井上芳雄です。1月11日から福岡・博多座でミュージカル『エリザベート』に出演しています。黄泉(よみ)の帝王トート役を演じるのは4年ぶり。東京、名古屋、大阪、福岡と4都市での公演ですが、僕は福岡公演のみに出演。稽古期間が短くて大変でしたが、始まってみれば、これまでとまた違うトートになっているのが面白いと感じています。この役はもう何回も演じていますが、そのたびに発見があります。それは『エリザベート』という作品の大きな魅力でもあります。

ミュージカル『エリザベート』福岡・博多座で1月11日~31日まで上演中。1月30日17時公演(井上芳雄出演回)、31日12時公演をライブ配信
ミュージカル『エリザベート』
福岡・博多座で1月11~31日まで上演中。1月30日17時公演(井上芳雄出演回)、31日12時公演をライブ配信。写真はトート役の井上芳雄(写真提供:東宝演劇部)

 『エリザベート』の公演の前、昨年末の大みそかは年越しのお笑い番組『笑って年越し! 世代対決 昭和芸人 vs 平成・令和芸人』(日本テレビ系)に審査員として出演しました。12月31日の17時~24時30分まで7時間半の生放送です。東野幸治さんとナインティナインさんがMCで、出川哲朗さんと後藤輝基さんが率いる昭和芸人チームと、かまいたちさんが率いる平成・令和芸人チームがネタバトルを繰り広げました。

 お笑いの番組の審査員をやるのは初めて。生放送で7時間半という長さに驚いたし、ずっとスタジオにいて、気がついたら年を越していたのも不思議な感じでした。なにより圧倒されたのが芸人さんたちのバイタリティー。売れている方は年末年始テレビに出ずっぱりだと思うので、そのタフさはすごいです。

 お笑いは、ライブとかは行ったことがなくて、番組で一緒になった方のネタを拝見するくらいでしたが、基本的に笑いは好きなので、楽しく見させていただきました。昭和の大御所といわれる人たちの漫才は、普段なかなか見る機会がないので、今の笑いと違う独特の面白さ。テンポもゆっくりで、頭をはたいたり、身体的な特徴をネタにしたりする点にも昭和を感じました。一方、今の芸人さんは、同じ時間でも笑いの数というかネタが多くて、息をつかせずにどんどん畳み掛けます。一口にお笑いと言っても、漫才もコントもあるし、しゃべりで笑わせるものもあれば、シュールなドラマで最後にドキッとさせるものもあって、バリエーションが豊富でしたね。

 審査員としては、自分の感覚に忠実に、真剣に勝敗をつけました。結果として、勝った方への投票が多かったと思うので、そう外してなかったんじゃないかな。コメントも最初は、笑いの数が多かったとかネタの勢いが、と言っていたのですが、途中から専門家じゃないのでガチで言わなくていいんだと思い、後半は自分なりの笑いが取れるようにと心がけました。いつコメントを求められてもいいように準備していたので、長時間にわたって集中力が必要でしたけど、いい経験になりました。司会の東野さんは『行列のできる相談所』(日本テレビ系)でご一緒しているので、安心して審査できました。

 その『行列~』には、MCを含めて昨年ずっと出ていたので、僕のことを知らない人の中でしゃべることには慣れてきたように思います。実は大みそかの数日前、12月27日に帝国ホテルで「イヤーエンド ランチ&ディナーショー」がありました。お客さまは、僕のことをよく知っていて、歌とトークを聞くために来てくださった方なので、僕にとってはホームといえる場所です。そこでしゃべったときに、「あれ、どういうテイストの感じで話せばいいんだっけ」と、一瞬戸惑いました。それくらい昨年は、僕のことを知らない人の中で話す機会が多かったのです。久しぶりのホームで「ここは自分のことだけをしゃべってよくて、お客さまに甘えていいところなんだ」と思えたのは、逆に新鮮でした。

