「ビールといえば……」「アイスクリームといえば……」「掃除機といえば……」――。商品・サービスのジャンル名を挙げたとき、どんなブランド、あるいは企業名が思い浮かぶか? 多くの消費者が真っ先に思い浮かべるブランドもあれば、なかなか名前が挙がってこないブランドもある。もちろん、一番売れている商品は、 最初に思い出される商品だ。書籍『売上の地図』より、売上への影響が大きい「想起」について説明する。

やはり最初に思い浮かぶ商品が一番よく売れる(写真/Shutterstock)
やはり最初に思い浮かぶ商品が一番よく売れる(写真/Shutterstock)

 マーケティングは総力戦だ。売上という大きな目的変数には、実に多くの説明変数がある。宣伝や広報、マーケティング部門が担うべき一番の仕事。それが「想起」である。

第4回のテーマは「想起」
第4回のテーマは「想起」

 世界に冠たるマーケティング企業として知られる米P&Gが重視している指標に「Evoked Set」(想起集合)がある。「何かを買おう」「どこかへ行こう」「何かをしよう」といった意向が発生したときに、何も見なくてもふと頭に思い浮かぶ、好意的な選択肢の集合体である。

 以下の文字列を見たとき、あなたの頭には何が浮かんだだろうか。

・近場で1泊2日する温泉地
・今週末に家族で食事に行くレストラン
・次に住みたい街
・今、掃除機が壊れたとしたら何を買う?
・歯磨き粉といえば?

 今あなたの頭に浮かんだ企業名やブランド名が、想起集合だ。もし1つしか浮かばなかったら、それは想起集合に1つしか入っていないか、もしくは想起集合の中で最初に思い浮かぶ第一想起(Top of Mind Awareness)ブランドである。

 最初に思い出してもらえるブランドは強い。第一想起ブランドは……

・確実に検討してもらえる
・最初に検討してもらえる
・検討後に買ってもらえる可能性が一番高い
・リピート購入であれば買い続けてもらえる可能性が一番高い
・ 特にオンライン購入の場合、第一想起がそのまま購入される可能性が高い
からだ。

 そのため筆者は、マーケティングコミュニケーションの究極のゴールは、第一想起ポジションを獲得すること、それが難しければ少なくとも想起集合に入ることだと考えている。

 すべての施策は、想起順位を高めるための手段である。それぞれの広告施策に設定されるインプレッション数や単価に代表されるKPI(重要業績評価指標)を達成しても、売上との関係性を確認することは容易ではない。マーケティングコミュニケーションのゴールは売上に直結する想起集合や第一想起ポジションを獲得す ることだ。そこをKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)として取り組んでもらいたい。

ブランドのトーナメント戦、「ブランドカテゴライゼーション」

 メンタルアベイラビリティー(思い出してもらいやすさ)を理解するために、知っておいてもらいたい枠組みがある。それがブランドカテゴライゼーションである。これは、ある商品カテゴリーに含まれるブランドの全体を、消費者の情報、意図、態度などによりいくつかの下位集合へと分類することだ。下図は先人の研究者たちが構築してくれた貴重な構造図である。シカゴ大学経営学大学院教授のジョン・ ハワード氏が概念化したEvoked Setの枠組み*1を、カナダ・コンコルディア大学教授のミッシェル・ラロッシュ氏らが引き継ぎ、1980年に発表した論文*2が最も有名である。

ブランドカテゴライゼーション
ブランドカテゴライゼーション
出所:J.E.Brisoux a nd M .Laroche(1980)

 このブランドカテゴライゼーションの枠組みは、トーナメント戦のような構造になっている。すべてのブランドが左端からスタートし、右上に勝ち残ったブランドが勝利する。順を追って見ていこう。

知名集合と非知名集合
 知っているか、知らないかである。自動車メーカー・ブランドで考えてみよう。トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、スバル、三菱、スズキ、ダイハツ、メルセデスベンツ、BMW、アウディ、フォルクスワーゲン、MINI、ボルボ、ルノー、プジョー、フィアット、アルファロメオ、ポルシェ、ジープ、ランドローバー……。初耳の会社はほとんどないだろう。つまりこれらはあなたの脳内における自動車カテゴリーの知名集合に格納されているのだ。ほとんどの人が知っている状態を維持しているのは、各社の長い歴史とマーケティング努力のたまものである。

処理集合と非処理集合
 処理集合と非処理集合の違いは、「よく知っているかどうか」。商品やサービスを知っていて(知名集合)、かつよく知っていれば(商品特徴を理解していれば)処理集合、知っているけどよく知らない(商品特徴はよく分からない)のであれば非処理集合に分類される。聞いたことはあるけれどよく知らない商品は検討に進まないため、この段階で負けである(クレジットカードなど一部カテゴリーでまれに例外がある)。

想起集合(Evoked Set)
 処理集合は、「想起集合」「保留集合」「拒否集合」の3つに分類される。想起集合とは、購入(選択)における好意的な選択肢の集合体を指す。すなわち検討候補に残るブランドである。想起集合には、カテゴリーごとにいくつの選択肢が入っているのだろうか。米ハーバード大学教授のジョージ・ミラー氏によると、人間が選択肢を正確に順序付けできる刺激数は5~9個とされている。*3

 しかし、実際頭の中にそんなに多くの選択肢は入っていない。「歯磨き粉」と言われて、7個もブランド名を言える人は相当な業界通だ。ブランド名を挙げてもらって認知度を問う助成想起なら5~10個くらいは知っているだろうが、何も見ないで思い出すことができ、かつ購入の選択肢に入るのは2~3ブランド程度だろう。 当社トライバルメディアハウスが実施したEvoked Set調査でも、すべての製品カテゴリーにおいて1~3ブランドしか入っていない。この少ない選択肢の中に入ることができるかが生命線となる。

