
米アマゾン・ドット・コム(以下、Amazon)や、米大手スーパーのウォルマートの広告事業が急成長している。強さの源泉は「購買データ」だ。消費と密接に結びついた購買データを基に広告プラットフォームを構築し、独自のポジションを築いた。こうした小売業者による広告事業は「リテールメディア」と呼ばれる。日本でも大手ドラッグストアチェーンのツルハホールディングスや大手家電量販店のヤマダ電機(現ヤマダホールディングス)などが参入している。リテールメディアとは何者か。各社の取り組みからリテールメディアの理想と現実を伝えていく。
2022年9月1日、セブン-イレブン・ジャパンの商品本部配下に聞きなれない部署が設置された。その名も「リテールメディア推進部」。同推進部はセブン-イレブン・ジャパンの広告事業の企画、推進を担う組織だ。同社の新部署が冠する「リテールメディア」とは、いうなれば「小売りの広告メディア化」を意味する。
小売りの持つデータを基にした、デジタル広告のプラットフォーム開発がリテールメディアの取り組みの中心になる。広告出稿主の立場から見れば、「Facebook」や「Google」のようなデジタル広告サービスの新潮流が、小売り発で生まれていると考えると分かりやすいだろう。
その具体的な説明の前に、まずはリテールメディアを大きく2つに分けて整理しておきたい。1つ目は「EC系リテールメディア」で、Amazon、楽天グループ、ZOZOなどが代表例となる。広告事業には「広告を掲載する面」と「配信の仕組み」が必須になる。EC事業者はもともとECサイトという大きな顧客接点を持っている。これを広告の配信面として活用する。
さらにデジタル事業である以上、顧客のデータを多岐にわたって蓄積しやすい。自社の販促のために、データを活用したメールマガジンの出し分けなどは当たり前になっている。この仕組みを広告配信に応用すれば、配信基盤も整う。購買データに基づいた広告をECサイト上に設置した広告枠に配信したり、利用者が商品検索したキーワードに連動した広告を表示したり、といった具合だ。広告配信の面となるデジタル上の顧客接点と、広告配信の基盤となるデータがそろっていたため、広告事業を展開しやすかった。
デジタル広告に必要な要素が急速に整備
2つ目は、本特集で焦点を当てる「実店舗系リテールメディア」だ。実店舗を持つ小売事業者はEC事業者に比べて、広告事業を展開するための要素が不十分だったため、EC事業者に比べてリテールメディアへの参入が遅れた。この状況がDX(デジタルトランスフォーメーション)によって一変。急速にデジタル広告事業の開発に必要な要素が整いつつある。
まず、広告配信面だ。小売りの店舗は売り場だけでなく、消費者と商品の出合いを創出するメディアの側面をもともと併せ持っていた。店頭の棚に陳列された商品そのものを見て商品を知り、興味を持って購入した経験は誰だってあるはずだ。だが、従来の接点はあくまで店舗の棚や、店内に張られたポスターなどの販促物が中心。偶然性が高く、また売り上げに与えた影響も分析は難しかった。
これがデジタル化によって大きく変わった。データやデジタルでの接点を複合的に活用することで、小売りが持っていたメディアとしての側面を増幅させることが可能になったのだ。例えば、セブンイレブンのスマートフォン向けアプリ「セブン‐イレブンアプリ」は約1800万人が利用する。このアプリなどが広告を配信する面になる。九州を中心にスーパーマーケットをチェーン展開するトライアルホールディングス(福岡市)は、店舗内で使うカートにタブレット端末を組み合わせたレジカートを開発。このタブレット端末に広告を配信する実験を実施している。
次に広告配信の仕組みづくりに必要な要素が、リテールメディアの最大のポイントでもある「購買データ」だ。セブンイレブンには毎日約2000万人が訪れ、買い物をしている。裏を返せば、毎日膨大な購買データが生まれていることになる。ただ、従来のPOS(販売時点情報管理)レジでは、単にどの商品がいつ、どれぐらい売れたかどうかしか分からなかった。これを変革したのが「ID-POS」だ。
ID-POSとは言葉の通りID付きのPOSを意味する。一人ひとりの顧客に固有のIDを割り振り、そのIDにひもづく形でさまざまなデータを管理する仕組みだ。ポイントカードはその代表例。カードにひも付くポイントを管理するためには、顧客をユニークにとらえる必要がある。カード会員のIDにひも付けて購買データを取得することで、一人ひとりの購買履歴を分析できるようになった。
さらに近年で、このポイントカードのアプリ化が急速に進み、アプリ上に配信する特売情報やデジタルチラシの閲覧といった行動データと、店舗での購買データを合わせて分析できる基盤の開発が可能になった。
広告サービス化でデータが小売りの新収益に
そうしたデータや分析基盤は、これまで小売りが自社の販促活動などに活用するだけにとどまっていた。商品の購入者層などを分析するために、統計データとして一部メーカーに提供していたケースもあるが、メーカーが直接的に自社のマーケティングのために小売りのデータを使うことはできなかった。
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