果物の「いちご」で農業に革命を起こそうとしているベンチャー企業がある。米国ニューヨークを拠点に展開するオイシイファーム(Oishii Farm)だ。日本人起業家の古賀大貴氏が2016年に起業した農業ベンチャーで、独自の植物工場をつくり高級いちごブランド「Oishii Berry」を展開する。同社の工場には日本で生まれた技術が生かされている。にもかかわらず、なぜ米国での起業を選んだのか。その理由からは技術ではなく、技術で生み出す価値を誰に届けるべきかの選択というマーケティングの基本が学べる。筆者らはオイシイファームCEO(最高経営責任者)の古賀氏に真意を聞いた。
筆者らが米国で来店したあるスーパーでは、一般のいちごが1パックに20粒ほど入りで10ドルを下回る価格で販売されていた。これに対して、Oishii Berryは8粒20ドルで販売されており、1粒で2.5ドルとなる計算だ。Oishii Berryがいかに高級商材であるかが分かる。
Oishii Berryは、それ単体でも高級レストランのデザートとして成立するほどのおいしさで、ギフトなどとしても需要が高い。当初は自社サイトでのD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)販売や、ニューヨークにあるミシュランの星付きの高級レストランなど、限られた店舗への直接販売のみだった。
その後、2022年5月に米国ニュージャージー州に世界最大級(約7000平方メートル)のいちごの垂直型植物工場をオープン。量産体制が整ったことによって、主力商品である「The Omakase Berry」の価格を1パック(8~11個入り)50ドルから20ドルへと大幅に変更。22年6月から米国の大手高級スーパー「Whole Foods Market」などで販売を開始した。既に顧客・店舗から高い評価を得ており、米国で唯一無二の高級いちごブランドとしての地位を築いている。今後はWhole Foods Marketの店舗網でさらに拡大した販売が見込まれており、のびしろは大きい。
従来型の土と水と農家の属人的技術に頼った農業に対して、オートメーション管理された植物工場で高級いちごを生み出すことに成功したオイシイファームは、農業のあり方を根底から組み替えている。また、その生産方式のみならず、流通においても革新的だ。収穫から多くの集荷や配送経路をたどる従来の農産物に対して、オイシイファームは工場自体を消費地の近郊に設置し、すべての商品を自社工場から直接出荷している。当然、流通経路での鮮度管理や特殊なパッケージを使用することで徹底的な品質管理をしており、鮮度の高さは類を見ない。
オイシイファームの植物工場は、高級いちご専用に開発され、特に高い品質を実現するための温度や光、水管理といったオペレーションにおいて独自の高い技術を有している。また日本の農業試験場と協力し、植物工場に適した種の開発にも取り組んでいる。しかし、土を使わずに農産物を育てる植物工場の仕組みそのものに関する技術は、決して最近開発されたようなものではない。ハウス栽培になじみのある日本では特に、「植物工場」と聞いて、それ自体に「革新的」という印象を受ける人は少ないだろう。
この点について、古賀氏はこう語っている。「植物工場の技術自体は、2000年代に確立されており、当時は日本企業がその先端だった」。古賀氏は日本の大学卒業後にコンサルティングファームに就職し、そこで国内の植物工場案件を担当していた。LED(発光ダイオード)やIoTに強みを持つ日本の大手メーカーが、それらの技術を使った新規事業として取り組み、当時は日本の植物工場の技術は世界トップレベルだったと振り返る。
日本企業はなぜイノベーターになれなかったのか
しかし、せっかく開発されたその先端技術で、日本のメーカーが「イノベーター」になることはなかった。「日本は国土が狭いため、生産地が近く農産物の品質が高い。いくら工場で品質が高い農産物を栽培したとしても、近郊で小規模農家が育てたもののほうが圧倒的に安い。それに当時の植物工場での栽培品種は、レタスなどの比較的鮮度や味に差が出にくく、付加価値が付けにくい葉物に集中していた。植物工場という技術がいかに革新的でも、日本市場でそのまま事業化したのでは成功しない」(古賀氏)というわけだ。
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