※日経クロステックの記事を再構成

「買わない人=未顧客」を理解する初めての教科書『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』(2022年6月、日経BP発行)。経験豊富なマーケティングサイエンティストであるコレクシアの芹澤連氏がさまざまなエビデンスに基づいた未顧客理解の原理原則と、日々のマーケティング実務で実践できるフレームワークを、マンガと図表で詳しく解説した書籍です。「未顧客理解」のエッセンスをお届けしている本連載。今回は未顧客にどうアプローチすれば売り上げが増えるのか。そのために有用な「顧客の“ゲーム”を理解する視点」について解説します

 極論すれば、商売としては買ってもらえればそれで十分であり、なぜ買うかという理由は企業の狙った通りである必要はありません。大事なのは「購買する」「利用する」というブランドにとって望ましい行動が増えることです。

 本連載の6回目(「課題解決型思考」に出口なし 関心がない理由は考えても無駄)で、「未顧客は理由があって行動するのではなく、行動したという事実が理由を生んでいる」と説明しました。そうした視座に立てば、「どうすれば好きになってもらえて、かつ行動も増えるか」と間接的に考えるより、「どうすればブランドを利用するという行動が増えるか」を直接考えるべきだと言えます。本記事では、そのために有用な「顧客のゲームを理解する視点」を説明します。

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行動に理由が後付けされて次の行動を生む、というループに気付く

 皆さんは「部屋を掃除したりデスク周りをきれいにしたりすると、何だか気持ちもシャキッとし、思考がクリアになった」という経験はないでしょうか。よく「部屋の乱れは心の乱れ」と言いますが、これは、部屋が汚れているときにはあまり実感できず、むしろ実感できるのは掃除した後ではないでしょうか。

 部屋がきれいだと気分がいいので(行動の結果)、しばらくの間はごみをすぐ片付けたり、読んだ本や書類を置きっ放しにせずに整理したりするようになる(次の行動)と思います。そのとき、「確かに部屋の片付けは大事だな、部屋の乱れは心の乱れとはよく言ったものだ」と実感するわけです。この様子を表したのが図1です。

図1 行動が報酬を生み、報酬が理由になって次の行動を生む
図1 行動が報酬を生み、報酬が理由になって次の行動を生む
(出所:コレクシア)
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 「行動が報酬を生み、その報酬に理由が後付けされて、次の行動を生む」というフィードバックループになっていることが分かると思います。このループを経ることで行動と理由の結び付きが強化され、本人にも自覚されやすくなります。

 ですので、この人に「なぜ掃除をするの?」と聞けば、「部屋の乱れは心の乱れだから」という趣旨の回答が返ってくるでしょう。よく「消費者は後付けで理由を作る」と言われますが、その背景にはこのようなループ構造があるわけです。

 このループを利用すれば、行動変容を促したり、強化したりすることもできます。

シンプルな行動変容を目指す

 ここで、英国ロンドンのごみリサイクルを活発化させる「One bin is rubbish」というキャンペーンを紹介しましょう。

 もし皆さんが、ごみのリサイクルを促す広告を考えてほしいと言われたら、どんな施策を考えますか?例えば、生物への影響や環境被害の深刻さを説いて、「今、自分たちにできることから始めよう」といったメッセージを思い付くかもしれません。環境意識を高めることでリサイクルをしてもらおうという図式です(図2)。

図2 環境意識を高めるとリサイクルが増える?
図2 環境意識を高めるとリサイクルが増える?
(出所:コレクシア)
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 しかし、実際にロンドンで採用された案は、「なぜリサイクルすべきか」を説得するのではなく、「どうしたら家のごみ箱周辺がきれいになるか」に着目したキャンペーンでした。ごみ箱が1つしかないと、入りきらないビンや缶、小分けのごみなどが周辺にたまっていきます。それならごみ箱をもう1つ置けばいいわけです。つまり「One bin is rubbish(1つのビンがごみになる=ごみ箱はすぐあふれる)」とは、「だから、もう一つごみ箱を置こう」という行動を促すメッセージなのです[1]

