「ニーズが分からない」「もう新しいニーズなどない」という声もあるが、それでも生活者は何らかの理由で商品やサービスを選び、購入している。その理由を深く探っていくのがインサイト調査だ。資生堂日本地域CEOや資生堂ジャパン社長、UCC上島珈琲(神戸市)のCMO(最高マーケティング責任者)を務めた杉山繁和氏に、インサイトの重要性や探り方について聞いた。※この連載は、日本マーケティング協会が主催するセミナー「JMAインサイトユニバーシティ」との共同企画です。
先日、映画『シン・ウルトラマン』を見ました。その後、1960年代に放映されていた「ウルトラマン」に出てきた科学特捜隊のバッジを買ってしまいました。番組では通信機器になっていますが、もちろんそんな機能はなくただのバッジ。これをつけて出かけたい、というわけでもありません。でも、欲しくて買ってしまった。なぜ欲しいのか。その理由は自分でも分かりませんでした。気づかない欲求、説明のつかない欲求、これがまさにインサイトです。これに対してマーケターはどう立ち向かえばいいのか、私のこれまでの経験を通して分かったことを共有します。
マーケティングでよく語られるのが「ドリルと穴」の話です。「顧客が本当に欲しいのはドリルではなく穴である」というものです。穴が顕在化したニーズで、ドリルは手段に過ぎません。
しかし、日曜大工を趣味にする人の話を聞いてみると、必要もないのにドリルを買い揃え、ドリルがあるから壁を直すということもあるそうです。穴が後からついてくることがあるんですね。「プロのような道具を使いたい」「付け替え可能なドリルの刃をそろえてケースに並べて選びたい」。これがその人のインサイトです。ニーズのその先を探索するのがインサイト調査です。
「ニーズ=必要」ですが、「ニーズ=欲求、欲しい」ではありません。これまでの商品は、「より……」「もっと……」と必要な機能開発をすることで成功してきました。「より白く」「より早く」「よりおいしく」という機能面での戦いでしたが、もはや飽和状態になりその差は微々たるものになっています。これからは、「欲しい」部分をどうつくっていくかが新しい戦いになっています。
生活者を観察し、成功確率を上げる
結論をいえば、インサイト調査に特効薬はありません。生活者をよく見ることでしかインサイトを得られないからです。
「生活者に聞いてもアイデアは出てこない」と言う人もいます。インサイトは、無意識下にあるので、聞いても出てこないという意見には一理あります。しかし、「いつ聞くか」「何を聞くか」で得られる答えが違ってきます。結局は生活者を見なければ答えに近づくことすらできません。
スティーブ・ジョブズ氏を引き合いに出して、「マーケティングリサーチでは、イノベーションは起こせない」という人もいます。スティーブ・ジョブズ氏が主導して開発したiPhoneは音楽や写真を物理的な媒体から解放し、好きな時に楽しめるように構造もシステムも変え、それをやり切りました。このレベルまでいくと、「生活者の想像を超えているから、聞いてもアイデアは出てこない」というのは正しいでしょう。
しかし、我々のレベルでは、生活者を観察してインサイトを推察していくことがアイデアを得るための近道です。
生活者をぼーっと見ていてもヒントは得られません。なぜそれを買ったのか、どうして手に入れたのか、その人に興味を持って、行動の理由を想像しながら観察する、あるいは直接聞いてみる必要があります。
聞くときは「本音と建前」に注意してさらにその先を探らなければいけません。化粧品を例にとると、「毎日のスキンケアで根本から美しい肌になる」という建前、「スキンケアの効果が出るのは時間がかかるから、ファンデーションでカバーする」という本音があります。本音と建前は顕在化しており、そのさらに深いところにインサイトがあります。
もう1つ注意したいのが「事実」と「真実」です。おしゃれ好きの人に、持っているファッションアイテムをすべて並べてもらったとします。分類すると、ファストファッションブランドの服が一番多かった。これが事実です。
しかし、その人は「ファストファッション“が”いい」と思っているのではなく、ホームウェアや下着は「ファストファッション“でも”いい」と思っているかもしれません。ファッションにこだわりがあって、外に着ていく服は、デパートでアパレルブランドの服を選びます。つまり、その人にとってのファストファッションは、限定的に妥協した購買であるということ。それが真実です。
これらを取り違えて、その人にファストファッションの広告を出しても響きません。買っている点数、金額という事実ではなく、本当は何を求めているのか、真実に向き合うのがインサイトに重要な考えです。
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