日本郵政グループは、ソーシャルイノベーションの推進を目的としたスタートアップとの協業を加速している。AI(人工知能)スタートアップTAKAO AI(タカオエーアイ、東京都八王子市)と取り組んでいるのが、視覚障害者向けに、文書を点字や音声に変換して情報を読めるようにするプロジェクトだ。TAKAO AIは東京大学大学院工学系研究科教授の松尾 豊氏が実行委員長を務める「第1回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2020」(以下、高専DCON)で優勝したチームが立ち上げたベンチャー企業。今回は、日本郵政とTAKAO AIの取り組みを日本郵政サステナビリティ推進部長の關祥之氏とTAKAO AI代表取締役 板橋竜太氏、そして松尾教授を交えて議論した。モデレーターは PwCコンサルティング Strategy&パートナーの唐木明子氏だ。(記事は2回に分けて公開します)
唐木明子氏(以下、唐木) 日本でもようやくイノベーションへの取り組みが本格化しています。その中で、従来は難しいと思われていたような取り組みやアプローチが散見され始めています。本日は、日本郵政とTAKAO AIの取り組みを通じてそのようなイノベーションへの向き合い方を見てみます。まず關さんから、日本郵政のイノベーション創出に向けた、取り組みについて伺います。
關祥之氏(以下、關) 今回の取り組みに関連するものとしては大きく分けて3つあります。
まず1つ目が2017年から毎年実施している「日本郵便オープンイノベーションプログラム」です。日本郵便の業務改革や新たな収益源となる新規ビジネスの開拓を進めるために、スタートアップの皆さんから協業の提案をしていただくということをメインにしています。これまでに、AIによるルートの最適化で物流事業を効率化するオプティマインド(名古屋市)などとの協業が実現しています。また、19年にはシリコンバレーに事務所を開設し、現地のスタートアップのソーシングやベンチャーキャピタル(VC)と連携した新たな協業先の探索を進めています。米国での革新的な技術や新たなビジネスモデルの動向をいち早くキャッチするという目的もありますが、日本の本社の人たちに刺激を与えるという点でも大きな意味があると感じています。
2つ目は17年に日本郵政の子会社として設立した日本郵政キャピタルです。グループ内各社の事業シナジーを目指した投資を行っています。こちらでは、過疎地でのドローン配達の実現を目指して、ACSL(東京・江戸川)に出資しています。
そして最後が、ソーシャルイノベーションへの取り組みです。21年5月に発表した中期経営計画の中で、社会的な課題の解決に向けた新規ビジネスを創出するとうたいました。日本郵政グループ全体を「共創プラットフォーム」と定義し、地域の皆さまや自治体、企業と連携して推進しようと考えています。今回のTAKAO AIとの協業は、この取り組みの一環となります。
我々としても、こうした取り組みはまだ始めたばかりで、試行錯誤しながら進めているところです。
唐木 ソーシャルイノベーションというと短期的な利益は期待できないと思うのですが、長期的な視点で戦略的なメリットがあると判断したのでしょうか。
關 我々はユニバーサルサービスの提供義務を課せられており、郵便局は地域から撤退できません。つまり地域社会が存続することが我々の存続の前提となるわけです。これはまさにサステナビリティー(持続可能性)の世界で、持続可能な開発目標(SDGs)でいうところの誰一人取り残さない地域社会をどう実現するかが、我々の事業を継続する上で非常に重要になってきます。
例えば、地域の郵便局が自発的に始めた取り組みとして、障害者の皆さんが作った農産物や加工品を販売する農福連携の取り組みがあります。賞味期限が近づいた食べ物を郵便局に持ち寄ってもらい、それを子ども食堂にお届けするという「フードドライブ」を実施している地域もあります。これらがスケールしてビジネスとして成り立つとは考えにくいですが、少なくとも持続可能なものにするために我々本社も入って一緒に活動していると、いろいろな取り組みがどんどんつながり広がっていくのです。農福連携とフードドライブも、我々の想像を超えたつながりが生まれています。この現象を「わらしべ長者」と呼んでいます。
今回のTAKAO AIとの取り組みは、まだ次のつながりは見えていませんが、このわらしべ長者現象が起きることを期待しています。
唐木 わらしべ長者はいい言葉ですね。動いてみるとその先の展望が開けるだけではなく、新しい機会も生まれる。イノベーションのひとつの課題は、ビジネスケースと短期的な損得に目が行きがちで初めの一歩がなかなか踏み出せないというところにあると思っています。まずわらしべ一本に見えるかもしれないけれど、旅を始めることでやがて大きな成果が生まれるかもしれないですね。
さて、日本郵政は、どちらかというと新しいことに抵抗の強いイメージがありましたが、今はだいぶ変わってきているのでしょうか。
關 そのように見える側面はありますが、決められたことを確実に効率的に実行し続けることは特にインフラ企業である日本郵政にとって大切なことです。一方で新しいことに取り組むために大きな組織の歯車を組み替えるのは難しいので、時には郵便や物流といったインフラを支える部門とは別に進めることも必要であると思っています。
我々の本業である郵便は減少が見込まれていますので、中長期的な取り組みをやっていかなければならないという危機感は強くあります。我々が持つ2万4000局の郵便局は大きな資産だと考えていますので、ぜひスタートアップの皆さんには、ソーシャルイノベーションの実証実験の場として有効に使っていただきたいです。なので、今回のTAKAO AIとの協業は非常にいい機会だと思っています。
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