 そんなアウェーでのトークが多かった昨年の締めくくりが審査員でしたが、大みそかにテレビの生放送に出たのも初めてです。年末年始は休みたいという気持ちがありつつも、メディアに出られたのは喜ばしくもありました。演劇は年越しの公演はあまりないし、元日も基本的には休みます。そういうときにテレビに出してもらうと、止まらずに仕事をやれている感じがして、芸能の世界に身を置く者としては光栄なことです。

エリザベートと対峙、自然に湧き出るトートの感情

 年が明けて、『エリザベート』福岡公演の稽古が始まり、11日に開幕しました。カンパニーは、東京、名古屋、大阪と残念ながら公演中止も経験しながら、だからこそ強い結束力を得て、福岡入りしてくれました。僕は稽古の期間が短かったので、振りや動きが変わったところを教えてもらい、みんなと合わせて舞台稽古をすると、あっという間に開幕。役作りや芝居をじっくり考えたり、繰り返して稽古したりする時間はありませんでした。でも実際に舞台に立ってみると、これまでとはまた違うトートになっているのが面白いと感じています。

ミュージカル『エリザベート』福岡公演よりトート役の井上芳雄(写真提供:東宝演劇部)
ミュージカル『エリザベート』福岡公演よりトート役の井上芳雄(写真提供:東宝演劇部)

 思い返すと、トートを最初に演じたときに難しかったのは、「死神」という人間ではない存在を、お客さまに納得してもらうことでした。そこはハードルが高いと思って、表現に苦労した覚えがあります。今回も、歩き方や声の出し方、しぐさなどを思い出しながら、役を作っていきました。人と違うスピードで歩いたり、妖艶だったり、ゆっくりしたテンポの動きだったりです。それだけに、お芝居で感情を出し過ぎると人間になってしまうという思いがずっとあって、気をつけていました。

 でも今回は、そこをあまり意識せず、今までのトートの感じは持ちながらも、自由にお芝居をしています。自然にいろんな感情が出てきて、それはそれで面白いと思っています。トートはエリザベートを映す鏡のような存在で、彼女が弱ったときに現れて、死の世界に誘うのが役割。それをこれまでは寄り添う感じで演じていました。慰めつつ、死の世界に誘うみたいに。でも今は、彼女が悲しんでいようが苦しんでいようが全然気にならず、同調するよりも、死の世界に近づいてきて喜ばしいという気持ちで演じています。それは考えて出てきた表現ではなく、舞台上でエリザベートと対峙したときに出てきた気持ちです。

 エリザベートをダブルキャストで演じている花總まりさんと愛希れいかさんは、4都市での公演をやり続けて、どんどん役を深めていって、エリザベートとしての感情があふれ出ています。2人とも常に泣きながら演じているみたいな感じです。そこに僕は入れてもらったので、自然にトートとしての感情が湧いてきたのでしょう。同時にこれまで何回もやっている分、トートとしての見せ方も体に染み込んでいます。舞台で演じるのは久しぶりでも、『最後のダンス』や『闇が広がる』といった曲はいろんなコンサートや番組でずっと歌ってきました。稽古場では「覚えてないところがいっぱいある」と思っていても、衣装を着て舞台に立ったら「感覚を思い出した」となって、やっぱり積み重ねたものがあるんだなと感じました。だから今回は、お芝居の気持ちとトートの見せ方の両方を持ちながらやれているのが、これまでと違うところです。

『エリザベート』の世界観に入る特別な緊張感

 それにしても毎回思うのは、『エリザベート』はどうしてこれほどみんなに愛されるのか。今回もお客さまの熱気がすごくて、東宝の初演から23年目になるけど、やればやるほど人気が広がっていく気がします。その魅力とは何なのでしょうか。

