書籍『ファンをつくる力』を出版した、プロバスケB.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏による本連載。今回は、全日本空輸(ANA)にてSNS(交流サイト)戦略を統括する槻本裕和氏と、TikTokの運用を担当する二見良太氏を迎えた鼎談(ていだん)をお届けします。

 「TikTok売れ」なる言葉が一般に定着するなど、TikTokの影響力はマーケティングの観点からも重視されるようになって久しいものです。アカウントを開設する企業が相次ぎ、成果を上げる事例も増えています。

 全日本空輸(ANA)は、2021年7月にアカウントを開設し、1年強でフォロワーが20万人を突破。その投稿内容を見ると、航空機や機内設備の紹介といった動画に加えて、客室乗務員や整備士など社員によるダンス動画も多く、若い層の支持を集めています。一方、川崎ブレイブサンダースは、20年9月にアカウントを開設し、現在のフォロワーは11万人強。これは、プロ野球やサッカーJリーグ所属チームを含む日本のプロスポーツチームで、読売ジャイアンツに次ぐ2番目の数字です。

 成果を収める2社は、TikTokをどのように運用しているのか。業界は違えど、共通することはあるのか。3人の話から探っていきます。

槻本裕和氏(中央) ANAホールディングス株式会社 広報・コーポレートブランド推進部 SNS・メディアプランニングチーム 課長/二見良太氏(右) ANAホールディングス株式会社 広報・コーポレートブランド推進部 SNS・メディアプランニングチーム アシスタントマネージャー。2人はANAの広報部にてSNS(Twitter、Instagram、facebook、TikTok)を担当。槻本氏がSNSの統括、二見氏はTikTokをメインとして担当。/藤掛直人氏(左) 株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース 事業戦略マーケティング部 部長。DeNAに入社後、スマートフォン向けゲームのプロデューサーを務め、タイトル責任者としてファンコミュニケーションに従事。その後、小中高と親しんだバスケットボールを事業化すべく、スポーツ領域の新規事業開発を担当。バスケ事業の体制構築後は事業戦略マーケティング部 部長として、マーケティング領域を統括する
槻本裕和氏(中央)ANAホールディングスの広報・コーポレートブランド推進部SNS・メディアプランニングチーム課長/二見良太氏(右)同メディアプランニングチームのアシスタントマネージャー。2人はANAの広報部にてSNS(Twitter、Instagram、facebook、TikTok)を担当。槻本氏がSNSの統括、二見氏はTikTokをメインとして担当している。藤掛直人氏(左)DeNA川崎ブレイブサンダース 事業戦略マーケティング部 部長。DeNAに入社後、スマートフォン向けゲームのプロデューサーを務めた後、スポーツ領域の新規事業開発を担当。バスケ事業の体制構築後はマーケティング領域を統括する。

TikTok運用の目的は「新規層への認知拡大」

藤掛直人氏(以下、藤掛) ANAさんは21年7月にTikTokのアカウントを開設されましたが、その狙いやターゲットなどをうかがえますか?

槻本裕和氏(以下、槻本) ANAのメインユーザーは、30代後半から40~50代の、特に男性ビジネスパーソンがメインなんですが、今後のビジネスを考えた時に、いわゆるZ世代(1990年半ばから2010年代前半生まれ)にもっとANAを知ってもらいたいと考えました。

 若い世代が飛行機を利用する場合、LCC(格安航空会社)を選択されるケースが多く、自分からANAを選んで乗るということはあまりないと思うんです。直接的に売り上げにつながる層ではないため、若い世代への積極的なアプローチはできていなかったのですが、将来性を考え、今から始めるべきだと。また、これは採用での競争力をつけるという狙いもあります。そのアプローチ方法として、若い世代の利用が多いTikTokが有効ではないかと考えたのが、1つ目の理由です。彼らは生まれた時から身近にあるスマートフォンで動画に接してきた世代なので、その親和性の高さを重視しました。

 もう1つは、やはり新型コロナウイルスの感染拡大の影響が大きいですね。コロナ禍で飛行機を利用いただく機会が激減しました。これはつまり、日々の生活のなかでANAに接する機会が減ってしまったわけで、既存のお客様はもちろん、潜在的なお客様、将来のお客様も含めて、改めてANAについて伝えていかなければと考えたんです。その際に、SNSの活用、特に動画を強化したいと考えました。

藤掛 ANAさんは、日本の航空業界では誰もが知る存在じゃないですか。それはZ世代でも同じだと思うのですが、課題を感じているのですか?

