※日経エンタテインメント! 2022年8月号の記事を再構成
2018年に『仮面ライダージオウ』で注目されて以降、その独特の存在感ゆえに一癖も二癖もある役が続く板垣李光人。NFTアートを発表するなどデジタルで活躍領域を広げる姿は新世代俳優と呼ぶにふさわしいと言える。
どこか非現実的な雰囲気があり、唯一無二の存在感を放つ。今年1月期には『シジュウカラ』で、年上の漫画家と恋に落ちるアシスタント・千秋を、4月期には『インビジブル』にて、犯罪コーディネーター・キリコの右腕、マー君を好演。2023年には、3度目となる大河ドラマ出演も決定している。従来の作品にないニュータイプのキャラクターから、もろさや痛みを抱える人物まで、難役を担う機会も多い。数々の作品で爪痕を残し続ける一方、アートをはじめ広い分野に興味を示し、独自の道を歩む板垣。これまでの歩みを振り返りながら、自身の「天職」について語った。
『インビジブル』のマー君は、見ている方にとって謎が多いキャラクターでしたよね。でも、キリコに拾われた過去は序盤で少し言及されましたし、きっと裏の世界で生きてきた背景があるんだろうなというところは意識していました。だからこそ空気も読めるし、適応力も高い。生きる術としての頭の良さがありますよね。特に終盤は、そうした一面が強く出ていたと思います。19歳という、キャピっとした生意気さとのメリハリを大事に演じました。
子役から俳優への脱皮
――2歳からモデルを始め、13歳の15年には『花燃ゆ』にて大河ドラマを経験。18年、『仮面ライダージオウ』にて、「謎の集団」タイムジャッカーの一員・ウール役を演じると、その美しいビジュアルも話題に。20年の映画『約束のネバーランド』では、主要キャストの1人・ノーマンとして確かな演技力と存在感を示した。
翌21年には、Web作品を含む7本のドラマに出演。初主演となった『カラフラブル~ジェンダーレス男子に愛されています。~』では、中性的なスタイリスト、『ここは今から倫理です。』では愛着障害を抱える高校生、『風の向こうへ駆け抜けろ』では失声症の厩務員を演じ、感情の機微を繊細に表現した。自身、そうした役を「求められている」感覚もあるという。
『仮面ライダージオウ』に出た頃から、「子役」ではなく「俳優」と呼ばれるようになった気がします。『仮面ライダー』シリーズは若手俳優の登竜門でもありますし、小さい頃からずっと見てきたシンプルな憧れもあって、出たい気持ちはもちろんありました。出演させていただく1年ほど前、高校生になりたての頃にそういう思いを抱き始めたので、実はすごくうれしいタイミングで出ることができたんです。
『約束のネバーランド』は、大人気漫画の実写化でしたし、周りの方の反応で「注目されているんだ」と感じました。ただ、自分が今どのくらいの場所にいるのか、注目されているのかということは、今でもよく分かっていないんです。僕自身は、仕事を始めた頃とさほど変わらない感覚なので、共演者の方から「見てました」と言っていただくたび「すごい! 知ってくれているんだ」と驚きます。
去年は、個性の強い役を頂くことが多かったですが、いろいろな人間を演じるのが楽しくて役者をやっていますから、うれしいことです。僕自身、『流浪の月』のような作品を見るのが好きなんですが、ああいう人間の底のほうを這いずり回っているような芝居って、役者の醍醐味だと思います。つらい役が続いても、引っ張られることはないですね。家に帰れば切り替わる。それに、役と実際の僕は、けっこう違うと思いますよ。
(『カラフラブル~』で演じた)周のイメージを抱く方もいますけど、全く違いますね。僕はあんなに優しくない(笑)。『シジュウカラ』の千秋も、全く共感できなかったしなぁ…考えてみると、役に共感できたことはほぼないかもしれない。でも、そこは重要ではないと思います。そもそも人間って、他者に対して深く共感できることなんてめったにないじゃないですか。だから僕は、役のすべてを理解したり共感したりする必要はないと思う。知りたい、分かりたいと役に寄り添ってあげられたら、それで良いと思いますね。
