
「マーケター・オブ・ザ・イヤー2022」の4人目は、驚異的な売れゆきで品薄状態が続く「Yakult(ヤクルト)1000」(宅配用)と「Y1000」(店頭用)のマーケティングをけん引したヤクルト本社業務部企画調査課の金安輝起課長だ。ヒットのキーワードは「密度」。過去最高となる乳酸菌 シロタ株の菌数と菌の密度が「ストレス緩和」と「睡眠の質向上」の機能を果たし、現代人が抱える健康課題にフィットした。「ヤクルトレディ」と店頭で機能を丁寧に説明した高密度の販促が、口コミを生み全国規模の大ヒット商品になった。
良い睡眠はつくれる――Yakult1000とY1000は、ストレスを抱え睡眠時間が短い日本人の悩みにアプローチする新しい市場をつくり出した。「ヤクルトといえば乳酸菌 シロタ株」。こう連想する人は多いかもしれない。だが、「あのヤクルトで私の睡眠が変わるの!?」という驚きは大きかった。多くの消費者が抱える悩みに応える新規性と期待感がヒットを生んだ。
Yakult1000とY1000には1ミリリットル当たり10億個の乳酸菌 シロタ株が入っている。菌の密度は店頭の定番商品であるNewヤクルトの3倍強だ。試験やプレゼン前など、一時的な精神的ストレスがかかる状況でのストレスを和らげるほか、睡眠の質(眠りの深さとすっきりとした目覚め)を高める機能が報告されている。Yakult1000については実際に医学部生を対象に、進級するのに重要な学術試験の8週間前から飲用してもらい、ストレス緩和や睡眠の質向上に効果があることを裏付けた。
脳と腸がお互いに密接に影響を及ぼし合うことを「脳腸相関」と呼ぶ。ストレスを感じると腹痛が起き、便意をもよおすなどが分かりやすい脳腸相関の例だ。ヤクルトの研究機関が脳腸相関に注目して研究を進めた結果、乳酸菌 シロタ株がストレス緩和などの機能を果たすには、菌の数だけではなく菌の密度が重要ということが分かった。
ただ菌を増やせば増やすほど、賞味期限内で生きたまま長持ちさせるのは至難の業だった。また、乳酸菌は自ら乳酸を出すため、多く入れれば入れるほど酸味が増す。味とのバランスを保つために原材料の選定や培養時の温度や時間などを工夫して高菌数、高密度化を目指した。その試行錯誤の結果、2019年10月に菌数が1000億個、菌の密度は1ミリリットル当たり10億個というYakult1000の発売にたどり着いた。それ以前の最高菌数は1999年に発売した「ヤクルト400」。菌数は400億個で密度は1ミリリットル当たり5億個。約20年の時を経て菌の密度は2倍になった。
ただ、良い商品が必ず売れるとは限らない。金安氏は「商品としてはエビデンスがあるので自信を持っていたが、市場はほぼないようなものだった。本当に売れるのか、不安は常にあった」と話す。というのは、Yakult1000を発売した2019年当初、睡眠にアプローチする飲料の市場はまだ小さく、脳腸相関の考え方も消費者に理解されるかどうかが不透明だったからだ。さらに、自社の技術を結集させたYakult1000の希望小売価格は、ヤクルトシリーズとしては当時最高の130円(100ミリリットル。税別、以下同)。価値を正しく伝えられるかどうかが成否の分かれ目だった。
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