槻本 そうですね。実際にTikTokを始めて、改めて気づいたことなんですけど、まだまだANAについて詳しくは知っていただけていないと実感しています。例を挙げると、15年に初めて導入した「自動手荷物預け機」があるのですが、この動画を投稿したところ、「何これ?」といった反応が多いんです。私たちからすると、特に羽田や伊丹といった主要空港を使われている方には当然知っていただいていると思っていたのですが……。

 ちなみに、川崎ブレイブサンダースさんは、どのような狙いでTikTokを始めたのでしょうか。

藤掛 私たちは、バスケットボールや川崎ブレイブサンダースをよく知らない方々に対して、認知や軽い興味を持っていただくことを目的としました。TikTokは独自のアルゴリズムによって、「おすすめ」として流れてきた動画を見ることがメインの設計になっていますよね。そのため、視聴者と動画の新たな出合いが創出されやすいプラットフォームだと思うんです。Twitterも拡散力は高いと思いますが、スポーツの強みが生きるのは動画なので、動画に最適化されたTikTokで最初のタッチポイントをつくろうと判断しました。

 川崎ブレイブサンダースでは、特に若い世代にターゲットを絞っているわけではないのですが、確かにTikTokをきっかけに来場されるのは若年層が多いですね。初めてチケットを買われた方を対象にしたアンケートでは、10代の回答者の4割ぐらいがチケットを購入する前にTikTokで川崎ブレイブサンダースの動画を見てくれてているんですよ。

動画作成・投稿の基準として、判断軸を持つことが重要

藤掛 ANAさんは開設1年強で20万人を突破。すごい勢いですよね。

二見良太氏(以下、二見) 毎日投稿を重ね、おかげさまで皆さまに見ていただき、少しずつフォロワーが増えているという感じです。

藤掛 TikTokをスタートする際に、どのような動画を作ろうといったコンセプトや戦略は練りましたか?

槻本 ANAグループには、「あんしん、あったか、あかるく元気!」という行動指針があるんです。TikTokでもこれに基づいて、笑顔の社員が出て、温かく、明るい会社だなと感じていただけるような動画を出していきたいね、という話を最初にしましたね。Instagramでは飛行機の機体などきれいでカッコいい写真も投稿しているんですが、TikTokでは親しみを持てる社員の笑顔の投稿を増やしていこうと。

藤掛 SNSでの投稿内容は、企業のイメージにつながりますよね。特にANAさんのような大企業だと、どのような方向性で投稿していくかという決定は非常に難しかったのではと想像するのですが。

槻本 チャレンジ精神旺盛な会社なので、わりと新しい取り組みが受け入れられやすい風土があり、まずはやってみようという感じで始まりましたね。

藤掛 実際に投稿する動画のテイストや内容は、結構もまれたんですか。

槻本 そうですね。我々のやり方が正しいかどうか分からないんですけど、最初はSNSチームのメンバーがそれぞれに動画を作り、持ち寄って検討しました。

藤掛 コンペのような感じで?

二見 はい、そこまで大げさなものではないですが(笑)。コンペに集まったものを、みんなでどのように良くしていくかなどを考えました。

藤掛 いわゆるTikTokらしい、スタッフのみなさんが踊る動画も、会社としてOKだよと。

二見 先ほど槻本が言った、「あんしん、あったか、あかるく元気!」という、会社として体現すべき行動指針があるので、そこを逸脱するようなものはそもそもやりません。社員が笑顔でダンスをするのは指針に沿っていると思いますが、激しすぎたり、品位のないものは違う。ジャッジの軸があったので、迷うことはなかったと思っています。

槻本 川崎ブレイブサンダースさんのTikTokアカウントでは、チアガールの方によるTikTokらしいダンス動画もありますけど、メインで投稿されているのはプレー動画ですよね。

藤掛 そうですね。うちの強みは何かと考えると、やはりプロバスケ選手が、日本で最高レベルのプレーを披露するところ。ですが、プロ野球などと比べると、選手自体はまだ知られていないのも事実です。となると、一目で興味を持っていただける動画は、よく知られてない選手のダンスよりも、やっぱり純粋にプレーなんですよね。バスケを知らない方、川崎ブレイブサンダースを知らない方でもすごいと思ってもらえるスーパープレー動画にふり切った方が、新規層へのアプローチとしては効果的かなと考えているんです。

様々な部署で働く社員が出演するANA公式TikTok(@ana_allnipponairways)。初めて100万再生を記録した動画(左)は、2021年12月の創立記念日に各職場の制服を紹介したもの。客室乗務員などスタッフがダンスを披露するものも多数
様々な部署で働く社員が出演するANA公式TikTok(@ana_allnipponairways)。初めて100万再生を記録した動画(左)は、2021年12月の創立記念日に各職場の制服を紹介したもの。客室乗務員などスタッフがダンスを披露するものも多数

