
パーパス(企業の社会的存在意義)を軸にしたプロジェクトをいかに実現するか。編集者の河尻亨一氏と、大人用紙パンツブランド「アテント」の「#常識をはきかえよう」やヘアケアブランド「パンテーン」の「#この髪どうしてダメですか」などのキャンペーンを手掛けたクリエイティブディレクターの細川美和子氏に話してもらった。
クリエイティブディレクター/コピーライター
編集者
河尻亨一氏(以下、河尻) 細川さんはアテントの「#常識をはきかえよう」やパンテーンの「#この髪どうしてダメですか」など、日本のマーケットでは先進的な社会型ブランディング施策にいくつも携わっていますよね。それらには、世界的な潮流でもある“パーパス”ドリブンな動きとシンクロする部分があると感じます。何かのインタビューでも「社会と一緒につくっていくことができた実感がある」と語っていましたが、スローガンで終わりやすい「共創」の理念が、キャンペーンの中にリアルに息づいている印象も受ける。これは意識的にそうしているのですか。
細川美和子氏(以下、細川) 広告に関していうと、企業が一方的にメッセージを発信しているだけだと生活者に響かない、という感覚がいつからかあって、社会を巻き込むというか、生活者が参加したいと思うくらいの枠組みを目指さないと、届かないと思ったんですよね。真のPRとはメディアに取り上げてもらうための話題づくりのことじゃなくて、パブリック・リレーション、つまり世の中との関係づくりなんだ、という定義を知って、目からうろこだったことも影響していると思います。
河尻 それはいつごろからでしょう?
細川 いつからだろう。2016年あたりにカンヌライオンズをはじめ、海外に審査員として行って世界中の最新事例を浴びてきた経験も影響しているとは思います。長い間広告制作を続けていく中で、面白い表現が話題になって、でもすぐ忘れられていくようなことを繰り返しているうちに、自分の中で「それでいいのかな」という問題意識も生まれ始めていました。何より、アイデアが浮かばなくなってきて……。同時に生活者としても、ただ消費しているだけでいいのか、右肩上がりで成長していくだけが本当にいい社会なのかといったことを真剣に考え始めた時期だったんじゃないかな。
そんな流れの中で、ナイキがコリン・キャパニック(米国の元アメリカンフットボール選手)のBLM(ブラック・ライブズ・マター)活動を支持して「何かを信じろ。それがすべてを犠牲にすることになっても」とメッセージを発信して猛烈な反発と同時に圧倒的な若者支持を得て株価を上げたことや、ブラックフライデーの激戦日にあえて全店舗を休業にして、顧客だけではなく従業員にも外に出かけようとメッセージしたアウトドアブランドのREI、全米ライフル協会への優遇を取りやめて新しいファンを増やしたデルタ航空など、パーパスを持って行動する企業を見て、とても勇気をもらいました。
河尻 社会課題に対して解決策を提供することと、ブランドの持続可能な成長は不可分である――。カンヌライオンズを見る限り、欧米圏ではこうした発想でマーケティングを行うことが主流になりつつあります。
それをロジックに落とし込んだワードが「パーパス」ですが、今お話に出たようなナイキやREIのようなブランドは、施策の実施後、着実にビジネスを伸ばしていますよね。
例えば、REIは「#OptOutside」キャンペーンの翌年、過去最高売り上げを記録、ミレニアム世代に愛されるブランドとして定着しました。コリン・キャパニックを起用したナイキの「Dream Crazy」も当初は大炎上したものの、やがて共感者が増すにつれて株価が上昇、売り上げも伸ばしています。
広告施策ではないですが、最近ではパタゴニアの創業者が、自身と家族が保有するすべての同社株を環境保護団体などに寄付し、大きな話題になるとともにブランドの好感度も高まっていますね。ここには単なる個人の社会貢献活動に留まらない、ある種の経営判断が含まれていると思うんです。こうした“パーパス経営”を行う企業の根底には、どんな哲学や戦略があると思われますか?
細川 そのような企業は、ステークホルダー(利害関係者)を株主だけじゃなく、社員や顧客、所属するコミュニティー、物資を供給してくれる人や場所、さらには生活者全般、もっというと地球全体、そして何世代も先の人たちだと考えているように思います。
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