新型コロナウイルス禍によって、顧客との断絶が起こり、デジタルでの接点拡大は多くの企業にとって喫緊の経営課題として浮き彫りになった。日本の多くの企業が後れをとっていたデジタル化の波が、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉となって押し寄せる中、専門部署を設ける企業も増えている。だが、目覚ましい成果を上げた例はまだ少ない。日本の企業のDXが進まない背景には3つの経営課題があると、Strategy Partners(東京・港)代表取締役の西口一希氏は指摘する。

西口 一希 氏
Strategy Partners 代表取締役 兼 M-Force 共同創業者 兼 グロースX 社外取締役
1990年大阪大学経済学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)マーケティング本部に入社。「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬入社。執行役員マーケティング本部長として60超のブランドを統括。ロクシタンジャポン代表取締役、スマートニュース執行役員マーケティング担当(日本・米国)を経て、M-Forceを創業。Strategy Partners代表取締役社長、グロースX 社外取締役

――日本は事業のDXが進みにくいといわれます。西口さんもそうした実感を持っていますか。

西口一希(以下、西口) “DX崩壊”はよく耳にします。高額なシステムやソフトウエアを導入したにもかかわらず使えていない。あるいはデータベースを構築したものの、実際のマーケティングなどのアクションにつながっていない、修正追加でコストと時間がかさみながらも終わりが見えないといった具合です。企業からコンサルティングの相談を受けたときに現状を聞くと、崩壊とは言わないまでも問題がかなり発生しています。大手企業でDXに取り組んでいるものの、明確に投資に対する効果が出ていないというケースは枚挙にいとまがありません。

 そもそも具体的なアウトプットの目的が曖昧なまま、担当する現場も経営層に何を期待されているのか分からずDXのプロジェクトが進み、DXの手段、つまりシステムの構築とツールを入れることを目的化してしまうことが非常に多い印象です。多機能なツールとシステムを入れても使いこなせないという状況に陥ってしまいます。

 また、高度なツールを入れたがゆえに、逆に顧客への意識が低下しているケースもあります。例えば、SFA(営業支援システム)を導入し、全ての営業データを移管したことに満足してしまうケースです。顧客のデータをいつでも見られる状態になったことに安心して、問題が起こらない限り見ない、たまにしか見ない、報告書の作成くらいにしか使っていない、という矛盾が起こっています。

 私は企業からコンサルティングの相談を受けた場合、BtoB(企業向け)、BtoC(消費者向け)の業態を問わず、必ず顧客の構成を尋ねます。過去3年間の売り上げに基づく顧客の構成や、上位20%の顧客を年度ごとに並べたときの顧客単価の増減、離反の有無などを見ることで、課題を浮き彫りにするために必ず必要な情報です。SFAにデータが入っていれば、すぐ出てくる情報であり、分析は簡単なはずですが、これらが出せないのが現実です。

――データ化に取り組む企業は増えていますが、なぜ顧客データの分析が難しいのでしょうか。

西口 企業にどのようにデータを整理しているかを尋ねると大きく2種類に分かれます。一方は、システムにデータが入っているものの中身を詳細に見ていないため、答えられない場合。ツールでデータ分析できる状況になったことに満足してしまっています。このような企業に対して「大きな失注は発生していないか」と尋ねると、データを分析して初めてその事実に気付くことが多いです。いや、これまでのケースですと、気付いていなかった大きな失注は必ず発見されました。

 DXは担当現場に任せきりで、経営者はデータを見ないため何が起こっているのかを実感できていないことに問題はあります。DXの目的が不明瞭なままツールを入れることが目標になると、現場は導入することやさまざまな社内の意見に対応するのに必死で、そもそもそのツールで何ができるのか、何をするのかを考える余裕がなくなります。

西口氏は企業のデータの整理状況は2種類に分けられると説明する
西口氏は企業のデータの整理状況は2種類に分けられると説明する

 もう1つはマーケティング、営業、商品開発などの部門ごとに見ているデータがばらばらで、DXが必要なのは頭では理解していても、どこから取り組めばいいかが分からないケースです。DXのシステムは導入されたものの、そもそもの分析にデータがそろっていないことが多い。

 こうした企業に顧客企業の上位10社の売り上げ状況などを尋ねると、誰も答えられない。その結果、大きな失注や急激な売り上げの増減のような異常値が発生していても目が向きにくくなってしまっています。顧客企業が1000社程度であれば、むしろ表計算ソフトで管理したほうが数字に目が向きます。手作業なのでミスも起こるし、時間もかかります。ですが、担当者は数字に意識が向くため、しっかり把握できるようになる。しかしながら、システムが入ると逆に意識が低下してしまう。DXによる効率化の弊害でもあります。

「DXの定義」とは新しい便益を生み出すこと

 DXという言葉は、スウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が論文の中で提唱したことで生まれたとされています。その定義において重要なのは「情報技術の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という点です。これは「テクノロジーを活用することで新しい便益を生み出す、あるいは便益の価値を最大化することである」と読み解けます。

 あらゆるDXは最終的な便益の受益者が誰か、そしてどういう便益をつくりたいかが明確でなければできないはずです。これを明確化せずに取り組む企業が多いため、ゴールが分からなくなり、ツールを使いこなせないという事態を引き起こします。

――日本のDXの課題を西口さんはどう考えていますか。

西口 なぜ、このような状況に陥っているのか。日本にはDXに3つの課題があると考えています。まず「(1)具体的なアウトプット目的が不足している」ことです。マーケティングにおけるDXとは、その内容が何であろうと、既存便益の最大化か、新たな便益の創出の2点に帰着します。前者は既に提供している既存商品・サービスの価値を届ける顧客の増加や、既存顧客の満足度のさらなる向上が目標になります。後者なら新しい便益を持つ新商品やサービスの開発になるでしょう。

DX推進を阻害する3つの不足
DX推進を阻害する3つの不足 目的の不備や担当者のデジタル技術などに対する知識不足などが、DX失敗の要因になっているという
目的の不備や担当者のデジタル技術などに対する知識不足などが、DX失敗の要因になっているという

 2つ目は「(2)DXの継続性の設計不足」です。システムを構築して、ソフトを入れるということは投資です。それにより、継続的なリターン(収益)が得られなければやる意味がありません。そうした継続性をつくるためのPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルが構築されていません。

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