「インサイトは日常生活の違和感にある」と話すのは、博報堂執行役員・エグゼクティブクリエイティブディレクターで、博報堂ケトル(東京・芝)取締役・編集者の嶋浩一郎氏。「変な行動をする人」「怒っている人」など、普段の生活からインサイトは発見できるという。30年にわたるクリエーター活動から見えてきたインサイト理解術について嶋氏が語る。※この連載は、日本マーケティング協会が主催するセミナー「JMAインサイトユニバーシティ」との共同企画です。

 「相手の気がつかない方法で勝つ」。偉大なミュージシャンであるとともに、実はマーケティングのセンスにもたけていたジョン・レノンが残した言葉の1つです。これは我々が日々考えているインサイトに非常に近いものだと思っています。今回はクリエーターの立場から、コンテンツ開発、ブランディング、コミュニケーションプランニングの現場でインサイトをどう考えているかについてお話します。

 私は2006年に博報堂ケトルを設立し、クリエイティブディレクターとして多くの企業の広告コミュニケーションやブランディングなどに携わってきたほか、さまざまな活動をしています。例えば、よく知られているのが2004年から参画している、書店員が選ぶ「本屋大賞」です。他にも、下北沢に「B&B」という書店を10年経営してもいます。

 今、どこの企業も「これからはDX(デジタルトランスフォーメーション)だ!」と言います。DXは業務を効率化し、無駄を省き、便利にしていきます。しかし、重要なことは便利なサービスが必ずしも愛されるわけではない。「便利」と「好き」は近いけれども、「便利=ラブ」ではないんですよね。

 AI(人工知能)ベンチャーのプリファード・ネットワークス(東京・千代田)のCEOである西川徹さんと対談する機会がありました。そこで「工場で使われているような最新・最速のロボットを一般家庭に置いたら何が起きるか」という話題になったときに、「人はそのロボットを恐ろしいと思うでしょう」という答えが返ってきました。便利だからラブ、ということにはやはりならないようです。

 では、どうしたらラブが生まれるのか。私のこれまでの仕事の経験から言えるのは、「インサイトを言い当てられるとラブが生まれる」ということです。これは「欲望の発見」と言い換えられます。人間は不器用で、自分の欲望のうち5%程度しか言語化できないといわれています。「ある場所へ旅行に行きたい」「この作家の本を読みたい」など、言語化できている欲望は5%、残りの95%は本人が自覚できない欲望なんです。

「インサイトを言い当てられるとラブが生まれる」と嶋氏は話す
「インサイトを言い当てられるとラブが生まれる」と嶋氏は話す(写真/Shutterstock)
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 すでに言語化された欲望に応えるサービスに対して、人は「便利だ」とは思うけれど愛しはしません。何か分からない欲望、気付いていない欲望に対して「これが欲しかったんでしょ」と具体を掲示してくれるサービスの方に愛情を感じるのです。

 先程話したように私は書店経営もしています。10年前に周囲の人に「これから書店を始める」と宣言したら「ネットで簡単に本が買える時代に、書店なんて成り立たない」と言われました。ネットでも買えるのはその通りですが、ネット書店とリアル書店は役割が違います。ネット書店は欲しい本が顕在化している時に便利。リアル書店はそれもできますし、買うつもりのなかった本にも出会うことができます。自分のなかでは言語化できていなかったけれど、店内を歩いていて偶然見つけた本が欲しくなると、「ここはいい書店だ」とお客さんは感じるようで、ラブが生まれる瞬間を見ることができます。

 『羊たちの沈黙』の登場人物、ハンニバル・レクター博士のセリフに「欲望というのは自存するのものではなく、それを満たすものが目の前に出現したときに発動するものである」というようなものがあります。これも、マーケターが注目すべき真理だと思います。

 自分では言語化できていなかった欲しいものが目の前に現れると、人は「そう! それが欲しかったの!」と心を動かされます。

 2000年代、米Googleは優秀なエンジニアを採用するのに苦労していました。そこで、米マサチューセッツ工科大学(MIT)や米スタンフォード大学の学生が通る駅や通りに、「数学の難問」と「.com」とだけ書いたポスターを掲示しました。このサイトにアクセスして難問に見事正解すると、「あなたを採用します」というメッセージが表示されるという仕掛けでした。

 難問を解いた学生は、自分のなかに「難問を解きたい」という欲望があることを自覚していなかったでしょう。しかし、それを先回りして言語化すると、愛されることにつながります。言語化できていない欲望の言語化が企画の本質なのです。

