井上芳雄です。ミュージカル『エリザベート』の福岡公演が1月31日に最終日を迎えました。東京、名古屋、大阪の公演では中止を経験しているので、福岡で全公演を上演できたのはありがたいことです。僕は黄泉(よみ)の帝王トート役として、福岡公演のみに15回出演しました。一回一回がすごく充実して楽しい公演でした。1月25日には、最強寒波のなか、昼公演後に東京へ飛んで、上白石萌音さんの初めての日本武道館コンサートにサプライズでゲスト出演。どんなときでも変わらない萌音さんの魅力をあらためて感じました。そして、先の予定になりますが、夏に帝国劇場で上演される『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』への出演が決まりました。今年は大きなミュージカルへの出演が続きます。しっかり演じたいと気持ちを新たにしています。

1月25日に自身初の日本武道館公演「MONE KAMISHIRAISHI 2023 at BUDOKAN」を開催した上白石萌音(左)と、サプライズでゲスト出演した井上芳雄(右)
1月25日に自身初の日本武道館公演「MONE KAMISHIRAISHI 2023 at BUDOKAN」を開催した上白石萌音(左)と、サプライズでゲスト出演した井上芳雄(右)
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 『エリザベート』の福岡公演は稽古期間が短く大変でしたが、今年の初めに演じられて幸せでした。東京から始まった4カ月間の公演とあって、ほかのキャストの人たちはすでに経験を重ねていて、落ち着いて演じていました。そこに途中から加わったので、安心していろんなチャレンジができたし、逆にみんなからすると、慣れてきていたところに僕が入って新しい刺激を与えられていたとしたらうれしいことです。

 再演でトートを演じるたびに面白いと思うのは、公演が始まってからも表現がどんどん変わっていくことです。お客さまから「この動きがよかった」という感想をいただくと、それを発展させたりするので、盛りが増えていって最後は全部のせになるみたいな感じです(笑)。それがいいのか悪いのか客観的には分かりませんが、そんな挑戦ができるのもトートという役の醍醐味。手探りから始まって、チャレンジや変化がありつつ、役として芯が通ってくる手応えを感じてきます。

 今回取り入れた動きだと、例えば皇太子ルドルフと一緒に『闇が広がる』を歌う場面。トートがルドルフに革命を起こせとたきつける歌です。ルドルフ役は甲斐翔真君と立石俊樹君のダブルキャスト。2人は身長もキャラクターも違うので、それぞれに対する動きを変えてみたりしました。甲斐君は185センチと背が高く、僕よりも大きいので、足をバーンと踏み鳴らしてあおるような動作を入れたところ、よく見ているお客さまから驚かれたのですが、それはいい反応だと感じたので、甲斐君のときは続けてみました。一方、立石君は僕と同じくらいの身長なので、また違う動きを取り入れています。そういう工夫はそれこそ無限にあります。

 メークも日ごとに濃くなっていきます。トートは死神で人間ではないため、アイシャドーが濃くて光っていて、僕の場合はちょっとつり目っぽくしています。絵を描くのに近い感じです。再演のたびに最初は慣れないのですが、毎日自分で描いているうちに迷いがなくなり、「もうちょっと」となって、どんどん濃くなってくるのです。決まりや正解があるわけではなく、自分の顔に合うことが重要なので、死神に見えるにはどうしたらいいのかを試行錯誤する日々です。それはトートダンサーの人たちも同じで、最初はみんなおっかなびっくりで描いているのですが、だんだん自分にあったメークが分かるようになって、どんどんうまくなりますね。

 そんなチャレンジもしながら、今回のトートでは死神として細かな感情を出せるようになった気がします。今までにないところで笑ってみたり、怒ってみたりといった表現が豊かにできるようになったと思うのです。もともと理想としていたのは、無機質な存在感だけで成立するトートで、ウィーンで上演したオリジナル版で演じたウーヴェ(Uwe)さんがそんな感じでした。トート役を始めた当時はそこを目指したのですが、実際は表情が豊かになりすぎてしまいました。だから最初は、とても人間的な死神だったと思います。そこから始まって、再演のたびにやっぱり無機質を目指してみたりとか、いろんなバージョンがありました。それを経て今回は、自分が死神としてすべてを操っていると大きく構えた上で、感情を細かく出せるようになったと感じています。

 なぜできているのかはうまく説明できませんが、たぶん今までの経験でしょうね。前回演じたときから今までに経験した舞台や人生で学んだことがにじみ出てくるのだと思います。それによって、今の自分はこうなんだとか、こういうこともできるようになったのかもしれないと気づきます。再演で同じ役を演じる面白さでもあります。

いつも変わらない上白石萌音さんは希有な表現者

 1月25日には、上白石萌音さんの初めての日本武道館コンサートにサプライズでゲスト出演しました。10年ぶりの最強寒波のなか、『エリザベート』の昼公演を15時10分くらいに終えてから東京に飛び、18時30分に開演する萌音さんの武道館コンサートに直行。翌日の朝、飛行機で福岡に戻って、夜公演に出演するというとんぼ返りのスケジュールでした。雪で飛行機が飛ばなければ行けない可能性もあったので、天候がよくなることを祈りつつ、直前になってゴーサインが出るという、はらはらした2日間でした。

