日経トレンディ2023年1月号臨時増刊『日経おとなのOFF 2023年 絶対見逃せない美術展』 ▼Amazonで購入する で注目の1枚として取り上げているのは、ロココ時代の巨匠フラゴナールの名作『かんぬき』だ。「ルーヴル美術館展 愛を描く」で来日する。他に類例のないこの傑作には様々な暗喩も散りばめられる。ドラマチックな作品を、とくとご覧いただきたい。

※日経トレンディ2023年1月臨時増刊号より。詳しくは本誌参照

ジャン=オノレ・フラゴナール『かんぬき』
ジャン=オノレ・フラゴナール『かんぬき』
1777~78年ごろ/油彩・キャンバス/パリ、ルーヴル美術館蔵 Photo(c)RMN-Grand Palais (musee du Louvre)/Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom

 ジャン=オノレ・フラゴナールが『かんぬき』を描いた18世紀フランスでは、上流階級に恋愛の作法があり、誘惑のゲームを楽しむ文化があった。「フェット・ギャラント(雅宴画)」と呼ばれる絵画も流行。牧歌的な風景の中に、上流階級の男女が集う様子を描いた作品だ。「しかし、こうした絵画は朗らかで陽気。『かんぬき』のようにドラマチックに描かれることはありません。この作品は、他に同じような作例がなく、唯一無二の傑作です」(国立新美術館主任研究員・宮島綾子さん)

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 優雅さを漂わせながら、作品に描かれるのは、男女の性愛をダイレクトに思わせる場面だ。部屋から逃げようとかんぬきに手を伸ばした女性を制し、男性がかんぬきを閉めているのだろうか。様々なかんぬきは男性器の暗喩と解される。薄暗い室内で、男女にはまるでスポットライトのように光が当たり、目前の出来事をさらに浮き立たせる。「女性の表情は困惑しているようにも、陶酔しているようにも見えます。その曖昧さがこの作品の魅力。愛とはそもそも曖昧で揺れ動くもので、絵画化が難しい感情を見事に表現しています」(宮島さん)

 絵をよく観察すると、机の上にはリンゴが転がり、カーテンの陰には水差しが倒れている。作者がどんな意図を持ってこれらを描いたのか、想像を膨らませたくなる1枚だ。

 実はこの作品には対画がある。『羊飼いの礼拝』という作品だ。こちらは、タイトルが示す通りのキリスト教絵画。男女の性愛を描いた作品と対にするのは異例中の異例だろう。2枚の絵の発注者であるヴェリ侯爵は「リベルタン(自由奔放な)気質」を持った人だったという。

 18世紀フランスでは、有名なサド侯爵の小説のようにポルノグラフィーに見えるような文学が数多く登場した。「リベルタン文学」だ。しかし、「単純に不道徳なポルノを追求したわけではありません。18世紀は啓蒙思想の時代で、民衆の無知蒙昧を理性によって導こうとしました。そうした中では、合理的ではないキリスト教の伝統や権威に反発も起きた。リベルタン文学はキリスト教批判の意味で、わざと性愛関係を盛り込んだ面もあります。対画の制作意図は分かりませんが、知的エリートにとっては面白い試みだったでしょう」と宮島さんは指摘する。

ルーヴル美術館展 愛を描く
※掲載した作品は出展作
場所:国立新美術館
会期:23年3月1日~6月12日

場所:京都市京セラ美術館
会期:23年6月27日~9月24日

(アドバイザー/宮島 綾子=国立新美術館 主任研究員)

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【主な内容】

●挑発するエゴン・シーレ 5つの秘密
●セザンヌから始まった怒濤(どとう)の20世紀抽象絵画への道
●美術界をひっくり返した大事件! ピカソ、ブラックだけじゃない、キュビスムを巻き起こした作家たち
●マティスの傑作『豪奢、静寂、逸楽』が初お目見え
●ルーヴル美術館からフラゴナール渾身の官能作来日

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