けていくための1つの手段でもありますね。たとえ聴取率が芳しくなくても、「グッズでこれだけの売り上げを出した」という実績があれば、番組を継続していく理由になる。パーソナリティーによってはそういう情報を直接伝えることで、ハートに火がつく人もいます。

金子 逆にイベントを一切開催しなくても、圧倒的なトークスキルでリスナーの熱量が勝手に高まっていく番組が新たに生まれるのも理想の形だよね。そういったラジオスターが出現するのも、業界にとっては歓迎すべきことだし。

「前例のない放送を試みても、成立してしまうのがANNの懐の深さ」(金子)
「前例のない放送を試みても、成立してしまうのがANNの懐の深さ」(金子)

――改めて、皆さんが思う「ANN」らしさや強さの秘訣とは?

金子 「ANN」という番組名を多くの人が認識していることは最大の強みなんじゃないかな。例えば、無名な人でも単発番組をやる際に「『ANN』をやります」と告知すれば、それなりに反響がある。そのブランド力は55年続いたからこそ築けたものだし、我々3人もその冠の中で番組を作れている環境がすごくありがたい。一方で、そんな大きな名前があっても、ルールがないというのも強み。フワちゃんのように前例のない放送を試みても、成立してしまうのが「ANN」の懐の深さなのかなと。

舟崎 現場に流れている「何でも楽しんでやってみよう」という空気感は、「ANN」の強みだよね。もちろん、深夜という放送時間が、実験的なものを許してくれる部分もあると思うけど。

野上 今、パーソナリティーを務めてくださっている方々は、スタッフの「この人とやりたい!」という熱意の元から始まっています。それがイコール強みだと思いますし、「ANN」という横のつながりこそあるけれど、それぞれが“一国一城の主”。変な縛りがないのもANNらしさだと感じますね。

舟崎 数年前『ANN0』は1年ごとに全曜日のパーソナリティーが入れ替わっていたんですけど、最近は1つひとつの番組を長く愛してもらおうという流れになっています。深夜3時スタートであれだけのラインアップが生放送をしているというのはすごく贅沢なことですし、そういった熱をリアルタイムでリスナーと共有できるのは、パーソナリティーによる力が大きいと実感しています。

金子 かといって1年で終わる番組が悪いかというと、そうではないよね。1年間を駆け抜けて終了した素晴らしい番組はたくさんありますし、一方で、ナインティナインさんやオードリーさんのように長く愛されるコンテンツも。今年の3月で卒業された菅田将暉さんはそれこそ20代の大事な時期に長年パーソナリティーを務めてくれて、その青春の経過をファンは見届けています。それぞれの形があるのが「ANN」らしさなんだと思いますね。

金子司(34)
1988年10月15日生まれ、群馬県出身。学生時代は、音楽が好きだったことからJ-WAVEリスナーだったとのこと。大学卒業後、地元・群馬のラジオ局に就職し、2016年にミックスゾーン(ニッポン放送のグループ会社で、ラジオ番組、イベント、演劇などを手掛ける番組制作会社)の前身のサウンドマンに転職

舟崎彩乃(31)
1991年11月3日生まれ、埼玉県出身。学生時代は『SCHOOL OF LOCK!』(TOKYO FM)をよく聴いていたことから、ラジオ業界を志すことに。2015年にミックスゾーンの前身のサウンドマンに就職

野上大貴(29)
1993年4月5日生まれ、東京都出身。小学生時代からお笑いが好きで、大学時代は芸人としても活動。『ナインティナインのANN』のヘビーリスナーで、念願かなって、2016年にニッポン放送に入社、19年からミックスゾーンに出向

(写真/中村嘉昭)

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