
2分で完売する人気D2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)チーズケーキブランド「CHEESE WONDER(チーズワンダー)」。同ブランドを手掛けるユートピアアグリカルチャー(北海道日高町、以下UA社)は、2021年6月、北海道札幌市内の山、22ヘクタール(22万平方メートル)を購入した。現状酪農には適していない森を“再生”させながら、放牧酪農、畜産および養鶏の実験を行う「モデルファーム」として活用するためだ。「山が適した状態になるまでに3~4年はかかる」と長期戦かつ膨大なコストも要するが、放牧酪農には自社のD2C事業に欠かせないおいしい素材づくりに最適なだけでなく、環境保全への期待もかかる。
北海道札幌市内から車で20~30分。UA社が2022年10月18日 に本格始動したばかりの「盤渓(ばんけい)農場」を訪れた。車から降りた瞬間、山間部特有のひんやりと湿った空気を感じる。周囲は赤や黄の紅葉に染まっていた。駐車場から階段を上ると、銀色のビニールで覆われた小屋が目に入ってくる。盤渓農場は、「放牧の価値を伝えるために、いろいろな実験を行っていく場」(UA社の長沼真太郎代表取締役)として、UA社が購入した山の中につくられた農場だ。
農場内にある2つの鶏舎には、「極限まで『放し飼い(屋外と鶏小屋を鶏が自由に行き来できるようにした飼育法)』に近い環境で、『平飼い(鶏を地面に放して飼う養鶏法)』をしている鶏」(長沼氏)が1000羽ほど飼育され、「コケコッコー」とひっきりなしに元気な声を上げる。入り口には、オリジナルの自動販売機を設置し、消費者が自由に産みたての卵を購入できるよう、1箱8個入り500円(税込み)の鶏卵を販売する。
盤渓農場で飼育されている動物は、前述した約1000羽の鶏に加え、9頭の馬のみだ。早ければ来年の春には牛を放つことを目指すが、この森は少なくとも40~50年間ほぼ放置されてきたこともあり、牛の飼育にも、後述する環境保全にも適した土壌ではない。そこでまずは9頭の馬を放ち、生い茂った笹を食べさせる。なぜなら、笹は牛の餌にするには、おいしい牛乳の基になる栄養が不十分だからだ。こうして馬が笹を食べることで更地になった場所に、今度は牛の餌に適した新たな植物が生えてくるのを待つのだ。
ただ笹は一度食べきってもまた生えてくるといい、馬や他の動物を放ち、繰り返し生えてきた笹を食べきらなくてはいけない。もちろん農薬を使って枯らすという時間短縮の方法もあるが、「実験の場」であることから、農薬には頼らず期間をかけて森の植生を入れ替えることを目指している。
おいしさを求めた結果、たどり着いた放牧酪農
UA社では、盤渓農場をオープンする以前から、北海道日高町に80頭の牛を飼育する形で、放牧酪農への挑戦を行ってきた。
「もともとおいしいお菓子をつくるために、どんな生乳が一番いいのか探っていた。なぜならお菓子はレシピ通りにつくれば、誰でもおいしくつくれるからだ。味の決め手は、原材料になる。中でも使用分量の多い乳製品は、差異化要因になる。放牧酪農を行うことで、牛は牧草を食べて育つ。その結果、ビタミンやカロテンを豊富に含んだ濃く、風味の強い生乳になる。そしてその生乳はバターやカスタードクリームなどにするとよりそのおいしさが際立つ。餌を変えるだけで、生乳の質や味は変わる」(長沼氏)
こうして放牧酪農に出合った長沼氏が放牧酪農について調べていくと、「牛にとっても地球にとっても人にとっても、メリットだらけということが分かった」(長沼氏)。そのメリットの1つが、前述した通りおいしい素材づくりだ。
実際、日高町の牧場で絞られた生乳や、所有する北海道内の養鶏場で平飼いされた鶏卵を使ってつくられたチーズケーキ「CHEESE WONDER」は、発売以来、販売開始から2分で完売が続く人気商品となっている。
▼関連記事 2分で完売のチーズケーキ “待ち行列”に応えるLINE活用術こうしたメリットの一方、放牧酪農で育てられた乳牛は、一般的な乳牛と違い乳量が少なくなるというデメリットもある。一般的な乳牛はたくさんの牛乳を搾れるようにするため、濃厚飼料を与えるなどして意図的に牛を太らせる。こうすることで乳量が増えるからだ。
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