
パーパス(社会的存在意義)のある広告は当たり前となり、本物であることや真実味を示す「オーセンティシティー」が重視される。売るためだけのキャンペーンから、世の中を動かすプロジェクトへ――。「カンヌライオンズ」など世界的広告賞の受賞作の傾向から、広告クリエイティブの今とこれからを読み解く。
ある動画が、広告業界に大きな衝撃を与えた。
NRA(全米ライフル協会)元会長による、とある高校の卒業生へのスピーチらしきものが始まる。カメラが引いていくと、ステージの前の広大なエリアに誰も座っていない3044脚のいすが並べられている。
「これはいったい何なのか」と不思議に思っていると、彼が銃購入者の身元確認を厳しくするユニバーサル・バックグラウンド・チェックを阻止するために何百万ドルもの資金を集め、銃を野放しにすることに手を貸したこと、そしてこの年に高校を卒業するはずだった3044人の学生が銃の犠牲になったことが字幕によって明らかになる。さらに、そこに警察との間で交わされた、銃撃現場から助けを求める生々しい声が重ねられる。元会長のスピーチにどれだけ説得力があったとしても、3044人はそのスピーチを聴くことはできない――。
この動画は、銃規制推進団体「Change the Ref(チェンジ・ザ・レフ)」が制作したもの。「ジェームズ・マディソン・アカデミー」という架空の高校(校名は合衆国憲法の父と言われる第4代米国大統領の名を冠したと思われる)の卒業式をつくり上げ、元会長に卒業生へのスピーチの練習だと信じ込ませたうえで、3044脚の空席のいすを前に演説させたわけだ。
このキャンペーンは銃規制という世論を二分するテーマに過激な手法で挑んだことで大きな議論を巻き起こし、「Clio Awards(クリオ賞)」「The One Show」「NY ADC賞」といった複数の世界的広告賞で最高賞、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル」(以下、カンヌライオンズ)でも金賞を受賞した。
過激なキャンペーンはこれだけではない。カンヌライオンズのラジオ&オーディオ部門など3部門でグランプリを受賞したのは、ロゼッタストーンやモアイ像など大英博物館が所蔵する“略奪文化財”を巡る「The Unfiltered History Tour(フィルターのない歴史ツアー)」。InstagramのAR(拡張現実)フィルターを使い、来館者が博物館内で展示物に向けてスマートフォンをかざすと、それらがどういった経緯で英国に運ばれてきたのかという裏のストーリーを迫力ある映像とオーディオ解説で知ることができる。企画は大英博物館には内緒で進められ、「無検閲」をうたうこのゲリラツアーは非公認でありながら話題となり、世界中のメディアやSNSで拡散された。仕掛けたのは、ニュースメディア「Vice World News(ヴァイス・ワールド・ニュース)」だ。
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