エンタテインメント業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)先駆者の田村淳さんと、YouTubeのチャンネル登録者数とTikTokのフォロワー数が10万人を超えるなど、プロスポーツ界では異例の成功を収めるプロバスケットボールチーム「川崎ブレイブサンダース」の事業戦略マーケティング部 部長・藤掛直人氏による対談の後編。前編の終わりに話が出た、デジタルメディアの使い分けについて、さらにお2人の考え方を聞いていきます。
“指令の逆流”を防ぐことがSNS成功のカギ
田村淳氏(以下、田村) 川崎ブレイブサンダースにはすべてのSNS(交流サイト)やデジタルプラットフォームを統括する人がいるんですか? どこでどの情報を出すかなどを仕切っているような。
藤掛直人氏(以下、藤掛) すべてを細かく指示するわけではないですが、方針は僕のほうで決めています。
田村 方針だけ伝えて、あとの運用は任せるよ、と?
藤掛 はい。SNSごとに担当者がいて、あとはお任せですね。
田村 じゃあ、現場にも責任があるんですね。それなら、やりがいもあるでしょうね。
藤掛 そうですね。自分の担当しているプラットフォームが成功すれば、自分の成果になるので。その分、担当するプラットフォームの流行や特性については、それぞれにしっかり研究してもらうようにもしていますが。
田村 データの活用だけじゃなくて、多分チームづくりがそもそも違うんですよね、藤掛さんの世代って。今も、経営者が「あれやって」「これやって」と下に投げているように見えて、実は一度すべてを上にあげて確認を取らないといけないみたいな“指令の逆流”って多いですよね。「やっておいて」と言われたけど、お伺いを立てないとハンコを押してくれない、という。藤掛さんは、デジタルに注力し始めるときに、上から何か言われなかったですか?
藤掛 始めるときに、自由にやらせてほしいと握ったという感じですね。特にYouTubeやTikTokは、制約ばかりになるとバズらないので。
YouTubeの投稿を今の路線にする際には喧喧囂囂(けんけんごうごう)の議論があったんです。もともと川崎ブレイブサンダースのYouTubeチャンネルでは、選手のプレー集やアリーナ会場で流す盛り上げ動画など、カッコいい動画を載せていたんですけど、それだと再生回数もチャンネル登録者数も伸びなくて。そこで、もっと選手の素が出るようなYouTubeらしい「やってみた系」のエンタメ企画を増やしたいと提案したんです。
田村 でも、そういう姿は見せないほうがいいんじゃないの? と。
藤掛 そういう意見もありました。同じくDeNAが2011年から運営する「横浜DeNAベイスターズ」がカッコいい路線を進めて成功したので、川崎ブレイブサンダースもその方向性でブランディングしていたんです。それなのに、YouTubeでエンタメ系企画を投稿すると他のコミュニケーションと落差ができてしまう、これまで積み上げてきたコミュニケーションが崩れてしまうという懸念があったんです。
田村 なるほど。トータルのブランディングとしては確かにそうですね。でも、面白い人がカッコいい姿を見せたら、そのカッコよさが際立ちますよね。
藤掛 そうなんですよ。ですので、試合会場ではカッコいい姿を見せて、試合会場以外では素を見せるという、メリハリをつけるようにしています。
すごく面白いなと感じたのは、YouTubeで公開したドキュメンタリー映像に「バスケうまいんだね」といったコメントが付くことがあるんです(笑)。選手はみんな、高校時代からバスケのエリート街道を進んでいるので、バスケに興味がある人からすれば当然のことなのに。でもそれは、バスケがうまいことを知らないところ、つまりバスケ以外の入り口から興味を持ってくれたファンの方がいるということなのでうれしかったです。
田村 それはでかいですね。今まではターゲットにしていなかった、バスケに関心がなかった人たちの間にも広がっていっている証拠ですもんね。勉強になるなあ。
オンラインサロンは自分がいなくても回るのが理想
――淳さんもYouTube、Twitter、Instagram、そしてオンラインサロン「田村淳の大人の小学校」を運営していますよね。現状、それぞれをどのように活用していますか?
