メタバースでの商品販売「メタコマース」にいち早く取り組むセレクトショップ大手のビームス(東京・渋谷)。世界最大級のVR(仮想現実)イベント「バーチャルマーケット」への参加はすでに3回を数え、店舗スタッフがアバターとなって“生接客”するなど、知見をためている。メタバース時代をどう勝ち残ろうとしているのか。(聞き手は、『メタバース未来戦略』共著者の石村尚也)
ビームス取締役
ビームスクリエイティブ代表取締役社長
――ビームスは2020年12月から21年1月にかけて開催された「バーチャルマーケット5」から、これまで3回連続でバーチャルマーケットに出店しています。参加のきっかけを教えていただけますか。
池内 光氏(以下、池内) バーチャルマーケットは、19年に主催のHIKKY(ヒッキー、東京・渋谷)から話をもらったのがきっかけです。ビームス社長の設楽洋や私も含め、プレゼンを受けた当社の経営陣全員が興味を持ち、「面白い、とりあえずやってみよう」となりました。HIKKYのCEO(最高経営責任者)である舟越靖さんの熱いプレゼンに、乗りで応えたような部分もありますが(笑)。単に出店するだけではなく、将来への投資的な意味合いも持たせたかったので、20年11月にHIKKYと業務提携もしています。
ビームスはメタバースという言葉がまだほとんど知られていなかった08年、カプコンとゲームズアリーナ(ドワンゴの子会社、21年6月解散)の共同出資会社が運営していた『ダレットワールド』にも出展していました。オンライン3D空間の中にバーチャル店舗を持って、ユーザーはアバターでショッピングやコーディネートを楽しめるというものです。ダレットワールド自体は1年半ほどで終了してしまいましたが、ビームス自体はもともと新しいものに挑戦する社風があるんです。
――バーチャルマーケット内の店舗コンセプトはどのようなものですか。
池内 私たちは「ビームスバーチャルマーケット店」と呼んでいるのですが、基本的には「バーチャル世界であってもビームス店舗の一つである」と考えています。
バーチャルにおいても、リアルのビームス店舗の象徴やイメージはしっかり踏襲したかったので、ビームス1号店である原宿店をイメージしたデザインに仕上げました。実際のビームス原宿店も、入ってすぐ2階へ上がるためのらせん階段があるのですが、バーチャル店舗でもそれをイメージさせるようなものを作っています。
一方で、バーチャル店舗では現実の設計にはとらわれない、独自の空間づくりやコーナー展開もしています。例えばバーチャルマーケット5では、ちょうどビームスが手掛けていた宇宙飛行士の野口聡一さんが国際宇宙ステーション(ISS)滞在中に着用する衣服のコラボから着想を得て、バーチャル店舗の隣にロケットを置きました。店舗2階の桟橋のところに発射ボタンがあって、それを押すとロケットが飛んでいくという、ちょっとした遊び要素を追加しました。同じくバーチャルマーケット5では、イベントのオフィシャルTシャツや、バーチャルマーケット公式アバター「Vケットちゃん」のビームス特別バージョンの3Dアバターを販売しました。
続くバーチャルマーケット6(21年8月開催)では、1階はビームス原宿店の店舗イメージを踏襲しつつ、2階を企画スペースにしました。牛乳石鹸共進社(大阪市)と組んで同時期にリアルで実施していた企画を再現した「バーチャル銭湯」を提供したのですが、社内では最初、「これ、誰が来るの?」という議論もありましたね(笑)。ところが、実際にオープンしたら外国人の参加者も含め、「日本文化としての銭湯」を楽しんでもらえたようで好評でした。他には『PUI PUIモルカー』の3Dアバターも販売。正直、これも私たちの中では半信半疑だったのですが、HIKKYに意見を聞くと「これは売れるでしょう」という人が多く、実際に大人気でかなり売れました。
21年12月に開催されたバーチャルマーケット2021は、渋谷をモデルにした会場に出店し、ここでもビームス原宿店を再現。企画スペースの2階ではNetflix(ネットフリックス)で配信された映画『浅草キッド』とのコラボを実施しました。店舗の2階に上がると、実際に映画の舞台を体験できる「バーチャル浅草」が広がっているというメタバースならではの仕掛けです。
