新型コロナウイルス禍の2020年5月からバーチャル空間サービス「cluster(クラスター)」で始まった「バーチャル渋谷」。22年2月からは「バーチャル大阪」の本格展開を始めるなど、XR(仮想現実・拡張現実などの総称)やメタバースの取り組みで先行するKDDI。同社も所属する「バーチャルシティコンソーシアム」を通じて、22年4月には商業ベースの都市連動型メタバースを想定した「バーチャルシティガイドライン ver.1」も公開した。通信会社が描くメタバースの現在と未来とは。(聞き手は、『メタバース未来戦略』著者の石村尚也、久保田瞬)
KDDI 事業創造本部 副本部長
――KDDIはVR(仮想現実)まで含めると、もう何年もメタバース関連の事業に取り組んでいます。改めて、これまでの歩みについて教えてください。
中馬和彦氏(以下、中馬) AR(拡張現実)とVRを含めたXR領域に関しては、いわゆる「次世代のインターネット」と相性が非常にいいということで、16年ごろから投資をしています。デバイスからプラットフォームまで幅広いジャンルへ、当社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も含めると10件以上の実績があります。その過程でクラスター(東京・品川)にも出資していて、私が社外取締役に就いています。
いわゆるメタバースへの取り組みとしては、「バーチャル渋谷」が皮切り。もともとKDDIは、19年から渋谷未来デザイン(東京・渋谷)、渋谷区観光協会と一緒に「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」(開始当初は渋谷エンタメテック推進プロジェクト)という都市体験を拡張するプロジェクトを続けています。当初は、現実の渋谷の街にデジタルレイヤーを作ってデジタルアートを出現させたり、デジタルなインタラクションを渋谷の街中で行ったりと、コンテンツのほとんどがARでした。
そんな中、KDDIと業務提携しているNetflix(ネットフリックス)から、「20年4月から配信スタートする『攻殻機動隊 SAC‐2045』で渋谷をジャックしたい」という話がありました。ところが、新型コロナ禍の影響でARも含めてリアルの渋谷で実施する企画がすべてとん挫して、急きょ舞台をリアルからバーチャルに移し替えることに。そうして生まれたのが、クラスターのバーチャル空間サービス「cluster」を活用した「バーチャル渋谷」の初期バージョンでした。
このイベントの評判が非常に良くて、渋谷区に「我々もバーチャル渋谷で何かやりたい」という問い合わせが殺到。これを受けて、もともと期間限定だったのを恒常的に運用することになりました。
というわけで、最初から「デジタルツインを作るぞ」「メタバースを作るぞ」というものではなく、ある種、偶然トレンドと合致した形です。実際、我々も途中まで「メタバース」という表現は使っていなかったですし。(笑)
――バーチャル渋谷では、その後も「ハロウィーンフェス」で20年はのべ40万人、21年はのべ55万人と、僅か2年で100万人弱を動員するなど好調です。その要因はどこにあるのでしょうか。
中馬 バーチャル渋谷が一定の市民権を得られたのは、会場であるclusterがスマートフォン対応をしたことが大きい。clusterは当初、VR専用プラットフォームでした。20年に同社が資金調達する際、私は社外取締役を引き受けたのですが、そのときに「VRデバイスの普及にはもう少し時間がかかる。だからスマホ版も作ろう」と提案しました。
そうして、スマホ版は20年3月にリリースされました。バーチャル渋谷が始まったのは20年5月なので、たまたまタイミングがうまく重なり、より多くのユーザーがアクセスできる環境がつくれましたね。
――スマホ対応が結果的にピッタリはまったのですね。
中馬 デジタルツインの構想自体は、渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトのロードマップの中にもともとありました。当初の想定ではスタート時期を22年に設定していたのですが、それがコロナ禍で早まった形です。
バーチャル渋谷も、想定より2年早かったことでVR端末の普及が進んでおらず、サービスローンチ時はiPhone8を端末性能の目安として制作しました。なので、表示ポリゴン数や同時接続ユーザー数、同時表示ユーザー数などは相当制限があり、PC VRで体験するclusterと比べたら、それこそ100分の1以下の表現能力だったのです。21年のハロウィーンフェスでは端末性能の基準をiPhone Xまで引き上げたので、やれることはかなり増えましたね。
とはいえ、我々がメタバースでイメージしているのは、VRで一定数のユーザーが集まれる、MMO(大規模多人数同時参加型オンライン)的な雰囲気を実現すること。実際に22年になった今も、メタバースが本当のバーチャル経済圏になるところには、まだ至っていないと思っています。
――「スマホはこれ以上の性能は要らない」というのが世間一般の感覚だと思います。ところが、メタバースでの利用を考えると、まだまだ高性能な端末が必要なのですね。メタバースの普及で、さらにハイスペックなスマホの需要が生まれてきますか。
中馬 そう考えています。20年3月に5Gがスタートしてから2年たち、端末の性能も回線に合わせてだいぶ上がりました。今、もし仮に5G対応端末だけをターゲットにしたサービスを提供するとしたら、かなりのものができると思います。
さらに、今ではメタバースにWeb3(ウェブスリー)をかけ合わせる流れになっているので、後はどこまでクオリティーを上げられるかが勝負。ここで結果が出せないと、かつての「セカンドライフ」と同じようにブームが落ち着き、次のチャンスが10年先送りになってしまうという危機感があります。そういう意味でも、ここ1、2年が勝負だと考えています。
タイムリミットは3年。今のメタバースは何が足りないのか
――セカンドライフよりも持続可能なサービスにするために、メタバースにはどんな要素が必要でしょうか。
中馬 例えば、今なら「Decentraland(ディセントラランド)」や「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」が注目されています。私は両方ともWeb3ネーティブというか、経済圏ファーストのプラットフォームだと思っていますが、それ以前に、ユーザーが楽しめる、メタバースでの生活に浸れるというユーザービリティー面のクオリティーが現状は低いと感じます。
もちろん、我々も次世代のサービスではWeb3との融合、つまりNFT(非代替性トークン)やトークンエコノミーが標準仕様として入っているべきだと考えています。しかし、それよりも優先順位が高いのは、「Fortnite(フォートナイト)」や「Apex Legens(エーペックスレジェンズ)」などの人気ゲームに負けないユーザービリティーのサービスを実現すること。そのうえで、ゲームのようなクローズド環境ではなく、オープンな環境にすることが最重要だと思っています。その先に初めて経済活動が生まれる。この順番だけは間違えないようにしたいですね。
――現状では、「ユーザーがメタバースやバーチャル空間内の活動に浸り始めている」という実感はありますか。
中馬 まだ正直ないですね。これからだと思います。バーチャル渋谷に関しても、個人的には本来あるべき姿に対して5%くらいの完成度だと思っています。22年中には新しいバージョンをリリースする予定で、次は50%を超える完成度を目指したいですね。
これが100%に近づくのは、3年後の25年が目安になります。本当は5年計画ぐらいでやりたいのですが、インターネットの世界は日々変わっていきますし、5年も先のことは本当に分からない。逆に3年である程度のレベルに至れないようだと、今思い描いているものはおそらく実現できない。そう考えています。
感覚的には、25年の段階で今のYahoo! トップぐらいの存在にならないといけないのではと思っています。老若男女、あらゆる人が日々大勢集まる場をつくるということです。
――理想の状態から逆算して、現状で足りていないことはなんでしょう。
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