新刊『それでは伝わらない!ビジネスコミュニケーション新常識 デジタルグローバルな作法は若者に学べ』(2022年8月、日経BP発行)を基に、ビジネスコミュニケーションの常識を変え、グローバル化を一気に進展させる新しいツールの登場やコミュニケーションスタイルの変化の背景を整理して解説する連載。今回は、新型コロナウイルス禍で急きょ始まったリモートワークについて考える。
まずは残念なケースとなりますが、コロナ禍で当たり前になったリモートワークを掘り下げます。大手メーカーに勤めるIさんの話です。
50歳で部署異動したIさんの「働き方」
Iさんは4年前に別部署から異動してマーケティング業務を担当することになりました。ただ、50歳を超えていたIさんにとって新業務の習得は容易ではなく、難しいタスクなど自分では対応できない仕事があると、周囲の若手メンバーに依頼して代わりにやってもらうことで何とかやり過ごしていました。仕事を振られる側の若手は、反感はありつつも、相手が年長者であり、やり方を手取り足取り教えるよりも自分でやった方が早いので受け入れていました。
明らかにIさんの業務成果は同僚のレベルを大きく下回っていたのです。Iさんの上司は何となく分かっていましたが、Iさんが時間通りに出社し、パソコンの前で何かしら作業らしきことをしているので、それほど問題視はしていませんでした。
しかし、コロナ禍でリモートワークが主体となったことで、この状況は変わりました。様々な課題やタスクのやりとりはメールやチャットを中心に行われていますが、そうしたコミュニケーションにIさんが参加する頻度は明らかに少ないことが目に見えて分かるようになりました。
また、普段のオンライン会議では画面をオフにして会話だけで進めることが多かったのですが、Iさんは会議の間中、一言も発言することはありませんでした。リモートワークにシフトしたことで、業務貢献度はメールやチャット上での「コミュニケーション量」や、オンライン会議での「発言回数」によって可視化されてしまったのです。
Iさんは仕事への取り組み方について、初めて上司からコーチングを受けることになりました。その時、Iさんの考える「働き方」と、求められている「在り方」に大きなギャップがあることが明らかになり、しばらくして会社の早期退職制度が発表された際、Iさんは応募して退職したのでした。
成果の見える化をいかにして実施するか
リモートワークは家にいながら仕事ができるということですが、これは、「オフィスに出社していること」自体は評価されなくなるということです。オフィスに出社し、デスクの前に座っている、会議に参加している、といった「身体的にそこに存在している」ことは、リモートワークでは当然ながら価値を表すことができません。また、リモートワークにおけるコミュニケーションは、ビジネスチャットやメールなどのテキストが主体になります。
リモートワークは「身体的な存在」が表せない分、「コミュニケーションと成果の可視化」がセットで成り立つものです。これは筆者が長く関わっているオフショア開発においても同様で、海外にいるエンジニアを専任ITチームとして抱えた場合、目の前にいないエンジニアが実際にどれだけ仕事をしているのか、どれだけ成果を生み出しているのかをいかに目に見えるようにするかは、すべてのプロジェクトにおける共通のテーマです。
中には、常時オンライン会議システムを稼働し、リモートにもかかわらず「身体的な存在」を管理する場合もありますが、いい方法だとは思いません。よく行われているのは、成果物を見えるようにして、エンジニアごとの生産性を評価する方法です。誰がどんなコミュニケーションをとっていて、どんな具体的なアウトプットを生み出しているのかを、ツールを使って明らかにしていくのです。
このような成果・コミュニケーションを可視化するツールを「トラッキングツール」と呼び、クラウドサービスとして提供されています。例えば、営業向けの「Salesforce」、プロジェクト課題管理の「Backlog」、システム開発プロジェクト向けには「Jira」「Redmine」「GitHub」などがあり、ソースコード管理と並行してタスク管理を行うことができます。これらはいずれもWebブラウザーで利用でき、パソコン(PC)、スマートフォン、タブレットを通じて、どこからでもアクセス可能です。プロジェクトに関わる誰もがプロジェクト全体のコミュニケーションや成果を確認できるのです。
例えば、プロジェクトを進行する上で課題が生まれると、それをこれらのツール上に登録します。課題を登録するだけでは放置されてしまう可能性があるため、必ずその課題を解決する「担当者」を登録します。さらに、その課題がいつまでに解決されなければならないかを見極める上で「解決期限」を設定します。担当者となった人は、その課題を解決するために必要なタスクや質問を分解し(子タスクを作り)、その子タスクを解決する担当者、および期限を別途設定します。このように、存在する課題とその担当者、期限をトラッキングツール上に登録することで、コミュニケーションや成果を「目に見える」ようにするのです。
この結果として、「課題を解決しているのは誰か」「課題を放置しているのは誰か」「誰のコミュニケーションがより分かりやすいか」といった情報がおのずと明らかになります。これまで、「具体的な成果」よりも、出社や会議参加、または「場を和ませる」といった「身体的な存在」で評価を得ていた人ほど、見える化されたリモートワークでは「何もしていない人」になってしまいます。実際、コロナ禍での在宅勤務シフトによって、「ミドルマネジメント層が仕事をしていないことが明らかになった」と話題になりました。
なお、先に挙げたトラッキングツールの多くは欧米発ですが、必ずと言っていいほど課題進捗をひと目で見せるボードがあり、それを「カンバンボード」と呼びます。この「カンバン」の由来は「かんばん方式」です。トヨタ生産システムの一環として、大野耐一氏(元トヨタ自動車工業副社長)が開発したモデルです。在庫を可能な限り最少にするために、各工程の製品を実際の工場内の看板に表示し、各工程を効率的に連携する仕組みです。今、このような生産管理、成果管理の仕組みが、オフィスワーク、デジタルワークではグローバル標準となりつつあるのです。
最近の若者のコミュニケーションはいかがなものか――。そう考えているキャリアパーソン世代は少なくないでしょう。しかし、キャリアパーソン世代が常識と思っているビジネスコミュニケーションは、今、過去のものになろうとしています。これまでは「丁寧・気配り」「実直」「立場・背景」が重視されましたが、新常識の特徴は「共感」「ストレート」「フラット」で、従来とは大きく変化しています。
これら新常識にキャリアパーソン世代は戸惑うでしょうが、若者はそうではありません。実は若者がSNSで身に付けたコミュニケーションスキルの特徴と同じなのです。つまり、コミュニケーションを学び直す必要があるのはキャリアパーソン世代というわけです。
ビジネスコミュニケーションの新常識は、本書を読むことで最速で身に付けることができます。もちろん社会人になったばかりの若者や就職を控える学生にとっても、普段のコミュニケーションが次世代のビジネスシーンにおいてどんな価値があるのか、本書を読めば具体的な事例をもって知ることができ、得意とするスキルをビジネスでも存分に発揮できるようになります。