トヨタ自動車の新型「プリウス」の販売が好調だ。ハイブリッドカーの代名詞ともいえる同車だが「なくなるかもしれなかった」と自動車評論家の小沢コージ氏。最強の商品でもある同車がなぜ? そんな疑問をよそに、大胆なデザインとスポーティーな走り、そして新たなサブスクリプションビジネスと、トヨタ自動車は新型プリウスに次々と“挑戦”を盛り込んできた。

トヨタ自動車の新型5代目「プリウス」。2023年1月発売以降、受注は非常に好調だという
トヨタ自動車の新型5代目「プリウス」。2023年1月発売以降、受注は非常に好調だという

なくなるかもしれなかったプリウス

 2022年末、大々的にマスコミ公開された元祖ハイブリッドカー、トヨタ自動車の新型5代目「プリウス」。発売は23年1月からで既に受注が殺到。パーツ不足で生産が遅れていることもあり、納車は1年後とも2年後とも言われている状態だ。

 そんな人気の高さもあり、クルマに興味のない人からすると「もしや新型プリウスはなくなるかもしれなかった」と聞くとビックリするだろう。泣く子も黙るトヨタのハイブリッドカーであり、超有名モデル。保有台数は世界数百万レベルで、ネットにニュース記事を書くと確実にヒットする。そんなクルマが簡単に消えるわけはないと。

 だが22年11月16日のワールドプレミアで首脳陣も示唆していたが、事実新型プリウスはなくなる可能性があり「いつまでハイブリッドをつくり続けるんだ」という葛藤が社内にはあった。その理由を聞けば納得だ。プリウスはハイブリッド専用車として一定の役割を終えつつあるからだ。

トヨタの敵はトヨタハイブリッド

 今から26年前、初代プリウスが登場した1997年にライバルは全くいなかった。なぜならプリウスは世界初の量産ハイブリッドカーだからだ。さらにその初代は、さほど売れなかった。そのままの状態なら競合は生まれなかっただろう。

 2003年に出た2代目プリウスは利便性が上がり、売れつつあった。しかし、まだ競合らしい競合は見当たらなかった。99年にホンダの初代「インサイト」がデビューしていたが、燃費記録を狙ったかのような2人乗りの超効率カーで、5人乗りのプリウスには全く歯が立たなかった。

 まともな競合が出現するのは2009年に3代目プリウスが発売された辺りだ。同年の少し前に5ドア化した2代目インサイトが投入され、新たにトヨタ対ホンダのハイブリッド戦争が火蓋を切った。しかし、結局はプリウスの圧勝だった。

 ハイブリッドカー市場に競合が出そろったのは、4代目プリウスが出た15年前後からだ。ホンダや日産、スズキ、ドイツ系のハイブリッドも多かったが、実のところ“一番の敵”は身内だった。それはトヨタの最新ラインアップを見れば一目瞭然だ。

従来モデルから大きく変貌を遂げた新型プリウス。他社に強力なライバルはいなかったが、ハイブリッドカーがあふれるトヨタのラインアップにおいて、その存在意義が問われていた
従来モデルから大きく変貌を遂げた新型プリウス。他社に強力なライバルはいなかったが、ハイブリッドカーがあふれるトヨタのラインアップにおいて、その存在意義が問われていた

 車格の小さい車種から並べると、コンパクトSUV(多目的スポーツ車)の「ライズ」に、コンパクトハッチの「ヤリス」と「アクア」、同SUVの「ヤリスクロス」と「C-HR」、セダン&ワゴンの「カローラ」、そのSUVの「カローラクロス」、ミディアムセダンの「カムリ」、SUVの「RAV4」に「ハリアー」、ミニバンの「シエンタ」「ノア&ヴォクシー」「アルファード」「ヴェルファイア」などなど。ぶっちゃけ、プロユースの多い「ハイエース」や「ランドクルーザー」を除くと、トヨタの乗用車の全ラインアップがハイブリッド対応と言ってもいい。

