資生堂は、使い終わったプラスチック製容器を収集し、原料として再利用する循環モデル「BeauRing(ビューリング)」の構築を進めている。自然の恵みと人間の科学技術を融合させ、新たなイノベーションを起こそうとしている資生堂が目指す世界とは――資生堂ブランド価値開発研究所 R&Dサステナビリティ&コミュニケーション部部長の大山志保里氏に話を聞いた。
「至哉坤元 万物資生(いたれるかなこんげん ばんぶつとりてしょうず)」
(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる。)
資生堂の社名の由来は、中国の古典『易経』の一節から来ています。1872年、日本初の民間洋風調剤薬局として創業しました。西洋薬学に基づく事業を展開しながらも、社名を東洋哲学から命名するという「和魂洋才」の考え方は、脈々と受け継がれ、化粧品業界をけん引するグローバル企業へと成長して現在に至ります。
その資生堂が、2019年4月に研究開発拠点として立ち上げたのが「資生堂グローバルイノベーションセンター」です。横浜みなとみらい21地区に位置し、各国にある開発拠点の中でのマルチハブとしての役割を担っています。
「中長期のシーズを積極的に生み出すとともに新領域における価値創造・事業開発を行う『みらい開発研究所』と、ブランドと一体となってスピーディーな商品開発を担う『ブランド価値開発研究所』の2つの組織体制となっています。我々は『ブランド価値開発研究所』に所属し、私はその中の『R&Dサステナビリティ&コミュニケーション部』の責任者として働いています」(大山氏)
通常サステナビリティー(持続可能性)部門というと、CSR(企業の社会的責任)として独立して存在するか、経営企画部の中にあることが多いのですが、研究所の中にあるのは、とてもユニークです。この意図を大山氏は次のように語ります。
「資生堂には、戦略を統括する『サステナビリティ戦略推進部』がありますが、各主要な組織ごとにもサステナビリティー部門が存在し、事業全体で取り組む体制を整えています。 R&D(研究開発)では、その中でサステナブル(持続可能)なものづくり、価値創造を担当しています」
事業の回し方をサステナブルにするだけでなく、販売する商品自体もサステナブルに変えていきたい。その意図は、確かにとても理にかなっています。また面白いのは、部門名に「コミュニケーション」という言葉が含まれている点です。
「商品の機能や便利さなどは、お客さまが使用することで、ダイレクトに実感していただけると思うのですが、その背景にある私たちの思いや環境に対するコミットメントは、きちんとコミュニケーションしていかなければ伝わらないと考えています。お客さまも企業のパーパス(存在意義)でブランドを選ぶ時代です。積極的に発信していく重要性を感じています」
資生堂が掲げるパーパスは「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」。ビューティーを通して世界をより良くし、お客さまの幸せを実現していくことを企業のミッションとしています。
「では、お客さまの幸せとはいったい何なのだろうとよく考えます。初代社長の福原信三は『ものごとはすべてリッチでなければならない』と語りました。この言葉は時代とともに変化しながら受け継がれる、本質的な価値に結びつくキーワードだと思っています」
今の時代に、資生堂が追求しているリッチ(豊さ)とは、きらびやかなものというよりは、「心のゆとり」といったものではないでしょうか。
「日本的な価値観である『余白の美』のような、そぎ落として洗練させていくことで生まれるイノベーションもあると思っています。リッチでプレミアムでありながらもサステナブルである。一見、相反する価値を両立させることで、新しい価値を生み出す『Premium/Sustainability』を、私たちは目指しているのです」
資生堂の社名は、自然の恵みをリスペクトする思想に由来しています。しかし、近年はやりのオーガニックなどのように、自然のありのままというより、人間の生み出す安全で安心できる科学技術を大切にしているところが、大変興味深い点です。
「自然がすべてそのまま人間に有益というわけではありません。私たちは、長年蓄積した研究開発に基づく科学技術を使うことで人間と自然が共存することができると考えています。例えば、22年に発売した日焼け止めは、紫外線を防御するだけでなく、肌にとって良い光に変換する技術を搭載しています。負の面を取り除くのではなく、共存するというコンセプトは大きな反響を呼びました」
これも、自然と人間が共存しながら、相反する価値を両立させた特筆すべき事例の一つと言えるでしょう。
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