世の中の話題のテーマや「マーケティング」「ブランディング」の誤解、経営層とマーケターの課題などについて、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、ロート製薬、ロクシタンジャポンなどを渡り歩いてきたStrategy Partners(東京・港)代表取締役の西口一希氏に率直に尋ねる本連載。第1回のテーマは「パーパス」だ。企業の存在意義を言語化したパーパスを制定する企業が増えている。パーパスとは近江商人の「三方よし」であるという西口流の解釈や、P&Gのパーパスが生まれた背景を解説する。

西口 一希氏
Strategy Partners 代表取締役 兼 M-Force 共同創業者
1990年大阪大学経済学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)マーケティング本部に入社。「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬入社。執行役員マーケティング本部長として60超のブランドを統括。ロクシタンジャポン代表取締役、スマートニュース執行役員マーケティング担当(日本・米国)を経て、M-Forceを創業。Strategy Partners代表取締役社長
――昨今、「パーパス」という言葉が注目を集めています。企業がパーパスという言葉を掲げているのを初めて目にしたのは、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)が制定する「PVP(パーパス・バリュー・プリンシプルズ)」でした。P&G在籍時から、このPVPを大切にしてきた西口さんから見て、「パーパスブーム」をどう捉えていますか。

西口 一希(以下、西口) もはやバズワード化していて、とにかくそれを制定することが優先され、それがあれば自事業成長につながるのではないかという過剰な期待や誤解が生まれているように思います。「ビッグデータ」や最近の「DX(デジタルトランスフォーメーション)」もバズワードの一種ですが、”カタカナ“になった瞬間に全てを解決してくれる魔法のつえのように見え始めているようです。

 パーパスは企業の存在意義を定義しようとの話だと思いますが、そもそも存在意義がない企業はないはずです。どのような企業であっても、パーパスと呼ばずとも、理念やビジョン、もしくは創業者の言葉や社内の暗黙知として、パーパスに近しい概念は必ず存在しています。それが整理されていないなら、明文化し、確認するのはよいでしょう。ですが、現時点で存在しない存在意義を改めてつくることはできません。本来、それぞれの企業経営者が自ら制定すべきことですし、少なくとも、外部の企業に頼んでつくってもらうようなものではありません。

――なぜ、急速にパーパスが必要だと叫ばれ始めたとみていますか。

西口 2019年に、米国の大手企業の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブル(Business Roundtable、BRT)が、パーパスの実現を目指すべきだとする声明を発表したことが1つの発端です。

2019年に米国の大手企業の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブル(Business Roundtable、BRT)は、「Statement on the Purpose of a Corporation」を発表した
2019年に米国の大手企業の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブル(Business Roundtable、BRT)は、「Statement on the Purpose of a Corporation」を発表した

 さらに地球温暖化などの環境問題や経済格差への企業責任が問われるようになり、世間から企業に対する要求が厳しくなっていることも要因です。近年、重要性が高まっている「SDGs(持続可能な開発目標)」のほか、「ダイバーシティー」や「インクルージョン」「ESG(環境・社会・ガバナンス)」も、企業の存在意義の中で問われ始めパーパス議論に関連してきました。

 さまざまな要因が絡み合ったためややこしくなり、パーパスの定義にまつわる議論も拡散して、ますますバズワード化が加速しています。ですが、根本にあるのは、1980年代に米国から広まった極端な株主利益の追求、企業は「株主価値の最大化」のためにあるとする考えに対する修正だと言えます。株主に対する存在理由に加えて、企業は「顧客に対する存在理由」「社会に対する存在理由」「従業員に対する存在理由」があるべきだと考えます。

パーパスを日本語に置き換えると「三方よし」

 「パーパスを持つ企業のほうが業績が良い」というデータなどが発表されることもありますが、「パーパスをつくれば企業は成長する」というのは誤解です。事例として出てくるパーパス経営の企業の歴史をみれば、そもそも業績が良く、パーパスを制定した後も失速せずに継続的に業績が良い企業ばかりです。業績が悪かった企業が、パーパスを制定して、上向きになったケースは見たことがありません。原因と結果を逆転して、都合よく捉えるのは危険です。

 パーパスは冷静に考えれば、日本に昔からある近江商人の「三方よし」と同じです。「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」という、近江商人の活動の理念を表す言葉ですが、多くの日本企業は同様の理念を掲げていました。昔からパーパスは日本企業には存在していたはずですが、80年代の米国から始まった株主至上主義に日本も巻き込まれていく中で、企業も変わっていったと言えます。米国の経済史などひもとけば、米国も1970年代くらいまでは、「三方よし」に近しい理念を掲げる企業は多かったようです。

西口氏は、パーパスとは「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」という、近江商人の活動の理念を表す「三方よし」と同じだと語る
西口氏は、パーパスとは「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」という、近江商人の活動の理念を表す「三方よし」と同じだと語る

――P&Gはどのような必要性に迫られて、PVPを制定したのでしょうか。

西口 P&GがPVPを制定したのは、おそらく2000年の初頭だったと記憶していますが、まさに必要に迫られてつくられました。私が入社した1990年初期は、まだグローバルの売り上げが全体の3割にも達していませんでした。ですが、それからグローバルに拡大していき、90年代の後半にはグローバルの売り上げが上がっていました。国や地域によって環境や価値観は異なります。そうした多種多様な従業員が働く組織として、グローバル企業として、一貫した目標と価値観が必要になりました。

 PVPは「Purpose(目的)」「Value(価値)」「Principles(原理)」の頭文字を取った造語です。パーパスは、まさに「三方よし」ですが、実は、至って平易な定義です。これは、どこの企業でも使えるのではと思えます。制定よりも、むしろ従業員の判断基準、行動規範となるValue(価値)とPrinciples(原理)の言語化と解釈に時間をかけていました。これを各国のカルチャーに合わせて理解を深めるための活動を数年かけてやっていました。

P&G PVPより

 「企業目的:当社は現在、そして次世代の世界の消費者の生活を向上させる、優れた品質と価値を備えた製品とサービスを提供します。その結果、消費者は世界をリードする売上高、収益、価値創造を当社にもたらしてくれ、当社の社員、株主、そして私たちが住み業務を行う地域社会が繁栄します」

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