「マーケの危機」今、再考すべきこと 第5回

手っ取り早く売り上げを稼ぐため、目先の利益を優先していないか。そんな疑問を投げかけるのは、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で17年間ブランドマネジメントを経験し、資生堂ジャパンでCMO(最高マーケティング責任者)も務めたクー・マーケティング・カンパニー代表の音部大輔氏だ。ブランドマネジメントの観点でマーケターに求められる考え方とは。音部氏が語った。

クー・マーケティング・カンパニー代表の音部大輔氏(写真/稲垣純也)
クー・マーケティング・カンパニー代表の音部大輔氏(写真/稲垣純也)
音部 大輔 氏
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてマーケティング組織強化を通したブランド成長を実現。2018年より独立し、現職。消費財をはじめ、輸送機器、家電、化粧品、広告会社、放送局、電力、ネットサービス、BtoBなど国内外の多様なクライアントに、マーケティング組織強化やブランド戦略を支援

正しいマーケのための、たった2つの出発点

 そもそもですが、一部のマーケターは「ブランド」と「プロダクト」を混同することがあります。プロダクトは技術革新があると宿命的に陳腐化されるものですが、ブランドはベネフィット(便益)に立脚した「意味」なので、そう簡単にはなくなりません。特定の技術が進化しても、ブランドの意味に適合して取り入れていく限りブランドは廃れない。ということは、過去の体験やコミュニケーションの蓄積が有意義に働いて、ライフサイクルを持たずに長命を楽しめるのがブランドといえます。

 その前提に立つと、もちろん目先で買ってもらうことも重要ですが、そもそも消費者に「満足」を提供し、愛着を持って長年使い続けてもらう必要がある。だから、「2個買ったら3個目はタダ」といった販促で無理やり2回目購入(F2)を発生させたところで、満足や愛着を経ていない人が、果たして再購入してくれるか疑問が残ります。

 ましてや、初回のトライアルを稼ぐため、消費者に対して「ウソ」をつくなど論外。マーケターが第一義として考えるべきは、消費者が何をもって満足し、もう一度買いたいと思ってくれるのかであり、ブランドマネジメントにおいて購入は「経由地点」にすぎません

 「ひとまずトライアル」という考え方もおかしいですよね。自社の想定顧客でもなければ、そのベネフィットに対するニーズを感じてもいない層に試してもらっても、満足してもらえる可能性は低い。むしろ、進んで「不満足」を売っているのかもしれません。悪くすれば、「使ってみたけど駄目だった」といった極めて信ぴょう性の高い不満足の口コミが発生してしまうリスクをはらみます。

 こう話すと、「まずはブランドネームを知ってもらわないことには始まらない」と思うかもしれません。しかし、名前だけを認知してもらうことに意味はない。必ずベネフィットを伴った認知であるべきで、好きになったり気になったりすることで、名前はおのずと覚えてもらえます。

 いまだにインプレッション(広告表示回数)を稼ぐことだけを目的としているようなネット広告もありますよね。それによって、いわゆる認知が生まれたとしても、ポジティブなものとも限りません。そのネット広告のCTR(クリック率)が5%で良好な結果だったとしても、残りの95%の消費者はどう思っているのでしょう。うざい広告が多すぎていちいち覚えていられないだけで、一定の確率でネガティブな認知が生まれているはずです。実際、私もCTRにカウントされることがありますが、そのうちの何割かは誤認を促す表記やUI(ユーザーインターフェース)による間違いクリックです。ポジティブな体験ではありません。

 これは長期的なブランドマネジメントにおいて有利なことでしょうか。一部では、間違ったKPI(重要業績評価指標)に基づいて、とてももったいないお金の使われ方がされていると感じます。

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