第1回では「ダークパターン」という用語の定義と代表的な7つのパターンを紹介した。そもそも、生活者を無意識のうちに不利な行動に誘導してしまうダークパターンはなぜ生み出されてしまうのだろうか。第2回では、ダークパターンが生まれる3つの要因と3つの目的を紹介し、その仕組みについて解説する。

ダークパターンは3つの要因から生み出されている
ダークパターンは3つの要因から生み出されている。期間が不明の“閉店セール”といったリアルの小売店の商慣習もその1つだ(写真/Shutterstock)

 ダークパターンはユーザーインターフェース(UI)デザインの問題と捉えられがちであるが、その要因は決してUIデザインによるものだけではない。第1回でも紹介した、オンラインプライバシー研究者のアーバインド・ナラヤナン氏らの研究者グループによると、ダークパターンが生み出される構造として、図のような3つの要因が考えられるという。

ダークパターンが生み出される要因と構造
ダークパターンが生み出される要因と構造/オンラインプライバシー研究者のアーバインド・ナラヤナン氏らはダークパターンが生み出される3つの要因を導き出した(出典:Arvind Narayanan, et al., Dark Patterns: Past, Present, and Future)
オンラインプライバシー研究者のアーバインド・ナラヤナン氏らはダークパターンが生み出される3つの要因を導き出した(出典:Arvind Narayanan, et al., Dark Patterns: Past, Present, and Future)

 この3つの要因について以下、順を追って紹介していこう。

小売業における欺瞞的な慣行

 ダークパターンが一般化していった背景の1つ目は、以前からの欺瞞(ぎまん)的な「小売業の商慣習」の影響が挙げられる。

 我々は日常的に「98円セール」や「1999円」といった価格設定を見かける。これは「サイコロジカルプライシング(心理学的価格付け)」と呼ばれ、100円、2000円といったきりのよい価格よりも、消費者に対して心理的に安く感じさせる効果がある。こういった価格付けは小売業では一般的であり、特に違法性もないため、消費者側も特に違和感を覚えずにそういったものとして受け入れているだろう。

 また、「おとり広告(おとり商法)」と呼ばれる手法もある。これは売る意思のない、破格値の見せかけの商品を広告に載せ、それにつられて来た人に通常の商品を売りつけるもの。不動産や小売りなどさまざまな業界で問題視されている。おとりに使った商品が実際には売られていない場合、景品表示法の不当表示に該当し、違法となる。実際に多く検挙もされている。

 同じく不当表示に該当するものとして、「いつでもやっている閉店セール」も挙げられる。「閉店のため」「在庫処分」「売り尽くし」などのセールを行いながら、実際には単なる改装であったりするケースもよく見られる。これも厳密には違法ではあるが、確固たる証拠を示すことが難しく、こういったケースでは取り締まられることはほぼない。実際、町中でこういったセールを見かけた経験のある人も多いのではなかろうか。

 このように、違法性のあるものからないものまで、小売業の長い歴史の中では消費者の興味を引くために、過剰な表現をしたり、心理学的な隙を突いた施策を行ったりするような慣習が続いてきた。その結果、消費者は、こういったものを見かけてもいちいち目くじらをたてることはなく、「ああまたか」と反応したり、個別に経験則で予防を試みることになっている。そして売り手側も、市場が許容している中で、自分たちの販売を最適化する戦術としてこういった「工夫」を試みている。

 もちろんうそをついたり、実際にはない商品で釣ったりすることは明らかな詐欺行為であるが、そこまではいかないような施策はこうして社会の中で生み出されていく。これが社会がダークパターンを生み出す前提となっている。

公共政策におけるナッジ

 続いて、2つ目の公共政策における「ナッジ」の影響を考えてみよう。聞きなれない言葉かもしれないが、ナッジとは「行動経済学(行動科学)の知見に基づいて、人が望ましい行動をとれるように支援するアプローチ」として知られている。行動経済学分野のフロンティアであるリチャード・セイラー教授とキャス・サンスティーン教授によって2008年に提唱された。

 ナッジとはもともと「肘でちょっとつつく」という意味であるが、まさにちょっと肘でつつくように人に行動を変えるサインを与え、気付かぬうちに行動変容をもたらすような施策を意味する。

 ナッジのもとになる人のヒューリスティクス(経験則)とバイアス(判断の偏り)の研究は1970年代から行われていたが、当時はあくまで心理学的な研究であった。これが2000年代に入り前述のサンスティーン教授とセイラー教授によって「行動経済学」とまとめられ、行動への介入、特に政策で活用する手法として知られるようになった。代表的なものでは、人々が「選択する」という行為を避けることを狙った「デフォルト効果」などが知られている。

 下図は欧米の各国で実施した、脳死などになった際の臓器提供意思の調査結果を比べたものである。左側の4カ国の低い水準に比べて、右の7カ国は軒並み100%近い水準を見せている。この違いはいったいどこからくるのだろうか。これは決して各国の人々が持つ、臓器提供に対する意識の違いの差によるものではない。これは、臓器提供意思をオプトイン(提供する意思があればチェックする)にするか、オプトアウト(提供する意思がなければチェックする)にするかの違いである。すなわち、左の4カ国はオプトインであり、右の7カ国はオプトアウトである。

欧州各国での臓器提供に対する意思決定の比較
臓器提供の同意率に大きな差があるが、これは同意の取得方法の違いによるものが大きい。赤のグラフの国はオプトイン(提供する意思があればチェックする)、緑のグラフの国はオプトアウト(提供する意思がなければチェックする)で同意を取得している(出典:Johnson EJ, Daniel Goldstein, Do Defaults Save Lives?, Science 2003; 302: 1338-9)
臓器提供の同意率に大きな差があるが、これは同意の取得方法の違いによるものが大きい。赤のグラフの国はオプトイン(提供する意思があればチェックする)、緑のグラフの国はオプトアウト(提供する意思がなければチェックする)で同意を取得している(出典:Johnson EJ, Daniel Goldstein, Do Defaults Save Lives?, Science 2003; 302: 1338-9)

 臓器提供は自身の意思のみならず宗教観、家族の価値観など、複雑に要因が関わる意思決定であり、なかなか簡単に決められるものではない。一般にそういった場合、決断を先送りにしがちであり、意思表明の項目は初期のまま、つまりデフォルトの項目のままにしてしまう。こういった効果を「デフォルト効果(default effect)」と呼ぶ。

 臓器提供者が増えることで、社会では恩恵を受け得る人が増えることになる。このためこういった政策にナッジの効果を用いることが適用されている。同様に健康の増進=社会全体での保険料を下げる、環境の美化などにナッジが用いられている。

 しかしながら、こういった行動経済学的なアプローチは、結果的に社会全体のためになることであったとしても、本人自身も気付かないうちに行動を変えるという側面がある。前述の臓器提供の意思表示にしても、決断を先送りにする際のデフォルト値が果たして「提供する」でいいのかどうかは議論が必要だろう。

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