2022年6月3日発売の「日経トレンディ2022年7月号」 ▼Amazonで購入する では、「逆境に勝つマネー術」を特集。給与は上がらないものの、原材料価格の高騰による物価高、いわゆる「悪いインフレ」が始まっているが、投資には好機と見ることもできるという。第一生命経済研究所・首席エコノミストの永濱利廣氏に、インフレの現状と今後の見通しを聞いた。
※日経トレンディ2022年7月号より。詳しくは本誌参照
——今回のインフレの原因を教えてください。
まず、現時点でのエネルギー関連の値上がりは、世界的に進む脱炭素化に起因しています。CO2を排出する化石燃料の採掘に投資マネーが流れにくくなり、例えばOPEC諸国の中でもアンゴラやナイジェリアなどの小国は、設備の老朽化で生産が停滞しても対応できなかったり、アメリカではシェールオイルが十分に増産できなかったりした。一方で、新型コロナウイルスの感染防止を目的とした行動制限が緩和され経済活動が復活しつつあり、需給のバランスが崩れて原油価格が上がったのです。原油価格はロシアのウクライナ侵攻以前から1バレル80〜90ドルまで上昇していました。
「日経トレンディ2022年7月号」の購入はこちら(Amazon)

穀物は、コロナ禍で大きく落ち込んだ需要が急激に戻ってくるなかで、世界的な天候不順や干ばつが要因で穀物の収穫量が落ち込み、価格を押し上げました。現時点の食品の値上げは、このときのものです。ウクライナの情勢とは全く関係ないところで起きた物価上昇が、既に経済に影響を及ぼしています。
──ロシアによるウクライナ侵攻の影響が出てくるのは、いつ頃になりますか?
夏から秋にかけてでしょう。原油先物価格が上がれば、化石燃料から作られる電気やガス料金もタイムラグを伴って値上がりします。例えば、電気料金は3カ月前時点での直近3カ月間の平均燃料価格で決まります。2022年1〜3月の平均燃料価格が6月の電気料金に反映されるのです。経済制裁でロシア産原油や天然ガスに禁輸措置が取られ、原油価格が大幅に上がったのは3月ですから、その影響が私たちの生活に出てくるのは6月以降です。
ロシアから大量に輸入していたカニやサーモンなど魚介類は既に影響が出ていますが、注意すべきは小麦です。ロシアは世界最大、ウクライナは第5位の輸出国であり、この2カ国だけで世界の小麦輸出の4分の1以上を占めてきました。日本は小麦を政府が一括で買い付けて、それを製粉会社に売り渡している仕組み。改定は年2回で、22年4月改定のときの小麦の売り渡し価格は対前期比で17%上がっていました。これは3月の第1週までの直近6カ月の輸入小麦の平均買付価格を基に算出されるため、ウクライナ侵攻の影響はほとんど織り込まれていません。小麦の先物価格がとんでもなく上がったのは3月ですから、影響が本格的に反映されるのは10月の改定でしょう。おそらく4割ぐらい上がる。我々が購入する小麦粉や小麦製品の値段に反映されるのは、そこからさらに2カ月ぐらい遅れますから、実際に穀物・食料品の値上げは、来年にかかるとみています。
──では今のインフレは序章にすぎないのですか?
これから、様々な品目の押し上げ圧力になっていくでしょう。原油価格の上昇は、ガソリンや軽油、灯油の価格に影響します。物流費がかさむだけでなく、船の燃料となる重油やビニールハウスの温度調節に使われる業務用ガソリンなどに影響するため、今後、魚や野菜、果物など生鮮食品の値上がりにも結び付く可能性があります。
小麦の価格が上がれば麺やパン、菓子類にも影響が出ます。ウクライナはトウモロコシの輸出量でも世界4位ですが、生産・サプライチェーン(供給網)も、今回の戦争で破壊されすぐには復旧できないことを考えると、家畜飼料の値上がりを通じて、肉や乳製品の値上がりも誘発されるでしょう。
足元の輸入物価指数を見ても22年に入り、既に劇的に上昇。円安もこれに拍車をかけていて、円ベースで見れば22年4月は前年比44.6%増(速報)です。消費者が手に取る商品の価格に影響することは間違いないでしょう。
──具体的に家計への影響は、どのくらいになるとみていますか?
