2022年10月4日発売の「日経トレンディ2022年11月号」 ▼Amazonで購入する では、「歯医者の真実」を特集。「滑舌が悪くなった」「飲み込むときにむせる」──。そんな変化に思い当たる節はないだろうか。いずれも「オーラルフレイル」(口腔の衰え)の兆候だ。放置すると身体全体の衰えにつながりかねないが、早めに対処すれば回復も可能。最新エビデンスと対策を、第一人者の飯島勝矢教授に聞いた。
※日経トレンディ2022年11月号より。詳しくは本誌参照
──これまで老化と言えば、足腰の衰えや血管の若さに重きが置かれてきました。それに加えて「オーラルフレイル」への注目が高まっているのはなぜでしょうか。
飯島勝矢氏(以下、飯島) 口の問題は口だけでは終わらないことが分かってきたからです。例えば、私たちの調査では、硬いものが食べにくい、滑舌が悪い、むせやすいなど、口の機能が低下した状態(オーラルフレイル)の人は、口腔機能が良好な人に比べて死亡率が2.1倍、要介護認定になる率は2.4倍になるという結果が出ています。一方で、オーラルフレイルは、放置せずにきちんと対策すれば改善することも分かっています。これで健康寿命の延長が期待できます。
東京大学 高齢社会総合研究機構/未来ビジョン研究センター 機構長・教授
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──なぜオーラルフレイルが原因で、心身の機能が落ちるのでしょうか。
飯島 まず身体全体の衰えである「フレイル」について説明しましょう。フレイルは、加齢とともに心身の活力が低下した状態のこと。英語の「frailty」(虚弱)が語源で、日本老年医学会から2014年に提唱しています。多くの人が健康な状態から、フレイルを経て要介護状態になると考えられます。特筆すべきは、フレイル状態に早めに気付いて適切な対処をすれば、また健康な状態に戻れる可能性(可逆性)があることです。しかし、フレイルの小さなサインを見逃していると、加速度的に介護が必要な状態に進行してしまいます。一度要介護レベルになると、残念ながらなかなか改善は期待できません。
私たちは、高齢者約2000人強を対象にした大規模調査を12年から千葉県柏市で実施し、健康状態や身体機能、社会参加状況、認知機能など260項目のデータを収集しています。この調査(柏スタディ)で、フレイルの詳細が明らかになりました。
それは、フレイルの予防には「食事(栄養・口腔)」「運動」「社会参加」の3つがとても大切だということです。「よくかんで、しっかり食べること」「ウオーキングなどによる適度な運動」「趣味やボランティア、就労などの社会参加」をバランスよく実践することが、健康的な生活を送り続けるために重要だと分かったのです。
つまり、よくいわれる足腰の筋肉と同様に、口腔機能も老化防止には重要なのです。その説明のために提唱した概念が「オーラルフレイル」。実際、オーラルフレイルの人は、身体的フレイルになるリスクが2.4倍高いことも柏スタディの結果が示しています。
──筋肉は40歳を過ぎると毎年0.5~1%ずつ減少すると聞きます。オーラルフレイルは何歳から心配するべきでしょうか。
飯島 柏スタディでは平均73歳の高齢者で、オーラルフレイルの比率が2割弱でした。早い人は50歳代から、60歳代では4人に1人が、前段階の「プレ・オーラルフレイル」に該当するのではないかと見ています。しかし、それより若い世代だから全く安心とも言い切れません。30代後半ぐらいから、歯周病の人は増えてきます。若いうちからオーラルフレイルにならないように注意し、栄養のある食事を食べ続ける総合力としての食力(しょくりき)を維持することが、将来のフレイル予防を下支えすると思います。
──虫歯や歯周病さえ治療できていれば、オーラルフレイルにはならないのでしょうか。
飯島 食力が衰える要因は主に5つあり、もちろん「機能する歯がどれだけ残っているか」は重要です。1989年から始まった「8020運動」は素晴らしい成果を上げており、最新の全国調査(16年歯科疾患実態調査)では、75~84歳の51%が20本以上の歯を残せています。
しかし、歯が残っていても口の筋肉が衰えていると、やはり食力は落ちます。これが2つ目の要素である口周りの筋肉のサルコペニア(筋力の低下)です。これが起きると、食べ物をかむ咀嚼機能や、飲み込むための嚥下機能が落ちてしまいます。
そして3つ目が、多剤併用(ポリファーマシー)の副作用です。高齢者は持病の治療のために複数の医薬品を服用していることが多いのですが、これが、唾液の分泌量減少や食欲減退を引き起こしていることがあります。
