“一発屋”で終わらせないブランド術 第3回

1994年発売のロングセラー、有楽製菓(東京都小平市)の定番チョコレート菓子「ブラックサンダー」には、実は5年ほど続いた「暗黒時代」がある。2010年代の半ば、新商品を出せばヒットを連発していた黄金時代から一転、売り上げが伸び悩む苦しい低迷期に突入した。その突破口となったのが、ブランドのコアコンセプトを改めて明確にし、やみくもに広げすぎたラインアップを絞り込むことだった。その決断の裏側を、代表取締役社長の河合辰信氏に聞いた。

有楽製菓(東京都小平氏)の河合辰信代表取締役社長
有楽製菓(東京都小平市)の河合辰信代表取締役社長
河合 辰信 氏
有楽製菓 代表取締役社長
愛知県豊橋市出身。2007年、横浜国立大学大学院修士課程修了。18年、グロービス経営大学院大学パートタイムMBAプログラム修了。07年、シスコシステムズ入社。システムエンジニアとして勤務した後、10年に実家が経営する有楽製菓に入社。製造部門、開発部門を経て、11年にマーケティング部を立ち上げる。13年にマーケティング部長および取締役、16年に常務取締役就任。18年2月より現職

売れに売れた大ヒット後に訪れた「暗黒時代」

 シリーズ合計で年間2億本を出荷する、有楽製菓の看板商品「ブラックサンダー」。2021年7月~22年6月の出荷金額は、前年同期比で13%増になるなど、好調に推移している。かつては「ブラックサンダー〇〇味」のように期間限定品として、味の異なる新商品を矢継ぎ早に販売する戦略を取ってきたが、ここ2年はその方針を180度転換。定番のブラックサンダーに加え、上位版のプレミアムシリーズと、「バナナのサンダー」のようなブラックの名前がつかない遊び心ある季節ごとのフレーバーシリーズの3ラインに整理し、やみくもな商品展開を封印している。

 その背景には、有楽製菓が陥った「暗黒時代」とも呼べる苦い経験がある。

 そもそもブラックサンダーが誕生したのは1994年。55年に創業した有楽製菓は、80年代に入り、子ども向けの駄菓子販売にシフトし始めていた。当時は100円ほどの袋入りのピーナツチョコなどを製造し販売していたが、競合が多く、厳しい価格競争にさらされていた。そのため、価格競争をしなくても済む市場を開拓しなければと、駄菓子に着目。そうして90年代に入り生まれたのが、当時、有楽製菓の主力商品だった「チョコナッツスリー」(現在は販売中止。販売時の価格は20円)の軽い食感とは反対の、ザクザクとしたハードな食感と満足感のあるブラックサンダーだった。

 満を持して発売された新商品だったが、翌95年には販売不振のため、終売に追い込まれる。多くの駄菓子が10~20円で販売されるなか、製造の都合上30円(税別)という価格にせざるを得ず、メインターゲットである子どもには手が出しにくかったのだ。また当時の商品名はアルファベットで書かれ、パッケージは黒と金という、子ども向けらしからぬ色使いで展開。こうしたさまざまな要因が重なり、販売不振につながった。

 しかし、当時九州の営業担当だった1人の社員の熱い説得により、「残っている包材分だけ」と、96年にエリア限定で販売を再開。細々と売り続けていたところ、大学生協で売れるようになり、徐々に売り上げが拡大していった。子供にとっては手を出しにくい30円のお菓子は、逆に大学生の間では「安くておいしい」と人気が出たのだ。さらに2008年、体操の内村航平選手が「お気に入りのお菓子」として紹介したことをきっかけに大ブレークを果たし、国民的チョコ菓子の地位に上り詰めた。

ブラックサンダーのパッケージリニューアル変遷(写真提供/有楽製菓)
ブラックサンダーのパッケージリニューアル変遷(写真提供/有楽製菓)

 その勢いに乗り11年に新工場が完成すると、生産能力に余裕ができたことから、定番のブラックサンダーだけでなく、「ブラックサンダー〇〇味」などと、期間限定の売り切り商品も展開するようになる。はじめのうちは、新作が出るたびに異なる味を楽しみたいユーザーに支えられ、軒並みヒットになった。「お客様は新しい味を待っていた」と、河合氏は当時の手ごたえについて明かす。また認知度調査をすると、テレビCMを展開していないこともあり、まだ知らない人も大勢いることが分かった。そのため新たな味を出すことで、それまで定番のブラックサンダーでは届けられなかった新規顧客にもリーチを広げられるという期待もあった。

 こうしたさまざまな理由により、当時は、新たなフレーバーを出し続けることへの疑問はなかった。むしろそれが最適解だと確信していたのだ。

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