 武道館のような大きいコンサートでのサプライズは初めて。福岡からの動画コメントと見せかけて、実際にステージに現れるという演出でした。お客さまがざわざわしていたので、驚いたとは思うのですが、うわーっ! という感じではなかったかな。まだ声を出せない状況だし、お客さまも萌音さんに似て、落ち着いた方が多かったのでしょう。でも、喜んでくださっていたとは思います。『行列のできる相談所』(日本テレビ系)のカメラが入っていたので、このときの模様はいずれ放送されると思います。

 ステージでは、共演した2作のミュージカルから『ダディ・ロング・レッグズ』の『幸せの秘密』と『ナイツ・テイル-騎士物語-』の『牢番(ろうばん)の娘の嘆き』を一緒に歌いました。僕が武道館に着いたときには開演していたので、リハーサルはできず、ぶっつけ本番。トークもそのときに思いついたことをしゃべりました。ステージ上での動きも即興のパフォーマンスだったので、刺激的でわくわくしました。ミュージカルの舞台で何度も歌った曲だし、たくさん共演させてもらった信頼関係があるので、できたことだとは思います。

 僕としては、初めての武道館公演、2日後の誕生日、読売演劇大賞の女優賞ノミネート(最優秀女優賞を受賞しました、おめでとう!)と、いろいろなことをお祝いして、少しでも盛り上げたいという気持ちでした。それができたかどうか自分では分からないですけど、精いっぱいしゃべって歌って、役割を果たせたのかなという気はします。寒波で本当に行けるかどうかぎりぎりまで分からなかったので、萌音さんは「とにかく来られてよかった」と喜んでくれました。「武道館だから急に頑張るとかいうのは嫌なんです」と言っていた通り、普段通りに歌ってしゃべっていて、そこにちょっとお邪魔したみたいな感じの楽しい時間でした。

 自分の出番が終わったあとは、客席でコンサートを見ました。萌音さんは、いつもそれ以上でもそれ以下でもありません。萌音さんそのままというのかな。表裏がないし、自分を大きく見せようというところもなく、それってすごいことだな、と思って見ていました。いつでも、どこでも、誰といても変わらない、希有(けう)な表現者です。人は、どうしても自分をよく見せたいとか、大きく見せたいとなるものです。でも、萌音さんはそうじゃないからこそ、多くの人が引きつけられるのだろうし、いろんなジャンルで活躍できるのだと思います。これからも、きっとそうでしょう。

 誕生日で25歳になると聞いて、僕と20歳近く違うことにあらためて驚きました。共演も多いので、年齢差を感じたことは実はなくて、あまり変わらないくらいの気持ちでいました。そう感じさせるのも萌音さんが持っているもので、よくできた人だと思います。どうしてそうなのかは分からないので、人生3回目じゃないかという説で自分を納得させています(笑)。今生が初めてではなく、3回くらい人生を経験して徳を積んでいて、その集大成が今の萌音さんだと考えないと、人としての成熟度の説明がつかないほどです。

 3月からはミュージカル『ジェーン・エア』(3月11日~4月2日:東京芸術劇場 プレイハウス、4月7~13日:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ)でまた共演します。萌音さんと屋比久知奈さんがダブルキャストでジェーン・エアを、僕が相手役のエドワード・フェアファックス・ロチェスターを演じます。20歳ぐらい違う男女のラブストーリーなので、ぴったりの年齢差だし、今までに共演したミュージカルで演じた役とも全然違います。ジェーンは壮絶な人生を経て充実していく女性だし、ロチェスターは貴族の生まれだけど、屈折していたり謎があったりして、荒々しくて醜い男という設定。2人の関係性もこれまでの作品と違うので、どんなふうになるかお互い楽しみにしています。

『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』の魅力

 僕の先の話ですが、夏に帝国劇場で上演されるミュージカル『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』への出演が決まりました。ニコール・キッドマンとユアン・マクレガーが主演したバズ・ラーマン監督によるミュージカル映画の舞台化で、2021年のトニー賞で作品賞、主演男優賞をはじめ10部門で受賞した名作です。僕は映画でユアン・マクレガーが演じたクリスチャンという若い劇作家を演じます。新型コロナウイルス禍の前にブロードウェイで見ましたが、19世紀末のパリのキャバレー、ムーラン・ルージュを再現した大規模なセットが目を見はる大作で、マッシュアップ・ミュージカルといって音楽はポップスのいろんなヒットソングが使われています。とにかく華やかで盛り上がる話なので、ミュージカルを見たことがない人にも興味を持ってもらいやすいだろうし、日本でもぜひ成功させたいです。

 今年は、僕にとってはミュージカルイヤー。『エリザベート』から始まって、『ジェーン・エア』『ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル』と大きなミュージカルが続きます。役柄も、久しぶりのトート、初めての荒々しい男、そして若い劇作家の役とタイプの違う役なので、しっかり演じ分けないといけないと思っています。ミュージカル俳優として頑張り時でもあります。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ! チャンネルで連載された「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(2020年12月21日発売/発行:日経BP/発売:日経BPマーケティング/定価2970円(10%税込))
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「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3金曜に掲載。第129回は2月17日(金)の予定です。