3回目の大河に向けて
――23年には、大河ドラマ『どうする家康』に出演予定。『青天を衝け』では、徳川昭武のイメージ作りを担う責任感があった。今作では、名優たちが演じてきた井伊直政を自分のものにしたい思いだ。
大河ドラマはやっぱり独特というか、歴史を背負う重みをすごく感じます。『花燃ゆ』のときはまだ中学生でしたし、そこまで深く考えていなかったんですが、『青天を衝け』では最初のリハーサルで吐きそうになりました(笑)。現場にいる全員が「大河」に特別な気持ちで臨んでいる、その緊張感にのまれたんだと思います。
直政は有名な武将ですし、最近では菅田将暉さんのイメージが強いと思います(17年『おんな城主 直虎』)。そのあと、という難しさはありますが、自分がやるからこそ出せるものを大事にしたいです。衣装合わせもまだで、本当にこれからなんですけど、「板垣李光人が演じる」というところを第一に考えて向き合いたい。今、楽しみと緊張の半々くらいです。
――今年、20歳になった。「お酒が飲めるようになったくらい(笑)」と、年齢は大きなことではないというが、人生においてかなえたい夢は尽きない。6月には新たな試みとして、NFTアート作品『Eleganza Buddha Collection』をリリースした。デジタルネーティブ世代らしく、アート作品の創作だけでなく、ITを活用して世の中に広げていく手段にも思いをはせる。「役者は天職、クリエートは趣味」と言い切る板垣だが、役者の活躍の領域をデジタルを通じて広げていく先駆けとなるかもしれない。
20代で成し遂げたいこと、みたいなものは特にないです。「死ななきゃいつでも、やろうと思えばできるし」と思っているので。死ぬまでにやりたいことはいっぱいありますよ。服は絶対に作りたいし、いろいろなコレクションに行きたいし、メットガラ(毎年5月に米ニューヨークで開催されるファッションの祭典)にも行きたいし…夢は尽きないですね。
役者としての夢でいえば、僕は賞レースにあまり興味がないんです。でも、役者というもの自体はすごく生き方に合っているし、これ以外の道は絶対になかった。天職だと思っています。ファッション誌の仕事も「役者として」という意識ですね。人物像を決めて、演じるように撮られるのが好き。役者として死ぬまでにかなえたいことは「ずっと続けられれば良いな」、それだけですね。
僕は、僕にしかできないことがたくさんあると思っているんです。役者としても、セルフプロデュースも。NFTアートもそうですが、アイデアを出して、発信できるのは強みだと思います。
自らのアートをNFTで展開
とはいえ僕は、ただ好きなものを好きでいるだけ。昔からずっとそうだし、そうあり続けることに難しさを感じることもあまりなかったです。家族や友人…身近に否定をしてくる人がいなかったし、今も、僕の発信を応援してくださる方がいる。僕は恵まれていると思います。
アートについて、たまに「息抜きとして描くんですか?」と聞かれることがあるんですけど、僕にとって描くことは、全く息抜きにはならないです。例えば映画や美術品を見たとき、自分の中に湧き上がってくる衝動があって、それで僕は絵を描く。いわば表出の手段であって、とても力を使うことです。だから仕事にはしたくなかった。納期に追われて描くのが嫌で、SNSへの投稿だけにしていたんです。でもNFTという形ならば、自分のペースでできるし、世界に向けて発信もできる。やってみるか、と。インターネットは良くも悪くも匿名ですから、現状、デジタルアートの所在は不確かですよね。これからどんどんメタバースやデジタルの時代になっていくなかで、NFTは1つの安心材料ですから、今後さらに広がっていくと思いますね。
監督業にも少し興味があります。『インビジブル』で共演させていただいた柴咲コウさんが監督を経験されているので、お話を聞いたりしました。役者を続けるうえで1度、やってみたい気持ちはありますね。