「生活者に聞いてもアイデアは出てこない」。残念ながら、この意見は正しい。顕在化しているニーズはすでに満たされているので、生活者に聞いても新しいアイデアは出てこない。そこで必要になるのが、顕在化していない生活者のニーズを探っていくインサイト調査だ。インサイトについて基礎から学ぶ連載の第1回は、日本のインサイトマーケティングの第一人者であるデコム社長の大松孝弘氏に、「インサイトとは何か」を聞いた。※この連載は、日本マーケティング協会が主催するセミナー「JMAインサイトユニバーシティ」との共同企画です。

 まずはインサイトの定義を確認しておこう。大松氏によればインサイトとは「見込み顧客/顧客の本人も自覚できていない隠れた欲求」である。本当は求めているものの、あきらめて現状を受け入れてしまっている、あるいは無意識で本人は自覚していないため、ニーズとして顕在化していないのがインサイトだ。

 インサイトを理解することは、顧客を理解することである。すべてのビジネスにおいて、顧客理解は不可欠なものであり、それがなければビジネスは成功しない。

 では、どのようにすればインサイトを得られるのか。よくイメージされるのが市場調査だ。では、ウェブ解析はどうだろうか。データからウェブのアクセス状況やユーザー行動を追跡していくことは、インサイト調査になるのだろうか?

 大松氏によれば、ウェブ解析ももちろんインサイト調査の1つだという。ウェブ解析の目的は、ウェブサイトを訪問したユーザーが「どんなユーザー」で、「どのような行動をしているのか」を理解することであり、これも顧客理解のために行っていることである。

アンケートではインサイトを引き出せない?(写真/Shutterstock)
アンケートではインサイトを引き出せない?(写真/Shutterstock)

 インサイトを得るための調査手法は他にもある。代表的なものはグループインタビューやデプスインタビュー、訪問調査、アンケート調査、モニター調査、エスノグラフィー(行動観察調査)など。デジタルデータが取得しやすくなったことで、顧客を理解するための方法が格段に広がっていると大松氏は指摘する。

 例えば、生活者がどういうものに関心があるのかという仮説を得るために、インタビュー調査を行う。その後、得られた仮説が本当に正しいのかを確かめるために、アンケート調査で定量調査を行う。こうした調査を通して、生活者の理解を深めていき、その理解の核となるものがインサイトだ。

調査なしでの成功体験がインサイト理解の邪魔をする

 日本マーケティング・リサーチ協会によると、2019年度の国内リサーチ市場規模は約2291億円で、これは広告費の3.3%にすぎないという。なぜ、日本企業はリサーチに投資をしないのか。

 その理由として大松氏は、日本市場では顕在化されているニーズにさえ対応できれば商品が売れたという、過去の成功体験の呪縛を挙げる。

 ニーズをくみ取った製品をつくり出し、さらに企業努力によって改善していくオペレーションの力で、日本製品が世界市場を席巻した時代があった。その時代の成功体験を持つ人の多くは、現在の管理職や経営層に就いている。そうした環境では、インサイト調査によって新しい価値を発見することの重要性は理解されにくい。

 元号が平成に代わった1990年前後から、顕在化されているニーズのほとんどは製品やサービスによって解消されてしまい、インサイトがいよいよ重要になってきた。しかし、多くの日本企業は考えを変えることができていないのが現状だ。

 インサイトを理解するための手段は市場調査だけではない。例えば発売した製品の売れ行きから分析することも生活者理解のための活動であり、インサイト把握に役立つ。ある製品が一部の人にしか売れなかったのはなぜか。その理由を突き詰めていくだけでも生活者の理解が進む。

 これを繰り返すのが「デザイン思考」である。デザイン思考は、顧客の視点に立って課題を発見し、製品やサービスに生かしていく考え方であり、これもインサイトの理解を前提としている。

 大松氏が挙げるのが民泊サービスの「Airbnb」の例だ。部屋が空いているホストと泊まる場所を探している人をマッチングするサービスで一大ブレイクしたが、リリース当初は、ユーザー数が伸びずに資金ショートに陥る寸前だった。

 利用者が増えない原因を探ろうと創業メンバーが改めて自社サービスを使ってみたところ、ホストが撮影した部屋の写真に課題があることが判明。プロのカメラマンを雇って写真を差し替えていくとユーザーが増え、現在の成長につながったという。

 「ホストが簡単に部屋をシェアできるのはサービスの魅力だったが、例えば写真が暗いだけで部屋の魅力は半減する。借り手は、暗い部屋を見て不安感を覚え、一歩を踏み出せなかったのではないか。部屋の写真が魅力的なら、借りる側の不安が払拭されるというインサイトを自らの体験を通して得ることができた好例」(大松氏)

 インサイトはアイデアの発見のためのステップでもある。単なる「思いつき」と「アイデア」が異なるのはインサイトを捉えた上で生まれたかどうかにある。Airbnbのように思いつきから始まったものでも、ユーザーからフィードバックを得て、改善していけばインサイトを捉えたアイデアになるのだ。

 この連載では、慶応義塾大学の清水聰教授のほか、デコムの大松孝弘氏や日本コカ・コーラの小林康二氏、博報堂の嶋浩一郎氏、ベネッセコーポレーションの橋本英知氏、Metaの中村淳一氏など、業界の第一線で活躍する講師陣がインサイトの基礎理論から実践例までを解説する。

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