スターバックスはなぜ居心地がよいのか。接客の神髄をひもとく連載第2回。2021年に開催された社内競技会「コーヒーアンバサダーカップ」で、最終ステージに残った緒方拓郎さん。パートナー(従業員)約4万人の中で4人に1人、西日本リージョン(地域)のトップとなった彼だが、当初はアルバイトや社員の試験に不合格だったという。現在は店長として活躍する緒方さんが、多くの来店客や仲間に慕われる理由は。

2021年、西日本リージョン コーヒーアンバサダーの緒方拓郎さん
2021年、西日本リージョン コーヒーアンバサダーの緒方拓郎さん

 「自信を失っていたときに通ったのがスターバックスだった」──。当時17歳。コーヒーは飲めなかったが、はまっていたキャラメル フラペチーノを毎回頼み、席に座っていた。

 2021年、コーヒーの接客やビバレッジのスキルなどを競う「コーヒーアンバサダーカップ」に3度目の挑戦を果たし、見事最終ステージに残ったのが緒方さんだ。現在30歳にして、人生で何度も挫折を味わってきたと語る。

 中学生の時、姉が入っていた児童劇団の公演を見て、体一つで表現する迫力に感動し舞台役者に憧れた。高校へは進学せずに劇団に所属したが、いくら努力しても才能ある役者仲間に追い付けず、芽が出なかったという。「劇団をやめ、どう生きていこうかと悩んだ」(緒方さん)。今の自分にできることは何なのだろう。高卒認定を取得すると、大学受験に向けて予備校に通った。

 その当時通い始めたのがスターバックスだ。「店に入ると、何となく背筋が伸びる感じがした。店の中では自分ができる人になったような気分になれた」と語る。自信のない自分に比べ、やりがいと誇りを持ち楽しそうに働いている様子の店員が輝いて見えた。ここで働けば変われるのではないかと思い、受験勉強をしながらアルバイトの試験を受けたという。

 だが、最初の採用試験は不合格。2回目で合格し、週に数回の勤務を始めた。アルバイトを始めて驚いたことが2つある。まず、「ウエルカム体制がすごいこと」だ。パートナーたちが皆、新人の自分に対して積極的にコミュニケーションをとってくれる。疎外感があるのではないかという不安は消え、すぐに「自分の居場所」を感じられた。もう1つは、「成長プロセスが明確なこと」。スターバックスには「バンドレベル」と呼ばれる職位があり、「レジに立ち、ドリンクのレシピを覚える」ことを最初のステップとして、接客、周囲の手伝いなど、スキルやコミュニケーション能力を向上させていく。

 緒方さんは、「店長はもとより周囲のパートナーに認められる瞬間が何よりの自信になった」という。その自信が、自分の内側から感じられるようになったのは、アルバイトを始めて半年後のことだ。仕事を覚えて「バンドレベル」が上がると自分の努力が成果として表れ、ステップアップへの意欲がかき立てられた。

店では頻繁に常連客から話しかけられていた緒方さん。一緒に写真を撮ってほしいと頼まれることも多い
店では頻繁に常連客から話しかけられていた緒方さん。一緒に写真を撮ってほしいと頼まれることも多い

シャイな自分を克服したきっかけ

 ある日、レジで対応した50代と思われる男性から「自宅でおいしいコーヒーをいれるのが難しい」と声を掛けられた。それまで接客には受け身で、自分から説明したことはなかったが、覚えたてのコーヒーの知識を伝えてみようと決意。仲間に「ちょっと抜けます」とレジを頼んだ。

 おいしいコーヒーの入れ方には4つのポイントがある。「コーヒーの分量」「挽き具合」「豆の鮮度」「水」だ。紙に書き持って行くと、それぞれどんな点が重要なのかを説明し「これを守っていただくとよりおいしくなると思います」と伝えた。

 後日、再来店した男性は、不在にしていた緒方さんにメモ書きを残してくれた。「教えてくれてうれしかった。さすがスターバックスだなと思いました」。勇気を奮った自分の行動で人はこんなにも喜んでくれるのだと知り、以来「自分がお客様のためにできることは何か」を常に考えるようになった。かつて「誰かを感動させたい」と舞台役者を目指した思いが、スターバックスの仕事を通じてかなっていくと感じたという。

 緒方さんは現在、「スターバックス リザーブ バーが併設された店舗」で店長を務めている。希少なコーヒー豆を扱い、さまざまな抽出方法で楽しんでもらう。40人弱のパートナーに頻繁に伝えているのは「お客様から質問を受けたら極力時間をとって、しっかりお答えしてほしい」という言葉だ。

顧客に寄り添う3ステップ

 「人々の心を豊かで活力あるものにする──」というミッションを達成するために、第1回で登場した望月さん同様、 関連記事:スタバ「接客トップ」のルールは? 30秒間で実践する3つのこと 緒方さんが心がけているのが、「ニーズを察する」ことだという。

 緒方さんが大切にしているのは3つだ。まず、(1)相手の目を見て、自然体であいさつをすること。目を見て声を掛けることで、相手に寄り添う姿勢が伝わる。次に、(2)世間話。「一気に商品の説明をしたり、『何かお求めのものはありますか』と畳みかけたりしてしまうと、お客様も身構えてしまう」(緒方さん)。「コーヒーは普段からよく召し上がりますか」など何気ない会話から始めると来店理由を語ってくれることが多いという。それが分かれば、「一緒にニーズに応えるお手伝いができる」(緒方さん)。話すときには相手の正面ではなく、斜めの位置や横並びに立つなど相手との距離感にも気を配っている。

 そして、来店客の潜在的ニーズ、(3)「セカンダリーニーズ」を引き出すことだ。例えばすごく暑そうな様子で来店した顧客の一番のニーズは冷たいドリンクを飲むことだ。だが、タンブラーも欲しかったという思いが頭の片隅にあった場合、会話の中からそのニーズを見いだすことはできないか。非常に難しいが、会話の中でふと動かした目線などから気づくこともあるという。また、「普段は日替わりのドリップコーヒーを頼むお客様がいつもと違う時間帯に来店し、コーヒー豆や抽出器具を変えて頼まれたとき、その理由を考える。そして、さらに満足していただけるにはどうするかを模索する」(緒方さん)。

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