 まずは、物語の主人公であるエリザベートという役にみんながひかれています。ハプスブルク帝国最後の皇后である彼女の生涯を、少女から最期まで描く大河ドラマなので、エリザベート役の女優さんは全編出ずっぱり。感情の起伏が激しく、難しいナンバーも歌うので、女性の役の中でも極めつきでしょう。衣装やかつらも頻繁に替えるので体力的にもきつい役です。演じている期間中は、この役に全てをささげないとできないので、花總さんも愛希さんも大変な努力をしてきたと思います。花總さんは宝塚歌劇団の初演からやり続けているうえに、今も新しい表現の仕方や歌い方にチャレンジしていて、本当にすごいことです。花總さんに演じ続けてきたすごみがあるとしたら、愛希さんのエリザベートは演じるたびに深まっていて、自分の体に役をどんどんなじませていく面白さみたいなことが伝わってきます。トートにぶつけてくる感情の量が、今回また増えたと思いました。

 同じようなことは、トートをトリプルキャストで演じる山崎育三郎君や古川雄大君からも伝わってきました。育三郎君は東京公演だけなので、一緒にはできなかったのですが、初めての役で育三郎君らしいトートでした。古川君は、久しぶりに見たのですが、自分のトートを見つけて楽しんで演じている感じがして、頼もしくてすてきでした。『エリザベート』は歴史の積み重ねがあり、役の決まった見せ方があるのと同時に、役者が自分なりのものを反映させられる作品でもあります。それぞれの役者が苦労しながらそれを見つけて、お客さまの期待と熱気に応えて、舞台の上で表現しているのが大きな魅力だと思います。

 作品としては黄泉の国を描いていたり、ダークな物語ではあるけど、すごいエネルギーがあります。生きていこうとするエリザベートのエネルギーと、死の世界に誘おうとするトートのエネルギー、そして彼らを取り巻く人々が生きた時代のエネルギーと、本当にエネルギッシュな作品です。世界観がほかのどの作品とも違うし、自分たちの日常とも懸け離れています。僕も久しぶりにトートを演じるにあたり、稽古に入るまでは、またあの世界に入れるのかなという思いがありました。衣装もシースルーがあったりするので、体重を4~5キロ落として、体を絞って臨みました。普段はあまりそういうことをしなくて、そのときの自分で、そのときの役を精いっぱいやるというスタンスですが、『エリザベート』では、まず衣装が入らないと話にならないし、独自の世界観にすんなり入れるようにしっかり準備しました。やっぱり特別な世界に入る緊張感があるし、お客さまもそこを楽しみに劇場に来ていただいているのかなと思います。

 古川君とも稽古中に話したのですが、やっぱりトートは難しい役です。ずっと舞台に出ているわけでもないし、出たと思ったらエリザベートに一目ぼれして、死の世界に誘うけど、断られます。その後は、誘っては断られの連続。それも強く誘ってみたり、優しく誘ってみたりといろんなパターンがあるので、そこが難しいと感じていたし、今回はどうしようかなと考えてもいました。でも、自分が思っている以上にお客さまはいろんな受け取り方をしてくれていて、リアルな存在ではないからこそ自由に想像を膨らませてくれる。その分、こちらもやれることが増えてきます。

 そんなふうに考えてやってみると、誘って断られるバリエーションの中でも核となる誘いを断られたときのショックとか、最初はこわごわと死を否定していたエリザベートがどんどん自信を持ってきっぱり拒否してくることへの驚きとか、いろんな内面のドラマが見えてきます。「そうか、こういうふうにやればいいんだ」という気づきもありました。

 もう何年も、何回もやっているのに、そのたびに発見があるのは素晴らしいことで、それだけ魅力的な作品です。だからこそずっと愛されているのだと、あらためて感じています。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ! チャンネルで連載された「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。

(2020年12月21日発売/発行:日経BP/発売:日経BPマーケティング/定価2970円(10%税込))
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「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3金曜に掲載。第128回は2月3日(金)の予定です。

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