開店すしチェーンの「スシロー」を展開するあきんどスシローは2022年6月、消費者庁から景品表示法違反で措置命令を受けた。キャンペーン対象商品が早々に品切れしたにもかかわらず、テレビCMを継続したことが「おとり広告」に当たると判断されたのが要因だ。Strategy Partners(東京・港)代表取締役の西口一希氏がさまざまな業界の実態と過去の経験を交えながら、このような問題の構造を「コミュニケーション」と「サプライチェーン」のそれぞれで解説。マーケターができる防止策を2回に分けて指南する。
Strategy Partners 代表取締役 兼 M-Force 共同創業者 兼 グロースX 社外取締役
――スシローがキャンペーンの対象である「ウニ」や「カニ」などのメニューが早々に品切れし、実際には約600店舗で9割も提供できなかったにもかかわらず、テレビCMを継続していたことで、「おとり広告」に当たると判断され、消費者庁から景品表示法違反で措置命令を受けました。これは一例にすぎません。西口さんから見て、このような事例の問題点はどこにあると思いますか。
西口一希(以下、西口) 一言で言えば「刹那的な単発集客」の問題です。短期間の集客を意識しすぎた結果、中長期で起こり得る顧客の心理変化と行動変化を考慮できていません。今回のような法令違反にならずとも、実は多くの企業が無自覚に抱えている問題です。
どのような企業であっても売り上げの目標に向かって常に顧客数を意識し、毎月の集客に注力します。この時点で、顧客は企業側の施策で増減する対象となり、「即時の集客数」という単純な目標が定まります。しかしながら、顧客はそれほど単純な存在ではありません。さまざまな施策や商品体験を経て、顧客の心理状態は変わり続け、行動も変化するのです。その結果、徐々に購買の頻度や単価が上がってロイヤル化することもあれば、静かに離反していくこともあります。これを「カスタマーダイナミクス(顧客動態)」と呼びます。
いくら単発の集客が優れていても、その後の離反が多ければ、売り上げを支えるための投資をし続けなければならなくなり、収益性は高まりません。これは、集客時点では評価し難いですが、中長期で影響が出てきます。すなわち、今回の問題は、法令違反の問題でもありながら、企業の継続的な成長を左右しかねない「刹那的な思考」の問題です。多くの企業が、この中長期への評価をせずに集客施策を行うので、大なり小なり同じ問題を抱えています。
実は、私は数十年にわたってのスシローファンであり、月に2回以上利用していましたが、今回の体験ですでに数カ月間は離反状態になっています。広告業界に近いから反応が極端なのかもしれませんが、私のような方が少ないか多いかは、時間をおいてから業績に表れます。
今回のケースでは、素晴らしい商品提案によって、多くの顧客を集客したものの、実際に店舗に行ったところ商品がないというサプライチェーン上の需給の「ギャップ」が大きすぎて炎上しました。この問題は、実は、商品供給に限らず、多くの企業の日常コミュニケーションに存在しています。
商品の便益や独自性をテレビCMなどのコミュニケーションで過剰に表現すると、顧客が期待する便益と実際の商品が提供する便益の間に「ギャップ」が生じることは多くあります。例えば、「かつてないのど越しのよさを味わえるビール」とうたっていたにもかかわらず、飲んでみると普通だったといったケースです。事業主から考えるとせっかく開発した商品だから、より印象を良くするために想像をかきたてて、広告などで表現したいと考えます。
サプライチェーンとコミュニケーションでは領域は異なりますが、企業が集客のために顧客に期待させた内容と現実に大きな「ギャップ」が生じるという構造は同じです。
期待と実態のギャップを防ぐ手段は何か
――そうしたギャップが生まれることを防ぐ手立だてはないのでしょうか。
西口 あります。まずは、顧客を「カスタマージャーニー」で時系列で捉える必要があります。まず、商品やサービスの集客を狙って与える便益の期待の設定、そして、実際の商品体験による便益の評価、その評価による継続的な購買意向の形成に分けてお話ししましょう。
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