 このメッセージが秀逸なのは、理由を説明して行動してもらうというやり方ではなく、行動が起きやすい状況を作り出すことにフォーカスした点です。

 理由を説明して行動してもらうには、「環境や生き物を守るためにごみを分別しよう」→「環境への責任があるからリサイクルすべきだ」というメッセージになり、まず前者のメッセージで「行動の理由に納得してもらい」、後者のメッセージで「行動を起こしてもらう」という2段階の行動変容になります。

 それに対して「もう一つごみ箱を置こう」というのはシンプルです。ごみ箱が2つあれば人は自然と分別するようになります。その結果、友人や近所の人に見られても恥ずかしくないという報酬が得られます。それが次のリサイクルにつながります(図3)。つまり、ごみ箱をもう一つ増やすことが、行動経済学でいう「ナッジ」になっているわけです。

図3 「考え方を変えて、行動を変える」のではなく、「行動を直接変える」
図3 「考え方を変えて、行動を変える」のではなく、「行動を直接変える」
(出所:コレクシア)
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ブランド側から顧客へ寄り添いに行く

 無関心の人に行動してもらいたいのであれば、「説得して動かす」や「共感で動かす」という姿勢ではなく、既にその人の生活の中で確立されている行動や習慣にブランドの方から「寄り添う」姿勢が必要です。顧客を“変えて”買ってもらおうとするのではなく、顧客は“変わらない”という前提で、その変わらない習慣や行動を選んで徹底的にブランドの同質化を図るわけです。このとき、次に示す2つのポイントを押さえて施策を考えることです。

  • (1)その行動は、顧客にとってどんな“ゲーム”の一部なのか(どんなゴールに向かった行動なのか)
  • (2)どうすればその行動が増えるのか

 企業としてはブランドを買う、使うといった行動が増えてほしいわけですが、そうした行動は企業にとってはゴールであっても、顧客にとってはゴールではありません。顧客のゴールは常に「自分自身や生活が良くなること」であり、ブランドはそのための手段として購買されます。ですから、その購買を促進する施策も同様に、顧客のゴールに貢献するものであるべきです(図4)。

図4 施策が顧客の生活ゴールに貢献することで、購買を後押しする
図4 施策が顧客の生活ゴールに貢献することで、購買を後押しする
(出所:コレクシア)
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現在の行動から、顧客が参加している「ゲーム」を逆算する

 まずは「顧客が参加しているゲーム」を見定めます。社会学者の岸・石岡・丸山は、日常生活の中では複数のゲームが同時に進んでいるが、我々は1つのゲームしか見ていないことが多いと指摘しています[2]。例えば、データ上は同じ行動をしている2人の顧客がいるとします。しかし、行動が同じでも、参加しているゲームが異なる場合があるわけです。

 これは、マーケターにとって重要な視点です。ゲームが異なればゴール(報酬)も変わってくるからです。顧客が参加しているゲームのルールに合わない商品は利用されませんし、報酬が得られないサービスは購入されません。逆に、顧客の行動がどんなゲームの一部なのか、そのゲームでは何が報酬になるのかを理解すれば、そのゲームに沿った商品やサービス、広告コミュニケーションを開発することで、ブランドの側から寄り添っていく筋道が立ちます。

 例えば鍋物は、ある人にとっては「味がしみ込んだ具材をおかずに白米をかきこむゲーム」ですが、別の人にとっては「うまみの凝縮したスープを育ててシメを楽しむゲーム」かもしれません。鍋用調味料を売るなら、前者には「白米をかきこむうれしさ」を最大化するための施策が、後者には「スープを育てる楽しさ」を最大化するための施策が求められます。このように、顧客が参加しているゲーム次第で、商品の開発要件や広告のメッセージも変わってくるわけです。

 先のリサイクルの例で言うと、もし市民が「地球環境を良くするゲーム」に参加しているなら、「地球や生き物を守ろう」というメッセージで十分にリサイクル行動を喚起できるはずです。しかし「地球環境を良くする」と言われても、大半の人にとっては壮大過ぎて、自分が参加するゲームとして捉えにくいのではないでしょうか。

 環境を良くしたいといっても、日々の生活で意識が向くのは身の回りの環境でしょう。つまり大半の人にとって、ごみをリサイクルするという行動は、「地球環境を良くするゲーム」の一部ではなく、「自分の住環境を良くするゲーム」の一部だということです。だからこそ届けるべきメッセージは、地球を守ろうではなく、自分の住環境を良くする提案である「One bin is rubbish」であるべきなのです。