TikTokでは毎日投稿して、まずは打席に立つ

藤掛 これまでの投稿を見ると、ANAさんの動画には様々な職種の社員さんが登場していますよね。

槻本 そうですね。ANAにはパイロットや客室乗務員、整備士、グランドハンドリングという空港内で車の運転をしている社員、さらには空港の売店など、様々な仕事をしている社員がいるんですね。そのような多様な社員にSNSに出てもらって、モチベーションを高めることも意識しています。

 初めて100万再生を超えた動画も、21年12月1日に投稿した、様々な職種の社員の制服を紹介する動画でしたね。

藤掛 それ、私のおすすめにも流れてきましたよ(笑)。

槻本 尺が53秒あるので、ちょっと長いかなと思ったんですが受けました。ただ、なぜこれが受けたんだろう? という感じではあるのですが(笑)。

藤掛 「こういう動画がTikTokではバズる」といった法則みたいなものは見つかってきましたか?

二見 まだ運営して1年なのでノウハウは全然たまっていないのですが、傾向としてはやはり飛行機であったり、社員が出ている投稿に関しては、フォロワー以外の方からもコメントだったり、「いいね」の反応を多くいただいているように感じます。

 出演してもらう社員は、時期によって考えています。例えば、夏休み前などの時期は、やはりお客様に飛行機を利用していただきたいので、動画から空港の雰囲気を感じていただくために空港で働く職員にお願いするなど、その時々に伝えたい内容に合った人に出てもらう形で。

 ただし、これは社内の都合であるんですけれども、基本的に日々業務があるので、なかなか撮影に人を回せないというのもあるのですが。

藤掛 それは、我々も同じですね。先ほど、試合の映像を多く投稿しているという話が出ましたが、その理由がもう1つありまして。

 プロバスケットボールチームは、1チームに12~14人しかいないうえに、選手は試合がない日も練習があります。TikTokは毎日投稿しようと考えているのですが、そのすべてを撮り下ろしにするのは、ものすごく大変なんですよね。YouTubeはしっかりと企画を組んで、撮り下ろしで投稿しているのですが、TikTokに関しては毎日投稿することを重視しているので試合映像を活用しています。ANAさんも毎日投稿していますよね。

二見 毎日動画を出すことで、TikTokユーザーとの接点をちゃんと確保していくことが大切かなと。当社の目的は、共感と新規ファンの獲得。そのチャンスがあるのであれば、出さない理由はないよねという感じです。

藤掛 おっしゃる通りだと思います。打席数が多ければ多いほど、おすすめに載るチャンスは絶対に増えますから。実はTikTokを始めた当初は、毎日投稿したり、1日に何本も投稿したりすると、それぞれの動画が干渉して、再生数が減ったら嫌だなと思っていたんです。ですが、いろいろな投稿や回数頻度を試したところ、毎日投稿しても、1日2回投稿しても、その程度の頻度レベルであればあまり影響しないと分かりました。

 あと、TikTokは滑ることを恐れずに投稿できるのもいいところですよね(笑)。

二見 そうですね。反応がなかったときは、もちろん心のどこかでは「あれっ、なぜ受けない」と思うことがあるんですけど(笑)、でも「まあ、仕方ない。次にいこう」と思っています。

藤掛 ちなみにTikTokでは、がっつりと手をかけて編集した動画よりも、適当にやったものがバズったということはありませんか?(笑)

二見 個人的なイメージですが、YouTubeでバズる動画は作り込まれている印象があるんですけれど、TikTokは手作り感のある動画も許容される世界なのかなって。

藤掛 ですよね。なので、あまりプロっぽい編集をしすぎずに、あえて素人感や手作り感みたいなところを押し出した方が受けはいいのかなと最近は思っています。

(文/羽田健治、写真/三川ゆき江)

ファンをつくる力
デジタルで仕組み化できる2年で25倍増の顧客分析マーケティング
Bリーグのプロバスケットボールクラブ「川崎ブレイブサンダース」は、DeNAが運営を継承してから3年で、リーグNo.1の動員数を達成。チケットやグッズ販売といったチーム関連の売り上げも約2倍に拡大した。飛躍の原動力は、YouTubeやTikTokなどを積極的に使ったデジタル戦略にある。YouTube登録者数はBリーグのみならず、Jリーグクラブを含めてもNo.1。TikTokフォロワー数は日本のプロスポーツクラブでは読売ジャイアンツに次ぐ2位と、若年層を中心にプロ野球やJリーグも超えたファンを獲得している。本書では、これまでの歩みを振り返りながら、ファン層を広げてきたその取り組みを余すところなく公開。今やどんな商品、サービスを提供する企業でも求められる「ファンをつくる力」。そのために有益な方法論を、豊富な実例とともに明らかにする。

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