消費者インサイトを捉えられる“インサイトフルな人材”になるためには、どうすればいいのか。「人間そのものを見る」「アートで可能性を広げる」など、インサイト調査のスキルアップに役立つ5つのポイントや事例を、デコム(東京・千代田)社長の大松孝弘氏が解説する。※この連載は、日本マーケティング協会が主催するセミナー「JMAインサイトユニバーシティ」との共同企画です。

“消費者が自覚できていない欲求”と説明されるインサイトは、どうすれば発見できるのか? このポイントをおさえるために、とある「幼児向け教材」の事例を紹介します。この教材を提供する企業では、新規入会の促進策としてダイレクトメール(DM)を活用していました。マーケティングリサーチにも力を入れており、インタビューやアンケートなども地道に実施していました。そうした調査結果から分かってきたのが、入会しない理由として「値段が高い」「家の中に物を増やしたくない」という声があることでした。
幼児向け教材の場合、購入の意思決定者は主に母親です。DMを受け取っているが入会しない母親を集めてグループインタビューを開き、理由を聞いてみたところ、やはり他の調査と同様の答えが返ってきます。「価格が半額で、家の中の物が増えなくなったら入会するか?」と聞いてみても、母親たちは「そういうことでもない」と答えます。どうしたら入会したくなるのか、母親自身もその答えが分からないということです。
インサイト調査ではこうした壁にぶつかりがちです。直接聞いても、本質的な不満は分からない。そんなときは商品から一度離れて、人間そのものを見ることが重要です。つまり、ターゲットの興味・関心に寄り添うところから、消費者理解を深めていくのです。先の事例では、母親たちには入会しない理由が明確にあるわけではなく、何となく入会を踏みとどまっている状態です。企業は、まず母親たちの気持ちに寄り添う必要があるのです。
では、親の興味・関心は何でしょうか。小さな子供がいるので、教材には興味がなくても、育児全般には興味があると仮説を立てられます。そこで「育児の最高にうれしい瞬間」をテーマにインタビューを行い、育児に求めている価値を知り、そこから今の教材に足りていないものをひもとくことにしました。
「育児の最高にうれしい瞬間」について、32歳のある女性は「休日に夫がアウトドアで子供と遊んでいる光景を少し離れたところから見ていると、子供のかわいらしさを純粋に味わえて、産んでよかったと心から思える」と答えました。幼児向け教材から話を聞き出すのではなく、育児から聞いていくことで、その人が育児においてどこに価値を感じているのかが見えてきました。
女性によると、その回答の裏には「平日は子供と2人で部屋の中で過ごしていて閉塞感がある」という背景があるようです。そこで、そうした価値から見たときの幼児向け教材について聞いてみると「子供と2人だけでこぢんまりと過ごす、ちまちました生活に“ちまちました教材”が毎月送られてくることが嫌」と考えていることが分かりました。
ここから「生活に、これ以上“ちまちま”を増やしたくない」という、幼児向け教材に申し込まない理由の仮説を立て、「ちまちまインサイト」と名付けました。このインサイトに対してブランドがどのような価値を提供すればいいのかを議論し、「ダイナミックな体験を与えて、子供のやる気を引き出す教材」を新たな価値として再定義。それに合わせてDMの内容はもちろん、コピーや写真、教材などを工夫し、自然の中で開放感がある世界観を伝えるようにしました。その結果、新規獲得効率の向上、解約率の減少があり、ビジネスの規模拡大につながりました。
インサイトフルな人材が持つ5つの特徴
さて、こうした事例を踏まえて、インサイトを捉えられる“インサイトフルな人材”になるためにはどうすればいいのでしょうか。その5つのポイントについて紹介します。
まず1つ目は「商品や市場を離れて人間を見に行く」ということです。商品について直接聞いても答えが出てこないので、その人の生活や価値観を聞いていきます。幼児教材の事例でも、グループインタビューでインサイトが得られなかったので、教材から離れて「母親が育児において大切にしていること」にフォーカスしました。
2つ目のポイントが「価値から不満/未充足をひもとく」です。事例では、教材を内包する「育児」という大きな枠組みから生活の価値を明らかにして、そこから商品に足りないものをひもといていくプロセスをたどりました。
そうした中でインサイトらしきものが見えてくると、うれしくて先走りたくなります。ただ、そうした過程で発見したことをすぐにひも付けて答え合わせをしようとするのではなく、「アートで可能性を十分に広げる」ことも重要で、これが3つ目のポイントとして挙げられます。
「アート」とは何か。その前に消費者理解のためのリサーチの4分類について紹介する必要があります。
リサーチは、目的と手段によって図のように4つに分けられます。目的は、「仮説の探索」と「仮説の検証(蓋然性の検証)」の2つ、手段は「定性調査」と「定量調査」の2つに分けられます。仮説の探索には定性調査、仮説の検証には定量調査が向いているため、調査では図の1と4を交互に繰り返していくことになります。探索の定性調査は「アート」、検証の定量調査は「サイエンス」です。サイエンスは、誰がやっても同じ結果になり再現性があるものです。アートは、1つでも多くの可能性を導き出せるように行います。インサイトの発見は、アート、サイエンスの繰り返しなのです。
先程の事例では“ちまちまインサイト”だけでなく、実はさまざまなインサイトの仮説を検証しています。筋のよさそうなインサイトの仮説が見つかっても可能性の1つとしてストックしておいて、他の仮説も模索し続けています。
こうしたストックは最低でも5~10個、理想は10~20個くらいは見つけておきたいところ。1つの仮説だけで次のフェーズに進むと、よい結果が出なかったときに、再び定性調査から始めることになってしまいます。
インサイトフルな人材になるための4つ目のポイントが、統計的な値や代表値などの架空の平均像からではなく、「1人(n=1)の事実から発想する」ことです。インサイト発見に必要な情報の定義として、下図のようなシーン、ドライバー、エモーション、バックグラウンドの4つを我々は定義しています。1人の1つのシーンのバックグラウンドとして、こうした4つの情報を構造的に集めておくと、インサイトの仮説をスムーズに導きやすくなります。
そして5つ目のポイントが「価値を定義し、有効な施策のアイデアを導き出せる」ということです。「インサイトは発見できたものの、そこからマーケティング施策のアイデアが浮かばない」という相談をもらうことがよくあります。しかし、よく考えていただきたいのですが、そうしたインサイトに価値はあるのでしょうか。インサイトは消費者理解の手段にすぎず、マーケターの本来の目的は商品やビジネスに関する具体的な施策のアイデアを導き出すことです。示唆が得られないインサイトには価値がありません。いいインサイトは、共感性が高く、バリュープロポジション(顧客に提供できる価値)を導き、具体的な施策へとつながるものなのです。
人の欲求の奥底を探るインサイト調査。これからはマーケティング分野だけでなく、さまざまな場面で“インサイトフルな人材”は必要とされるようになってくるはずです。インサイトをくみ取る基本を身に付けて、ぜひともビジネスに役立ててください。