 考慮段階の残り2つも説明しておこう。

保留集合
 知っていて(知名集合)、商品の特徴をある程度理解している(処理集合)ものの、上位3つの想起集合に入れていない集合体を指す。「スペックの割に価格が割高」「周囲に買っている人がいない」「購入の検討に当たって十分な情報を持っていない」などが理由となる。想起集合にいま一歩届かないために売れない、惜しいポジションである。

拒否集合
 商品の特徴まである程度理解している(処理集合)上で、絶対に買いたくないと思われているブランド群を指す。「酷評クチコミを読んで悪いイメージを持っている」「以前買ったが期待はずれだった」など理由はさまざまだ。拒否集合に入ると復活が難しくなる。そのため、思い切ってブランド名を変更するケースもみられる。

 続いて、検討候補3ブランドから購入ブランドが決まる選好段階を説明する。

最初に思い浮かぶ第一想起、1つしか思い浮かばない支配想起
・マヨネーズといえば?
・しょうゆといえば?
・お酢といえば?

 多くの人が、キユーピー、キッコーマン、ミツカンと答えるだろう。これが第一想起ポジションだ。米国の経営学者、デービッド・アーカー氏によると、ブランドエクイティ(ブランドの資産)は、ブランド認知、ブランド連想、知覚品質、ブランドロイヤルティー、その他資産の5つの総和であるとされる。マヨネーズカテゴリーで第一想起ブランドであるキユーピーは、国民のほとんどが知っていて(ブランド認知)、「マヨネーズといえばキユーピー」「キユーピーといえばマヨネーズ」というポジションを確立しており(ブランド連想)、キユーピーであれば品質に間違いないと思われていて(知覚品質)、どうせ買うなら他社ブランドや割安なPB(プライベートブランド)よりもキユーピー商品を買おう(ブランドロイヤルティー)と思われているから、強いブランドなのである。ちなみに、特定カテゴリーで1つのブランドしか思い出すことができない人の割合を「支配想起率」と呼ぶ。マヨネーズ、しょうゆ、お酢はその典型だろう。

利用可能性ヒューリスティック
 一般消費財において第一想起ポジションを獲得すると、買い物に行った先で何も考えず自動的にカゴに入れられる可能性が高くなる。この状態を専門用語で「利用可能性ヒューリスティック」という。ヒューリスティックとは、経験をもとに意思決定する思考法で、バイアスとも呼ばれる心理学用語だ。筆者は「脳がつくるショートカット」と呼んでいる。

 第一想起のブランドは、多くの人のショートカット先になっているから強いのだ。この傾向は、Amazonなどでのオンライン購入の場合、さらに顕著になる。サイト内でただ「炭酸水」と検索するとたくさんの商品が表示されることを知っているため、「ウィルキンソン」とブランド指名検索して他社ブランドが目に入らないようにできてしまう。また、3カ月おきに購入するパターンをEC側が学習すると、前回の購入から3カ月近くたつ頃に前回の購入品がリコメンド表示されて、これまた何も考えずにポチッと購入することになる。EC化が進展するほど、第一想起ブランドとそれ以外のブランドの差はさらに大きくなるだろう。

耐久消費財や専門品の場合
 耐久消費財や専門品はどうだろうか。家電や自動車などは、価格が高く、購入頻度が低いため、購入による失敗リスクが大きい。そのため、私たちは、購入する前に徹底的にネットのクチコミを「掘る」。比較サイトの最大手、kakaku.comのタグラインは「『買ってよかった』をすべての人に。」だが、筆者は「『買わなくてよかった』をすべての人に。」という価値も大きいと思っている。人は、得をするよりも損を回避したいという欲求の方が強い。買い物で失敗したくない、後悔したくないからクチコミを見るのだ。

 仮にあなたの家の掃除機が壊れたとしよう。以前買ったのは結構前のこと。頭の中に明確な選択肢は浮かんでいないかもしれないが、すでに特定メーカーが幅を利かせていたりする(筆者の場合はダイソンだ)。掃除機が故障し、ニーズが顕在化する前から、いつのまにか想起集合の第一想起に位置取りを完了しているブランドがあるのだ。

 第一想起ブランドは、最初に検討してもらえる特権を持つ。さらに重要な事実は、購入率は第一想起ブランドがトップで、以降、2位、3位とほぼ確実に低下することである。 想起集合に入っていなければその時点で負け。入っていたとしても、買ってもらえる確率が最も高いのは第一想起ブランドなのだ。

 なお、ブランドカテゴライゼーションについて詳細を学びたい読者は、早稲田大学商学学術院教授恩藏直人氏の論文「ブランド・カテゴライゼーションの枠組み」*4 を参照してもらいたい。

【引用文献】
*1 Howard, John A.(1963), Marketing Management, Analysis and Planning, Richard D. Irwin.
*2 Brisoux, J.E. and M.Laroche(1980)“ A Proposed Consumer Strategy of Simplification for Categorizing Brands,” in Evolving Marketing T hought f or 1980, J.H.Summey and R .D.Tayloy, e ds. Southern Marketing Association, 112-114.
*3 Miller, G.A.(1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information.Psychological Review, 63(2), 81‒97
*4 恩蔵直人(1995)「ブランド・カテゴライゼーションの枠組み」『早稲田商学』第364号

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著者:池田 紀行
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