新刊『それでは伝わらない!ビジネスコミュニケーション新常識 デジタルグローバルな作法は若者に学べ』(2022年8月、日経BP発行)を基に、ビジネスコミュニケーションの常識を変え、グローバル化を一気に進展させる新しいツールの登場やコミュニケーションスタイルの変化の背景を整理して解説する連載。第1回は「ビジネスのトレンド」をテーマに深掘りする。
キャリアパーソン世代が身に付けてきた「ビジネスコミュニケーションの常識」は、実は不変ではありません。これからどのように変わるのか、その背景から探っていきましょう。
図1は、私たちの属すコミュニティーがローカルからグローバルに、そして現代のデジタルグローバルへと進化していく上で、ビジネスシーンで必要となるコミュニケーション特性が、どのように変わっていくかを整理したものです。このイメージを持ちながら、本連載を読むと内容をつかみやすくなると思います。
ビジネスの競争軸が「体験向上」によるファンづくりへ
まず押さえておきたいことは、世界を席巻しているビジネスのトレンドの変化です。
2022年4月2日、米国の電気自動車(EV)メーカーの米テスラは2022年第1四半期(1~3月)の世界新車販売台数を発表しました。第1四半期としては過去最高の31万台となり、前年同期比1.7倍と大幅な増加となりました。テスラと言えば、低炭素時代に人気の電気自動車市場において、格好いいデザインで人気を集めているイメージがあると思いますが、テスラの本当のすごさは別のところにあります。それは、「アップデートし続ける車体験」です。
どのモデルのテスラでも、ドライバー席のハンドルのすぐ横にあるタブレット型のパネルで走行情報の確認や、車の操作ができるようになっています。このタブレット型パネルは、従来の車の操作パネルというよりスマートフォン(スマホ)に近く、指先一つで音楽を聴いたり、エアコンの流れを変えたり、ミラーを調整したり、といったあらゆる操作を直感的に行うことができます。通常の車にあるスイッチやボタンは一切なく、すべての操作をこのタブレット型のパネルで行うのです。
タブレット型パネルのメニューの一つに「ソフトウエア」があり、定期的に「最新バージョンがあります」と表示されます。そこにあるインストールボタンを押すと、最新バージョンのソフトウエアがダウンロードされ、購入後のTeslaのソフトウエアが更新(アップデート)されるのです。
このアップデートによって、タブレット上のアイコンデザインやナビゲーションなどの操作画面が改善されるだけでなく、ウインカー時にサイドカメラを自動起動するといった安全機能の追加や、ステレオサウンドの機能向上、さらには、自動運転モードのステアリング精度向上といったドライビング関連まで、ありとあらゆる体験が強化されます。
世界時価総額トップ10企業の共通点
これを聞いて、iPhoneやAndroidなどのスマホがアップデートしていくのに似ていると感じたかもしれません。まさにそれと同じような体験を、車で実現しているのがテスラなのです。
iPhoneやAndroidを「選ぶ理由」には「デバイスのデザインが好きだから」「カメラの精度が高いから」などが挙げられますが、「使い続ける理由」としては、スマホを通じて実現できる様々な体験が大きいと思います。例えば、LINEなどのメッセージのやりとり、情報検索、SNSなどでのコミュニケーション、写真の撮影や共有、地図の閲覧など、普段の生活や仕事に欠かせないツールとして、その体験のストレスのなさや楽しさ、それらを周りの人とも共有できることこそがiPhoneやAndroidの最大の魅力でしょう。
なぜ、iPhoneやAndroidは定期的にアップデートを続けるのでしょうか。それは、ユーザーのスマホ体験から極力ストレスをなくし、より体験を素晴らしいものにすることが競争原理になっているからです。iPhoneがアップデートを怠れば、ユーザーは皆Androidへ移ってしまうでしょう。そして、テスラもまた、同様の体験改善を通じて、ユーザーの定着、ファンづくりを実践しているのです。電気自動車では、ともすれば1回のフル充電で何キロメートル走れるかといった性能指標ばかりが取り上げられますが、このような技術革新は、産業全体として必ず向上するものであり、市場の競争は「体験向上」によるファンづくりにかかっています。
テスラは、2024年中にハンドルもペダルもない、完全自動運転タクシー(ロボタクシー)車を大量生産すると発表しています。もはや「運転」すらも不要になった車の中で人間は何を求めるかを想像すると、いかに体験の「アップデート」が重要なのかが分かると思います。