 中でもカローラの本格ハイブリッド化は激震だったに違いない。何しろ全長4.4メートル前後の国際的に「Cセグメント」といわれるカテゴリーがプリウスの主戦場であり、もともとの盟主がカローラだからだ。本来の実力者が本気でハイブリッド化されたとなれば、専用車プリウスに居場所はない。

 プリウスはハイブリッドを普及させるための「一過性のクリーンイメージの車種」と考えてもよいわけで、4代目限りで終わらせてもおかしくなかったのだ。

「ハイブリッドカーとしての先鋭化」がふさわしい

 とはいえトヨタ首脳陣は同時にこうも思ったに違いない。ここまで広まったプリウスの名を簡単に消すのは「もったいない」と。車名自体にバリューが生じ、特にヒット作の名前を捨てるのは惜しい。放っておいてもそのクルマを買う人がいるし、宣伝効果も高い。加えてプリウスには他にない圧倒的にクリーンでエコなイメージがある。よって今後「プリウスという名前」をどう生かすべきか、どうすれば効果的かを考えたはずなのだ。

 中にはプリウスをバッテリーEV(電気自動車)化する案もあったかもしれない。だがトヨタ自動車が現在のカーボンニュートラル時代に推し進めるのは全方位戦略である。バッテリーEVももちろんつくるが、ハイブリッドカーもプラグインハイブリッドも、水素を使う燃料電池もすべて進化させて普及させる。そう考えたときにプリウスにふさわしい道は「ハイブリッドカーとしての先鋭化」だったのだ。数は追わず、ある種のイメージリーダーとして進化し、生き続ける。

 聞けばより燃費と耐久性を追求し、タクシー専用車化させる案もあったらしいが、最終的には今の姿になった。そう、かつてないスタイリッシュなフォルムによるスペシャルティーカー化とハイパワー化だ。

フェラーリもビックリの低いボンネットに

 新型プリウスは一見、前モデルに似ているがコンセプトは様変わりしている。特にスタイルだ。簡単に言うと5ドアボディーを守りつつも、スペシャルティーカー化している。全長×全幅×全高は4600×1780×1430ミリメートルに拡大。従来より25ミリメートル長く、20ミリメートル広く、40ミリメートルも低い。ホイールベースも50ミリメートル拡大。特筆すべきは車高の低さで、全体はもちろん、ボンネットがやたらめったら低い。

 プリウスらしいトライアングルシルエットこそ残っているが、鼻先からフロントウインドー、ルーフへとくさびのように一直線につながり、ボディー全体がぺっちゃんこ。まじめな話、FFレイアウトのフェラーリのようだ。

低い車高が際立つスペシャルティーカー化したデザイン
低い車高が際立つスペシャルティーカー化したデザイン

 それでいて中身は一応5人乗りをキープ。バブル世代の小沢からすると、当時人気を誇ったホンダ「プレリュード」のようなスペシャルティーカーを思い出す。まさにカッコ最優先で、それでも中に4人が乗れた“伊達クルマ”。

 同時にすごいのはパワー重視の姿勢だ。正直、過去のプリウスでパワーを強調していた記憶はない。何より燃費スペック最優先で、出るたびに量産車世界最高を記録した。ただし乗ってみると加速は「遅すぎると思われなければいい」程度。ところが今回は明らかに「速い」と思われるプリウスを目指している。

 パワートレインは3種類で従来の進化型たる1.8リッター(L)ハイブリッドはもちろん、新設された大排気量の2Lハイブリッドと、その2Lプラグインハイブリッド(PHEV)版があり、すべてハイパワー化している。1.8Lが122PSから140PSに強化されただけじゃない。2Lは193PS、2LPHEVは223PSへと大幅パワーアップ。中でもPHEVの0-100キロメートル/時の加速は6.7秒。スポーツカーのGR86よりわずかに遅いくらいだ。