田村 YouTubeは、自分がやりたい企画をテレビの都合をまったく無視してやれる、僕にとって一番バランスが良い場。Twitterは宣伝と実験的なことを投げかける場所ですね。あと、芸能ニュースのウソ記事を書かれたときに対抗するために、Twitterでまず反論して、詳しい説明はYouTubeに流すみたいなこともやっています(笑)。自分を守るという意味で、TwitterやYouTubeは効果的ですね。Instagramは、単純に子育ての様子を投稿している感じです。
オンラインサロンは何だろう、「孤独を避ける」という使い方になるんですかね。僕は、孤独は嫌なんですよ。だから、孤独をつくらないために他人と触れ合うコミュニティに身を置く。「家族」「テレビの仕事場」「吉本興業」などコミュニティの数が増えるほど、幸せの選択肢が広がると思っていて、その1つにオンラインサロンがありますね。
今はメンバーが1000人くらいしかいないんですけど、1000人いると日本のどこかにメンバーがいるんです。例えば、「今、ロケで鯖江市にいるんだけど、うちのサロンメンバーはいるのかな?」と投げかけたら本当にメンバーさんがいて一緒に昼飯を食ったり、「さすがに奄美大島はいないでしょ」と思ったら、2人いて酒を飲んだり(笑)。
Twitterはいくらフォロワーが増えても他人だと思うんです。でもオンラインサロンでは、より濃厚なコミュニケーションが取れるし、そういう姿を見た他のメンバーが「俺も淳と飲んでみたい」と思ってくれたり、さらにはサロンメンバー同士が仲良くなったりしていく。そんな様子が、開設して2年目くらいから見られるようになってきて。俺がいなくてもサロンが回るのが理想だったのでうれしいですね。
あとオンラインサロンがあると、1人じゃできないことでもできちゃうんですよ。例えば、米作りなんて人生で考えたこともなかったけど、今、コミュニティで田んぼを借りてやっています。みんなで田植えをして、稲刈りして、精米して、自分たちのために作ったものをコミュニティ内で売るみたいな。前にはビールも造りました。
今、うちのオンラインサロンは楽しいことや1人じゃできないことを、メンバーで共有するということはなんとなくできているんですよ。ただ、みんなで向かって走る大きな1つの軸がないから、次はそれをつくってあげたいなと思っているんです。バスケのコミュニティは軸の部分は強いですよね。
藤掛 そうですね、みんなバスケが好き、川崎ブレイブサンダースが好きという思いで集まっているので、知らない人同士でも仲良くなりやすいと思います。22年2月にYouTubeのチャンネル登録者数が10万人を突破したんですが、その前に「10万人を達成したら大運動会をします」と企画したところ、ファンの皆さんが「あと何百人で10万人だから、みんなフォローして」と呼び掛けてくださって。そういった1つの方向に向かうマインドは醸成されやすいと思います。
川崎ブレイブサンダースも、新型コロナウイルス感染症の拡大がきっかけでオンラインサロンを始めたんです。それまではリアルな場で選手とファンの皆さん、ファンの皆さん同士の交流が図れていたんですが、感染対策で選手との接触が禁止になり、ファンの皆さんが試合後に飲みに行くことも難しくなったので、交流の場をつくりたいという思いで。
田村 ファンクラブではなくて、オンラインサロンにしたのは意味があるんですか?
藤掛 ファンクラブはもともとあるんですが、そちらは基本的に「選手やクラブからファンの皆さんへ」という一方向のメディア。次は、選手とファンの皆さんとのコミュニケーションをもっとインタラクティブにできたり、ファンの皆さん同士でもコミュニケーションが取れたりしたらいいなと考えたんです。
田村 ファン同士の交流も強くしていきたかったと。
藤掛 まだまだですけど、強化していきたいなと思っています。
田村 同じオンラインサロンでも、例えばカリスマ経営者が主催するサロンってトップダウンのやり取りになりがちなんですよね。うちのオンラインサロンでは、先ほどの米作りやビール造りなどプロジェクトをたくさん用意して、ヨコのつながりを促しているんですよ。
藤掛 巻き込むというか、より積極的に参加してもらうために工夫していることはあるんですか?