図2は、世界時価総額トップ10の企業(2022年3月末時点)と主要製品です。
実にトップ10のうち、6社がソフトウエアをベースとする「体験創造型」企業です。また、米アップルへの投資がポートフォリオの50%近くを占める7位の米バークシャー・ハサウェイや、GPUを製造する8位の米エヌビディア、iPhoneのスマホチップ(半導体)を製造する10位の台湾積体電路製造(TSMC)を体験創造に欠かせないサプライヤーであることを考慮すると、3位のサウジアラビアのサウジアラムコを除く企業が体験創造型企業連合と言っても大きな間違いではないでしょう。
「共感」コミュニケーションスキルが求められる
「体験創造」において最も重要な要素は、「UI(ユーザーインターフェース)」です。ユーザーが製品・サービスを利用することで、その人のライフスタイルに大きく影響を与えます。それはつまり、ユーザーとコミュニケーションをとっているのです。実際、体験創造型企業の多くは「人間工学」に基づいてインターフェースをデザインしています。iPhoneを設計しているアップルには「ヒューマン(人間)・インターフェース(交流)・デザイン」と名付けられたチームがあり、iPhoneは人々のライフスタイル、コミュニケーションの在り方を革新しました。テスラは、車内で過ごす時間に新たなコミュニケーション体験を生み出しています。
このような人間と機械、そして機械を通じた人間と世界とのコミュニケーションの機微を理解するには、感性の力、「共感」の力が欠かせません。筆者が深く関わるソフトウエアの世界でも、プロダクトの価値は性能よりも体験やインターフェースのデザインが最も重要な要素となっています。
体験創造に優れたインターフェースデザインには、細かな説明書はふさわしくありません。実際、iPhoneには紙の取り扱い説明書はありません。触ってみて、アイコンを指先でタッチして、アプリを起動していけば、まるで私たちの行動を予測しているかのように、自然と使えるようになっています。
プロダクト作りの現場でも同じです。事細かに仕様を記述した設計書よりも、実際に「触って感じられる」プロトタイプを用いることが常識です。世界から集まるデザイナーやエンジニアのチームによるモノづくりでは、絵で伝える(視覚)、音で伝える(聴覚)、モノで伝える(触覚)といった「共感」によってチーム内で共有し、体験価値を創造しているのです。
完成した製品のプレゼンテーションも「共感」が重視されています。アップルの創業者の一人である故スティーブ・ジョブズ氏は、プレゼンの天才と呼ばれていました。ジョブズ氏の商品発表会は人気アーティストのライブのような熱狂に包まれ、その中でiPhoneやiPadなどの革新的な新商品を「自ら使ってみせる」ことで体験を視覚的に伝え、世界中に共感を生み出していたのです。
2007年の初代iPhoneの発表会では、ジョブズ氏自ら手元のiPhoneをスライドショーに投影し、スクリーンを指で操作して音楽を流したり、映画を見たり、検索をしたり、誰かと電話をしたり、チャットをしたりしたのです。iPhoneを使うことで、実際の生活でどんな体験ができるのかを伝えました。デモの最中にiPhoneに文字を打ち込む際、メガネを外す姿が印象的です。
「共感」コミュニケーションスキルは、今後、どんな立場、職種であろうと、必ず重要になってくるでしょう。
最近の若者のコミュニケーションはいかがなものか――。そう考えているキャリアパーソン世代は少なくないでしょう。しかし、キャリアパーソン世代が常識と思っているビジネスコミュニケーションは、今、過去のものになろうとしています。これまでは「丁寧・気配り」「実直」「立場・背景」が重視されましたが、新常識の特徴は「共感」「ストレート」「フラット」で、従来とは大きく変化しています。
これら新常識にキャリアパーソン世代は戸惑うでしょうが、若者はそうではありません。実は若者がSNSで身に付けたコミュニケーションスキルの特徴と同じなのです。つまり、コミュニケーションを学び直す必要があるのはキャリアパーソン世代というわけです。
ビジネスコミュニケーションの新常識は、本書を読むことで最速で身に付けることができます。もちろん社会人になったばかりの若者や就職を控える学生にとっても、普段のコミュニケーションが次世代のビジネスシーンにおいてどんな価値があるのか、本書を読めば具体的な事例をもって知ることができ、得意とするスキルをビジネスでも存分に発揮できるようになります。