ボストン コンサルティング グループ日本代表を務めた後、早稲田大学ビジネススクール教授を務めた内田和成氏が2022年3月に退任した。同年4月に、これまでの研究結果をまとめた『イノベーションの競争戦略』(東洋経済新報社)を上梓した。本連載では新著で示された視座を基に、共著者の岩井琢磨氏と共に「イノベーションの新しい解釈と日本企業への処方箋」を緊急提言していく。第1回は電動立ち乗り二輪車の「セグウェイ」の失敗とオンライン会議ツール「Zoom」の成功から、「イノベーションの定義」を再考する。
「日本企業はなぜイノベーションを起こせないのか」
こう問われ続けて久しい。それは組織の在り方や評価システムに問題があるからだとか、リーダーシップの在り方の違いだとか、果ては日本の教育システム自体が間違えているからだとか、実に多様な議論が繰り広げられている。しかし筆者らは、それらは根源的な問題ではないと考えている。結論から言おう。日本企業がイノベーションを起こせないのは、「そもそもイノベーションの定義を間違えて理解しているから」である。
今、多くの企業がアフターコロナを見据えた必死の事業開発・商品開発の努力をしており、経営現場での「イノベーションはもはや待ったなしである」といった思いはさらに強くなっている。しかし、そもそもイノベーションの定義を間違えて理解していたのでは、競技のルールを誤解したまま試合に出ているようなもので、イノベーション競争に勝つことは難しい。
「セグウエイ」と「Zoom」の違いは何か
イノベーションの事例として語られてきた製品の1つに、電動立ち乗り二輪車の「セグウェイ」がある。セグウェイは米国で開発され、2001年に発表された。ジャイロセンサーや加速度センサーによってモーターを制御するシステムを持ち、前後への体重移動だけで加速・減速・停止ができる。発表当時は米アップル創業者のスティーブ・ジョブズなど、IT業界の著名人らが絶賛したともいわれており、都心での移動を変革するイノベーターとして脚光を浴びた。
実際に欧米各地で警察官のパトロールや、観光客向けのツアーなどで利用されてきた。筆者らも米国でセグウェイ・クルージングを楽しんだことがあるが、初めて乗る人でもすぐに操作でき、走行自体もとても快適で、まさにイノベーティブな乗り物だと感じたものだ。
だが、セグウェイは、交通ルール変更の壁や高すぎる価格が障害になり、当初、人々が思い描いたほどには普及しなかった。そして発表からおよそ20年後の20年、ついに生産終了を発表した。その声明でセグウェイのプレジデントであるジュディ・ツァイはこう述べた。「21世紀初頭を代表するイノベーションであるセグウェイが生産を終えることは、多くの人々を落胆させるかもしれない」
ここで考えてみてほしい。セグウェイははたしてイノベーションだったと言えるのだろうか。その技術や製品コンセプトは「イノベーティブ」であったことは間違いない。しかし、原因はどうであれ、セグウェイが人々の暮らしに大きな影響を与えることはなかったし、都市交通を変革する主役になれなかったことも確かである。どうやらイノベーティブな製品であるということと、実際にイノベーションを起こすということは同義ではなさそうだ。
一方で昨今、人々の生活を大きく変えたサービスの1つに、オンライン会議ツール「Zoom」が挙げられる。Zoomについての説明はいまさら不要だろうが、今やオンライン会議ツールの代表と言える存在だ。
Zoomを開発する米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズの売り上げは、新型コロナウイルス禍において急伸し、21年1月期は前年の4.3倍の26億5136万ドルになったという。また21年3月に発表された調査機関「EmailToolTester」によると、Zoomは世界で最も人気の高いバーチャル会議プラットフォームであり、118の国と地域の調査対象国の内、44カ国で第1位になっている。米国では59.9%のシェアを占め、1日当たりの会議参加者数は3億人に上るという。Zoomは在宅勤務を可能にし、人々の郊外への転居を促し、さらに企業が遠隔地や海外に住む人材を受け入れたり、オフィスを縮小したりといった現象まで生んでいる。
用途も拡大しており、もともとの利用目的である会議利用においてだけでなく、学校の授業や離れて暮らす家族との会話ツールとしても浸透している。つまりBtoB(企業向け)ツールとして開発されたものが、CtoC(消費者間)のコミュニケーションツールとしても普及したわけだ。
もちろんZoomだけがその要因ではないが、Zoomの急速な普及がなければ、これらの現象は起こり得なかった。これほどの短期間で世の中を一変させたZoomをイノベーターと呼ぶことに異論はないだろう。
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