市民は「地球環境を良くするゲーム」に参加している

  •  → 〇地球や生き物を守ろう

市民は「自宅の住環境を良くするゲーム」に参加している

  •  → ×地球や生き物を守ろう
  •  → 〇「One bin is rubbish」

顧客のゲームを支援するように施策を開発する

 無関心な人に行動してもらうには、商品やサービスを利用することが生活という大きなくくりの中でどんな意味を持つのかを理解し、顧客が参加しているゲームを見極めることが大切です。顧客が参加しているゲームと、そのゲームの報酬が分かれば、施策で打ち出すべきメッセージやトンマナなどの方向性はおのずと決まります。端的に言えば、ゲームに参加しているプレーヤーを支援すること、ゲームに有利な行動を支援することがマーケティング施策の役割になります。

<行動を増やすための施策例>
  • ● ゲームに名前、ラベルを付ける
  • ● ゲームに有利な行動を褒める、報酬を与える
  • ● ゲームに有益な情報を提供する
  • ● ゲームの難しさや大変さ、つらさを代弁する
  • ● ゲームの素晴らしさや意義に共感を示す
  • ● ゲームに有利な行動をしやすい場所やイベントを用意する
  • ● ゲームが欲求を満たす様子を描写する

 リサイクルの例で言えば、「ごみ箱が1つしかないとごみがあふれる」という状況のつらさや、その状況での分別の難しさを代弁し、そのゲームに「One bin is rubbish」という名前を付けることによって、ごみ箱をもう一つ置くという行動を増加させていると考えられます。

参考文献
[1]Sutherland, R. (2019). Alchemy: the dark art and curious science of creating magic in brands, business, and life . William Morrow.(サザーランド, R. /金井真弓(訳))(2021)『欲望の錬金術:伝説の広告人が明かす不合理のマーケティング』東洋経済新報社
[2]岸政彦・石岡丈昇・丸山里美(2016)『質的社会調査の方法:他者の合理性の理解社会学』有斐閣
芹澤 連(せりざわ・れん)
マーケティングサイエンティスト/コレクシア マーケティングプランニング局長
数学、統計学、計量経済学、データサイエンスなどの理系アプローチと、心理学、文化人類学、社会学などの文系アプローチに広く精通。未顧客理解の第一人者として、事業会社やメーカーのマーケティングや事業拡大を支援すると共に、社内研修などの講師を務める。「芹澤顧客研究ラボ」主催。シニアマーケターの知見を若年層マーケターに継承、育成する「マーケティングU-40」をけん引。著書に『顧客体験マーケティング』(インプレス)。
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 「買わない人」から目を背けるのは、もう止めませんか?ビジネスでは買う人=顧客が大事にされますが、事業を成長させるには買わない人=未顧客にも目を向ける必要があります。

 どの企業のどんな商品でも、「知らない・買わない・興味のない未顧客」が市場の大半を占めています。売り上げを増やして事業を成長させるには、そうした「買ってくれない未顧客」を理解して、新しく1回買ってもらわなければいけません。

『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』
『“未”顧客理解 なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』
著者●芹澤連/定価●2420円(10%税込み)/発行●日経BP/判型●A5判264ページ/発行日●2022年6月20日/ISBN 978-4-296-11269-2

 本書は、「未顧客を理解して市場を拡大するための教科書」です。

 日本ではあまり知られていませんが、未顧客へのマーケティングは、ファンやロイヤル顧客へのマーケティングとは大きく異なります。本書は、海外の豊富な先行研究に基づくエビデンスを示しながら、未顧客を理解して事業成長するためのマーケティング原則を、マンガや図表を用いて丁寧に解説します。

 また、本書は実践を重視した内容になっています。実務で大切なのは「だから、どうすればよいのか?」という手の動かし方です。本書を読み終わったとき、「買ってくれない人とどう向き合えばよいのか」に答えが見つかることでしょう。マーケティング担当者はもちろん、販売、企画、開発などに携わるビジネスパーソン必携の1冊です。

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