4つ目として食事に対する誤認識も問題で、いわゆる「メタボの光と影」になるのでしょう。メタボリック症候群の啓発が進んだことによって、多くの高齢者が「もっと痩せなければ」と勘違いしています。現役世代が太り過ぎの場合は、心疾患や脳血管疾患などのリスクが確かに上がるので、体脂肪を落とした方がよいでしょう。しかし高齢者はうまく体重を落とさないと、むしろ大事な筋肉を失い、身体的フレイルも進行させてしまいかねません。
そして、意外に重要なのが社会性。どんな環境で食事をするかが、食力に大きく影響していることが分かっています。例えば、1人では弁当を食べきれない高齢者でも、他の人とおしゃべりしながらなら、残さず食べきれることが多い。人との食事や会話が食力の下支えになっているのです。
──新型コロナ禍の影響で、人と一緒に食事をする機会が減り、隣席の人と雑談をすることも少なくなりました。これらもオーラルフレイルに影響するのでしょうか。
飯島 口周りの筋肉は、使わなければ動きが悪くなります。口には、食べる、飲み込む、話す、唾液を分泌するなどの多様な機能があります。それらの機能に大切な役割を果たしているのが筋肉の塊である舌。例えば、硬い肉を食べるとき、同じ歯でずっとかんでいるわけではありません。前歯でかみ切ったら、舌で左右の奥歯を往復させながら数回ずつかんで、最後に舌全体で喉の方へ食べ物を送り込みます。しっかり食べるためには、咀嚼の筋肉だけではなく、唇、舌、喉など、口周りの筋肉がしっかり協調して働ける状態であることが大切です。
──オーラルフレイルかどうかを簡単に調べる方法はありますか。
飯島 私がつくったセルフチェックリストでは、8項目の質問に答えるだけでオーラルフレイルのリスクを調べられます(下図)。まずはこれを試してみてください。
また、唇と舌の動きは、「パ・タ・カ」テストで簡易的にチェックできます。「パパパ……」「タタタ……」「カカカ……」とできるだけ速く言ってみてください。これらが5秒間に30回以上言えれば問題ありません。この3つの発音は、食べるために必要な筋肉と関連しています。「パ」は、唇の周りの筋肉と連動しており、ここが衰えている人は食べこぼしの心配があります。「タ」は、舌の先端部分が上前歯の裏に付く発音で、口の中で食べ物を移動させる動きと関連しています。そして「カ」は舌の奥の部分の動きで、飲み込む力や嚥下機能障害に影響します。
もっと詳しく口腔機能について調べてみたい場合には、「口腔機能低下症」が検査できる歯科医院を探してみるのも手です。かむ力(咬合力)や舌の力(舌圧力)、咀嚼機能などを専用の装置で測定できます。18年4月から65歳以上で保険診療の対象になり、22年4月からは50歳以上に対象が拡大されました。専用の機械が必要で、まだ多くの歯科医院が対応しているとはいえませんが、最近は大学の歯学部でもオーラルフレイルについて学ぶようになってきたので、今後は対応が増えると期待しています。
──オーラルフレイルを防ぐために、口周りを鍛える方法はありますか。
飯島 いったんオーラルフレイルになった人でも、3カ月ほど訓練をすると、かなりの人が改善することが分かっています。例えば「パ・パ・パ……」とはっきり発音する練習をする「パタカラ体操」など、様々な口の運動(口腔体操)が提唱されており、どれも一定の効果が見込めます。
ただ、腕や脚の筋肉と一緒で、“筋トレ”だけで鍛えようとすると、長続きしない恐れがあります。一方で、仕事で荷物配送をする人はしっかりとした二の腕をしていますし、趣味でサイクリングをする人は脚の筋肉が発達しています。同様に、口周りの筋肉も、普段の生活で取り入れられることや、好きで続けられることをいくつか併用するのがよいと思います。
例えば、新聞記事などを1本音読する、風呂やカラオケで1曲歌うのもいいでしょう。毎日の歯磨きに頰を動かす「ブクブクうがい」を数十秒加えるのも効果が期待できます。他に、おかずに硬くて大きめの食材を入れる手もあります。自分で習慣化しやすいことをいくつか選んで始めてください。筋肉は裏切りません。怠けていれば衰えますが、努力を継続していれば、必ず結果が出てきます。
──歯科医院に通うことは、オーラルフレイル対策に有効でしょうか。
飯島 口腔リテラシーを高く維持するために、口に何のトラブルも感じていないとしても、3~6カ月に1回程度の歯科受診をお勧めします。ただ、日本人で定期受診をしている人は非常に少ない。だから、歯科以外の医療や介護の関係者にオーラルフレイルについて知ってもらい、定期歯科受診を促すような連携を加速したいと考えています。
(写真/村田 和聡)
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