田村 とりあえず、「気になったプロジェクトはまず参加してください、気軽にやめていいから」と伝えています。僕がやれるのって、いろんな旗を立てることだなと。「ボウリング大会をやります」とか、「運動会をやります」とか、「文化祭をやります」とか。この前は、格闘技イベントを初めてやったんです、俺は全然好きじゃないけど(笑)。だけど、プロジェクトを立ち上げると、格闘技好きな人がなんとかこのイベントを成功させようと知恵を出し合ってくれるから、最終的には、どのイベントも終わると結束力が高まっているんですよね。
オフラインで会ったときの興奮がコミュニティを強くする
――淳さんも川崎ブレイブサンダースも、ファンをつくる先にある、ファン同士のコミュニティを考えているんですね。
田村 サロンにくる人は、別に僕のファンでなくてもいいと思っているし、実際そうなっているのがうれしいですね。今年の米作りは、60人くらいで田植えをしたんです。俺は校長と呼ばれてるんですけど、メンバーにとってはもう珍しくないので、田植えに行っても「あ、どうも校長」くらいしか声をかけられない。ところが、たまたま日本に帰ってきていたアメリカ在住のオンラインサロンメンバーが来たら、外タレみたいに歓迎して盛り上がってるんです。でもそれでいいなあと。それが、俺のつくりたい、みんながみんなをリスペクトしあうコミュニティなので。
――ファンでありながらファンでない?
田村 もう、コミュニティのファンなんだと思いますね。俺のファンである必要はないけど、コミュニティのファンではあってほしい。それは多分、川崎ブレイブサンダースも一緒だと思うんですよ。バスケットクラブというコミュニティが好きで、みんなでこのチームを応援しようという、新しい形をつくっているんだと思います。
藤掛 そうですね、我々はファンの皆さんを「ファミリー」と呼んでいるんですけど、みんなで一緒に優勝を目指すし、クラブの一員だという意識を持っていただいたほうがより楽しんでいただける。それが理想的な姿だと思います。
田村 コロナってマイナスなことがたくさんあったけど、僕はコミュニティをつくるという面ではよかったとも思うんですよ。当たり前だと思っていた人と会うことが、当たり前じゃない状況になった。オンラインだと安心安全で交流できるけど、それだけだとコミュニティって完全体にならないんですよね。オンライン上で知り合った人がオフラインで会ったときの興奮というのをより感じるようになったと思うんです。
バスケを見るために会場へ足を運んで知っているメンバーがいたら、試合が始まるまでは自然に会話が生まれますよね。そして試合が始まったら、みんなで集中してチームを応援するというのは、めちゃめちゃいい流れ。やっぱり「対戦」というスポーツのチカラが働くと、より強いコミュニティになりますよね。
ちなみに、ブレイブサンダースの場合、コロナ禍でもファンが増えたり、つなぎとめられたデジタルメディアとしては何が一番効果があったと思いますか?
藤掛 YouTubeですね。実際に、アリーナへの来場効果としても明確に効果が出ています。
田村 自分たちに編集権があって、時間制限のないコンテンツを発信できるというのはでかいですよね。
藤掛 そうなんですよね。YouTubeでは自分たちが面白いと思ったものを自由に出せますから。そこで、選手の人間性や素の部分を伝えられたのが大きかったのかなと思います。
田村 あとリアルじゃないですか。限られた時間のスポーツニュースだと、「この選手はこんな人」って聞いてもウソくせぇって思っちゃうんです(笑)。だってどうしても良いところだけになっちゃうじゃないですか、尺の都合で。
でもYouTubeなら、時間がたっぷり取れるので、テレビの放送だとカットしちゃうような“間”が見せられる。それこそ、そこに宝物が詰まっているというか、「この選手ってこんな間でしゃべるんだ」とか、「発言したあとにこのくらいは待てる人なんだ」とか、そこに人間性が込められていると思うんです。そのおいしいところを、テレビはカットするしかない。それぞれのよいところがあると思うんですけど、これは大きな違いだなと思いますね。
(インタビュー/大野ケイスケ、文/羽田健治、写真/アライテツヤ)
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