 そして大事なことは、隠れた欲望を発見したらひねらないことです。例えば、本屋大賞は、既存の文学賞に不満を持つ書店員のつぶやきを聞いたことがきっかけです。そこから「書店員には売りたい本がほかにある」というインサイトを発見しました。そして、その発見をひねらずに、彼らが売りたい本を売るための舞台をつくりました。欲望を見つけたら、ひねることなく100%それに応えればいいのです。

どうやってインサイトを見つけるのか

 では、どうやって人の隠れた欲望を見つけるのか。それはすべて日常のなかの違和感にあります。この違和感に対する執着がインサイト発見につながります。博報堂の新入社員のうち、クリエーティブやストラテジー部門に配属されるのは、毎年30~50人程度います。彼らにまず出す課題が、変なことをしている人を探し出してくること。今までの常識から外れて変な行動をする人を、最初に海に飛び込むファーストペンギンと捉えて、その背景にある隠れた欲望を考えるのです。

 例えば、ケーキを立ち食いしている人、靴の写真だけをInstagramにアップしている人などさまざまな事例が見つかります。新型コロナウイルス禍で「路上飲み」が話題になりましたが、実はコロナ禍以前から路上飲みする人がいることは発見されていました。そういう芽がすでにあったから、コロナ禍で路上飲みが自然発生的に起こったのではないでしょうか。

 変わったことをしている人が少ないほど、他の人がまだ気付いていないという点で価値が高い。ただ、それが世間に受け入れられるかは未知数です。そこでまず記号化してみることをお勧めしています。

 私は以前「欲望する『ことば』 『社会記号』とマーケティング」(集英社新書)という本を共著で出しました。変わった行動をしている集団に「おひとりさま」「草食男子」などの“社会記号”を付けると、その言葉が流行りそうな勢いを感じる瞬間があります。同じように、発見したものがインサイトとして他の人の共感を呼ぶのかどうかを判断するには、その変わった現象に名前を付けてみるといいかもしれません。言語化することで、同じ欲望を持った人が気付き、その欲望が増えていきます。

 私は怒っている人を見つけると、なぜ怒っているのかを知りたくなります。駅員に怒っている人やスーパーの店員に怒っている人の話に耳を傾けるとインサイトが見えることがあるんです。私が一般の人の行動に目を向けるのは、インサイトを一番知っているのは彼らだからです。マーケターや開発者は、つい「自分たちが市場を一番理解している」と思い込んでしまう罠(わな)に陥りがちですが、耳をすまして謙虚に声を聞かないといけません。

怒っている人の声を聞くとインサイトが見えてくることがあるという
怒っている人の声を聞くとインサイトが見えてくることがあるという(写真/Shutterstock)
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 分かりやすい事例が、日清食品「どん兵衛」のレシピである「10分どん兵衛」です。カップ麺では「すぐに食べられる」が生活者のインサイトに応えることだと考えていたけれども、「どん兵衛を10分待って食べたらおいしい」ということがファンの間で広がっていた。この生活者の変化に気付いた日清食品はおわび広告のようなメッセージを出し、10分どん兵衛を受け入れました。インサイトは一度規定しても上書きされて変わっていく。これを素早くフォローアップした日清食品はすごいなと思います。

 ブランドの価値は生活者のインサイトで上書きされていきます。例えば、オンライン会議のために開発されたZoomですが、まさか同窓会や合コンのためにも使われるようになるとは想定していなかったでしょう。ジッパーで開閉できるジップロックなどの保存袋は、今では“お風呂スマホ”用のアイテムとしても使われるようになりました。

 ブランドをつくることは、もはやカルチャーをつくることに変わっています。かつてのブランドは、「こうであるべきだ」というバイブルや教典に近いものでしたが、今ではカルチャーになっています。カルチャーは上書きされる、インタラクティブなものです。

 例えばすし。すしには長い歴史と奥深いブランドの世界があります。でも、その文化が米国に渡ったら、それまでのすしでは使ったことのないアボカドなどの食材が巻かれたカリフォルニアロールが生まれました。「これはすしなのか」という議論もありますが、今では広く親しまれています。インサイトを突き詰めていくなら、まずは「これもすしだよね」と認められる度量のあるブランドを目指していかないといけないと思います。

 前述したように、インサイトは、買い手や受け手のほうがよく知っています。受け手のインサイトやクリエイティビティでブランドが上書きされて、変質していく。時には誤って解釈されることも含めて、ブランドは成長していくのです。