――リアル店舗のイメージを一部踏襲しつつ、リアルとも違う「バーチャル空間ならでは」を模索しているのですね。
池内 ファッションの観点で言うと、バーチャル空間やメタバースは一種のワードローブのようなものと捉えることができると思います。服を選ぶことが自己表現の一つであるならば、メタバースではアバターを選ぶところから含めて自己表現なのではないかと。
ビームスがセレクトショップという、世の中のトレンドや新しいものを紹介する機能を持っていることも含めて、「個人がどういう姿形になりたいか」という自己表現欲求に対して、私たちがメタバースで果たせる役割はかなりあるのではないか。そう感じているところです。
ただ、バーチャル世界における自己表現は、まだまだ一部の限られた人たちだけの領域。また、バーチャルの世界では等身大の自分をそのままアバター化したいという欲求がある一方、現実では実現できない自己表現、例えば「大人の男性がかわいい少女の姿になりたい」といった欲求もかなり多いように感じています。そうしたさまざまな欲求や可能性がある中で、ビームスはどんな人に、どうアプローチしていくのかが難しいところです。
――「リアルを忠実に再現した自分」か「全く別の自分か」では、売るものも大きく変わってきますよね。
池内 そうなんです。HIKKYによると、ユーザーの中には「動物になりたい」「かわいい女の子になりたい」「イケメンになりたい」とかだけではなくて、「植物になりたい」とか「棒切れになりたい」と言う人もいると。(笑)
今はどちらかというと「リアルではなれない自分」を実現・表現する場になっていますが、今後メタバースがSNS的なものに近づいていったときは、よりリアルの自分自身に近い姿を見せていきたいと思う人たちも増えてくるとは思っています。
もう一つ、バーチャルマーケットで経験を積む中で気づいたのは、メタバースでものを売る感覚はECサイトよりも現実のショップに近い、ということです。ECでは一覧性が重視されますが、メタバースは多くの人が往来する場ですし、アバター同士でのコミュニケーションも発生します。そのような場でECのように商品の一覧性を高めても、うまく機能しません。
これはバーチャルマーケット5のときから継続しているのですが、ビームスのバーチャル店舗ではボットやAIアバターではなく、あえてリアルのスタッフがアバターとして店舗に立ち、接客をしています。外国からの参加者などは「本当にそんなことやっているの? 本当にクレイジーだな」なんて言われましたが。(笑)
実はこれがかなり好評で、バーチャル店舗に来てくれた参加者とスタッフが仲良くなり、「本人に会いたい」とリアルの店舗に来てくれたこともあります。私たちが現実世界で培ってきたコミュニケーションや接客のノウハウが、バーチャル世界でも通用する手応えを感じています。
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――コミュニケーションはメタバースにおいても必須の要素ですし、リアルでのノウハウが生かせるのは強みですね。一方で、メタバースにおけるMD(マーチャンダイジング)について、「ものをどう売っていくか」「売れるものと売れないものの見極め」に関しては何かつかめていますか。
池内 私たちの今までの感覚で「これは売れる」と思ったものが売れなかったり、逆に「これはよく分からないな」と思ったものが予想以上に売れたりと、メタバースではまだ試行錯誤が続いている状態です。
例えば、あるキャラクターが好きな人でも、メタバースでは「そのキャラクターになりたいからアバター自体は欲しいけど、自分のアバターが着るためのキャラクターTシャツはいらない」といったこともあります。とはいえ、バーチャルマーケットのコアユーザー層に対しては、人気のキャラクターコラボ商品などで「狙って当てる」ことはできたと思っています。
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