おそらく食料とエネルギー関連の物価上昇で1世帯当たり月4000〜5000円、年間5〜6万円程度の負担増になる見込みです。
しかも、今回のインフレは需要が拡大してものの値段が上がるといった循環ではなく、いわゆる「悪いインフレ」。原材料などの物価が上がり、企業が商品価格に転嫁するといったコストプッシュ型のため、各世帯の給料が増えるわけではありません。この状態では、日本ではデフレマインドからの脱却も起こらず消費も加速しない。負の連鎖に突き進むことも考えられます。
──家計防衛の手段はありますか?
節約で効果が大きいのは携帯電話料金を見直すことです。格安SIMにする、プランを見直すなどで固定費が軽減できます。あるいは電力・ガス自由化で様々なプランが出ていますので、乗り換えを検討するとよいでしょう。省エネ家電やエコカーへの買い替えといった手もある。
食料については、世界食料価格危機ともいわれた07〜08年の対策が参考になるかもしれません。あのときも、干ばつと原油価格の高騰で、トウモロコシ、大豆は2年前のおよそ2倍、小麦はおよそ3倍にまで上昇しました。このとき、日本では何が起きたかというと、家庭ではパンや麺類を米に変え和食にシフトし、メーカーも米粉を利用したり、国産小麦を使ったりして凌いだのです。その結果、一時的に食糧自給率が上がったくらいです。今回も消費者の米や米商品に対する関心は高まるでしょう。
──投資についてはいかがでしょう?
物価や政策金利の引き上げによってマーケットでも割高感が是正されてきましたので、そろそろ好機が来ると思います。私はドルコスト平均法が王道だと思っているので、毎月の定額積み立てで、米国株のインデックスファンドに投資するなどは、一つの方法ですね。もちろん日本にもグローバルに展開している企業があるので、日本経済が成長しなくてもそれなりに上がるとは思いますが、世界の成長を買う方が、確実性は高いでしょう。
──円安が急激に進み、約20年ぶりの水準となっていますが、企業の業績や株価への影響は?
大企業は連結決算で考えますから、円安はプラスに働きます。もちろん業種によりますが、一番恩恵を受けるのは自動車産業。半導体部品不足が改善すれば相当利益が出る。一方で、円安で一番割を食うのは電力会社ですが、とはいえ電力会社は燃料費調整制度で価格に自動的に転嫁しますから、一番厳しいのは輸入依存度が高い中小企業になります。
今回の円安の最大の要因は日米の金利差の拡大です。米国は景気対策が一定の成果を上げ、逆に経済が過熱してインフレ率が8%を超えてしまっている。それを抑制するために米国では政策金利を引き上げています。
一方、日銀は長期金利を+0.25%以下に抑えているために大きな金利差が生まれています。ただし、利上げは企業活動に影響しますので、そろそろ米国の景気は沈静化しはじめ、円安がさらに進む状況ではなくなると、私はみています。また、輸入物価で考えると、円安による要因はこれまで4分の1程度にすぎませんでした。日本経済にとって打撃なのは、円安よりも輸入品そのものの値上がり、中でもエネルギー価格の高騰が問題なのです。
──インフレはどこまで進みますか?
原油先物価格がこのペースで上がり続けることは無いと思います。先物価格は既にピークアウトしているので、遅れて影響が出る食料品などの価格上昇も来年中には落ち着くと思います。
今回は、コロナ禍とウクライナ情勢で物価上昇が顕在化したために大騒ぎになっていますが。これまでも日本を別にして世界的には経済成長し物価は緩やかに上がってきています。今後急激な高騰は落ち着いても、上昇トレンドは変わりません。
(写真/岩田 慶(fort))
PART1 投資編
●「預金だけ」では資産は守れない! 株、投信、外貨、金、不動産でインフレ対抗
●変動金利を選ぶ時代は終了? 今こそ住宅ローンの借り換えのラストチャンス
PART2 買い物編
●値上げラッシュが家計を直撃。全35ジャンルの値上がり予測を大公開
●有利な決済・店舗イベント・株主優待をフル活用! 21チェーン店の得ワザを徹底調査
PART3 固定費編
●スマホ料金の乗り換えリスクは“ゼロ”。サブブランドなら5割以上安くなる
●値上がり・撤退リスクをどう避ける? 新電力乗り換え4つの鉄則
【「100円ショップ」ベストバイ52】
●「時短クッキング」のための最新グッズ続々
●あらゆる小物を浮かせる、最強の収納
●雨対策からテレワーク快適化まで逸品発掘
●東京ディズニーランド・シー&ユニバーサル・スタジオ・ジャパン 得する攻略ガイド
●Z世代ヒット予測2022
▼「日経トレンディ2022年7月号」をAmazonで購入する