 走り味もすごい。残念ながら小沢はまだ乗れていないが同業から聞くと、プラットフォームに第2世代「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」を採用し、19インチの大径タイヤを備え、徹底的に低重心&高剛性化。まさにスポーツカー顔負けの速さと操縦性を備えているらしい。

 一瞬、スタイルがちょっと低く、リアがファットになっただけと思う人もいるかもしれないが、存在意義も含めて大きく変貌しているのだ。

燃費スペック最優先から脱却。スポーツカー顔負けの速さと操縦性を備えた新型プリウス
燃費スペック最優先から脱却。スポーツカー顔負けの速さと操縦性を備えた新型プリウス

サブスク時代の旗手としての役割

 もう一つ明らかになったのが、トヨタのグループ会社KINTO(キント、名古屋)が提供する新たなサブスクリプション(定額課金)サービスの強力な武器として新型プリウスが採用された点だ。

 まず発売直前に「KINTO Unlimited(キントアンリミテッド)」という新プランが明らかになった。そもそもこれまでのサブスクサービス「KINTO ONE(キントワン)」では、車両代はもちろんメンテナンス代、保険代、車検代など、もろもろ含めて毎月定額でクルマが使えるのが売り。しかしKINTO Unlimitedは、これに「アップグレード性能」と「コネクテッド性能」と「安さ」が加わったのだ。

 具体的には車両の技術進化への対応で、今までは先進安全などが進化するたびに乗り換える必要があった。しかしKINTO Unlimited対応車は、ソフトウエアはもちろん、先進カメラなどのハードウエアまでアップデートも可能だ。コネクテッド性能については、ドライバーの安全運転度合いやエンジンオイルの劣化具合までチェックできる。

新型プリウスのコックピット
新型プリウスのコックピット

 その結果、副産物として「月額使用料を下げる」ことが可能となった。KINTO Unlimited対応車は途中のアップデートが可能なため、価値が下がりにくい。よって車両の進化に伴い、実質的に月額費用を下げられるというわけだ。そしてこのKINTO Unlimitedに初めて対応したのが今回のプリウスなのだ。

▼関連記事 トヨタのサブスク「KINTO」 新サービスでまさかの“値下げ”

 しかも驚くことに、ある種お買い得で売れ筋とも言える価格299万円(税込み)の1.8L Uグレードは、当面KINTO Unlimited専用車。他に1.8Lの廉価版Xもあるが、こちらは装備が少ない上、既にほぼ完売。燃費と買いやすさを両立しようとするとサブスクしかない。

 さらに侮れないのが納期だ。前述したように新型プリウスは今契約しても1年以上待つことが予想される。しかしサブスクで新型プリウスを契約すると、場合にもよるが3カ月くらいで納車されるという話がある。この新車待ちの時代に「プリウス3カ月納車」の魅力は大きい。これと価格の安さからプリウスのサブスク契約比率は飛躍的に伸びることが想像できる。まさにトヨタのサブスク普及の一助として新型プリウスが活躍するわけだ。

 という具合に、新型プリウスはかつてないレベルでスタイルと走りに特化しただけじゃない。ハイブリッドの未来を切り開く先駆者としての新たな責務に加え、トヨタ流サブスクの普及車としての役割も担うことになった。実に見事なモデルチェンジと言わざるを得ない。

 そういう意味では、トヨタ自動車は実に「ビッグネームの再活用」がうまいメーカーではなかろうか。人気車種を、新たなビジネスの担い手に仕立ててしまうのだから。しかも、ひょっとしたらなくなっていたかもしれない車種なのだ。攻めたデザインだけならともかく、小沢もここまでのトヨタのチャレンジは想定外。今回の新型プリウスの発売に、トヨタ流のただでは転ばない経営戦略のうまさを知った気がした次第なのである。

サブスクでも挑戦してきたトヨタ自動車。新型プリウスは同社の経営戦略のうまさを物語っている
サブスクでも挑戦してきたトヨタ自動車。新型プリウスは同社の経営戦略のうまさを物語っている

(写真/小沢コージ)

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