マーケティング戦略の立案に欠かせないインサイトやアイデア開発。米OpenAIのAI(人工知能)チャットサービス「ChatGPT(チャットGPT)」は、そのプロセスをどう変えるのか。ChatGPTの原理に基づく活用のための心構えから実際のノウハウに至るまで、プリファード・ネットワークス(東京・千代田)で執行役員CMO(最高マーケティング責任者)を務める富永朋信氏と、インサイトやアイデア開発支援を行うデコム(東京・千代田)社長の大松孝弘氏が語り合った。※この連載は、日本マーケティング協会が主催するセミナー「JMAインサイトユニバーシティ」との共同企画です。
富永朋信氏(以下、富永) 本日のセミナーでは「生成AI(ChatGPTなど)でインサイト発見とアイデア創出は、どう変わるべきか?」をテーマにお話しします。ChatGPTは驚くべき文章生成能力を持つ一方で回答を間違えることも少なくありません。一見もっともらしい文章に実は不正確な情報が混ざっている可能性がある。これがChatGPTを業務に使っていいものかどうか躊躇(ちゅうちょ)する背景にあると感じます。
そこで本日は、ChatGPTが“間違える”ことに着眼し、インサイトとChatGPTの関係について考えてみたいと思います。
さて、そもそも「インサイト」とは何でしょうか。マーケティングに携わる方であれば、直接ユーザーに購買理由を尋ねても、それが表面的な答えにすぎないことは納得いただけると思います。インサイトを得るために何をするかといえば観察です。商品の認知から利用に至るまでの一連の行動をつぶさに観察し、インサイトに迫るわけです。
このとき、重要なのは“観察し切る”ことです。例えば、私を見て「白髪がある」と思ったとします。すると元来人間が持つ物事を概念化して捉える能力のために、髪の毛一本一本にまで注意が向かわなくなります。物事をまとまりとして認識する仕組みは、認知リソースを節約するうえで有益なものでしょう。
しかし、マーケティングのインサイトリサーチにおいては、本来観察すべきものを見落とす原因になります。既存の商品イメージや仮説にとらわれると、それ以上のインサイトを得られないのも理由は同じです。より深いインサイトを得ようとすれば、虚心坦懐(たんかい)かつきめ細やかに観察し、ユーザーの行動の背景を考察しなくてはいけません。これがインサイト発見のポイントです。
人間とAIを分ける根本的な違いとは
富永 では、ChatGPTは人間のようにインサイトを導き出せるのでしょうか。この点についてChatGPTが“間違える”ことに着目し掘り下げてみましょう。
ご存じの通りChatGPTは、膨大なテキストデータを学習し、文脈とサマリー機能を持ってテキストを生成する対話型のアプリケーションです。出力のベースは、テキストつまり言語です。
基本的に言語というのは、人間が五感を使って認識したものを、誰にでも伝達できるようにしたシステムです。言語は世の中の事象や身体的な感覚に依拠し、人間はその対応を通じて言語を理解しています。言い換えれば、人間は言語を理解するときにその身体的な感覚を通じて意味を感じ取っているわけです。
さらに人間には概念を理解し、それと照らし合わせて正誤を判定する能力を持っています。また、過去の経験に基づいて帰納的に思考する能力もあります。
これらはChatGPTにはない人間特有の能力です。逆にいえばChatGPTは身体性を持たず、さらに正誤を判定する概念や記憶との照らし合わせもなく、単にテキストを統計的に処理しているにすぎません。それこそChatGPTが“間違う”最大の理由でしょう。加えてChatGPTは大量のテキストからそれらしい文脈を選んで紡いでいくので、回答の内容は最大公約数的になり、潜在的な欲求を発見する、というインサイト探求の方向と必ずしも一致しません。もちろん今後どういった学習をさせるかによって改善の余地はあります。しかし、現段階ではChatGPTがインサイトの発見を代替するのは難しいと私は考えています。
ChatGPTはマーケ試験に合格できるのか
このコンテンツ・機能は有料会員限定です。