書籍『ファンをつくる力』を出版した、プロバスケB.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏による本連載。今回は田村淳さんをゲストに迎えた対談をお届けします。これまでテレビなどのマスメディアを主戦場としてきたエンタテインメント業界では、タレント自身がYouTubeやSNS(交流サイト)を活用してファンへ直接情報を発信し、コミュニケーションを図る動きが加速。なかでも、淳さんはいち早くデジタル領域の可能性に着目して、活動の場を広げてきました。一方、川崎ブレイブサンダースの藤掛氏はYouTubeやTikTokの登録者数が10万人を超えるという、プロスポーツ界では異例の成功を主導。デジタルツールを活用したファンづくりの重要性について2人に語ってもらいました。
同じベクトルの人を集めるのに向いているTwitter
――淳さんは2010年にTwitterを始め、その年から仕事のない日に個人制作の番組「淳の休日」をツイキャスで配信するなど、積極的にSNSに取り組んでいます。SNSを使い始めた頃のことは覚えていますか。
田村淳氏(以下、田村) 2010年かぁ、結構前だなぁ。そのときは、Twitterがこんなに使われるものになるとは思っていなくて、単純にいろいろな人と一気につながれるのが面白いなと使い続けてたという感じですね。
――11年6月には、「淳の休日 バスケットボール大会」という企画を大田区の体育館を借りてやりましたよね。Twitterで「バスケの対戦相手を募集します」と呼びかけたらすごい数の方が集まって。
田村 そうそう。全日本代表だった折茂(武彦)さんも来てくれたんですよ。ふらっと来て、3ポイントシュートを8本連続で入れていったのをすごく覚えてる。Twitterはトッププレーヤーとも、ただバスケをやりたいだけの人ともつながれる。このバスケ大会がきっかけで、「運動会をやりたい大人集まれ」と「大人の運動会」という企画を始めたんですよ。Twitterは同じベクトルの人を集めるのに向いているなあと。それは、今も感じてます。
藤掛直人氏(以下、藤掛) 10年前というと、まだそこまで活用されている方は多くない頃なので、そこで先駆者として始められているのはすごいですよね。その挑戦が、現在のタレントさんのSNS活用につながっているわけですし。
田村 いや、何にも考えてなかったですよ。今までにないコミュニケーションツールなんで何か面白いことができそうだなと思っていただけで。
――淳さんはテレビはもちろん、劇場にも立ってファンの方と接してきましたが、Twitterという場でのダイレクトな交流に違いは感じますか?
田村 それまでも、「テレビ見てます」「応援してます」と街中で声をかけられることはあったんですけど、Twitterで「この企画をやろう!」と声をかけたときに集まってくる人は、ファンというのとはちょっと違う感じがしますね。Twitterでは僕のファンというよりも、僕がやってることを面白がっている人とつながれている気がします。今でも、テレビを見て楽しんでいる層と、「淳がやっていることが楽しそう」と思ってくれる層はまったく別なのかなと思いますね。
――当時と今のSNSの活用で、特に違うと感じる部分はありますか?
田村 今は、データをもっとしっかり取れるというか。だいぶ、SNSの活用が変わってきていると思うんですよね。
藤掛 そうですね。今はプラットフォームから提供されるデータが充実しているので、私たちも積極的に活用しています。(むしろデータ活用することが前提になっている傾向もあります)
データを読み取って生かせる人は限られる
――テレビやラジオの世界は、そもそもあまりデータを取ることを考えてこなかった印象がありますよね。男女や年齢層などの視聴データはありますが、「この番組を見た人がここに行った」とか、「何を買った」といったひも付いたデータがない。そんななか、淳さんは10年前にファン層を把握しようとしていたのは、早い動きじゃないですか。
田村 当時はデータを取っているとは言えないですけどね。そもそも、データを取ろうという意識もなかったですし(笑)。ただ、Twitterを通じてイベントを行うことでテレビを見てくれている人の顔を見ることができたというか。「これくらいの世代の人が、こんな感じで応援してくれているんだ」と、なんとなくつかんでいたくらいです。
今はもっとデータを細かく取っていけたらと思っています。僕も大学院に行って、まずはペルソナを立てることがいかに大事かということを学んだんですけど、そうすると「ああ、テレビってまったくペルソナを立てていないな」と気づくんですよね。テレビは、今までざっくりとした雰囲気と、ざっくりとしたデータだけで、なんとなくもうかっていた世界だから、今もその名残があるんですよ。
藤掛さんは、川崎ブレイブサンダースで観客を増やすために試行錯誤を続けてきたんですよね。やっぱりちゃんとペルソナを設定して、その人たちに向けたサービスを提供すれば来場してくれるはずといった仮説を立て、そこにデータをひも付けて取り組んでいったんですよね?
藤掛 そうですね。ただ、データについては、リアルな興行がメインのスポーツビジネスでは、非常に少なかったんです。DeNAは18年に川崎ブレイブサンダースの事業を承継したのですが、その当時はチケット販売の日次データや過去施策の効果測定結果、来場数の多い顧客属性など、戦略を検討するうえで確認したいデータがなかったくらいで。
SNSをはじめ、デジタルですと比較的データを入手しやすいですが、リアルな場では意図的に収集する仕組みをつくり上げないとデータの取得はできない。場合によっては外部企業と連携した調査やシステム整備などを行う必要があるため、ハードルが高くてコストも工数もかかってしまうんですよね。ですが、データがないと効果的な戦略を立てるのは難しい。暗闇のなかで、どっちに向かっているかも分からずに走るようなものです。
そこで例えば、それまで複数あったチケットの販売チャネルを一本化したり、会場の内外でアンケートを行ったりと、まずはデータ収集を行うようにしました。
ペルソナについては、ご本人も数多く来場し、周囲を誘ってもくれる方を「アンバサダー」と名付けました。そのうえで、アンバサダーになってくださる方はどういう特徴があるのか、集めたデータをもとに分析しました。
田村 僕は、そんな高尚なことはまったくやってないです。今もやれてないですね。20年6月にオンラインサロン(「田村淳の大人の小学校」)を作ってから、ようやく「どういう人が離脱するのか」とか「どういう人が復活するのか」といったデータを取って、それをどう生かせばいいのかを学び始めたところで。そういう活用ができるようになると、めちゃめちゃ楽しいとは思うんですけども。
藤掛 同じデータでも扱い方によって、ものすごく有効に活用できることもあれば、逆に悪用されることもあります。まさにデータは分析の仕方で生きたり死んだりするので面白いなと思います。
田村 確かに、データをどう読むかで「感覚合わないわ」とか、「ああ、この人はそういう人か」と思うことってあるんですよ。最近引っかかったのは、「20代男性の4割がデートの経験がない」というデータ。「昔はどうだったんだろう」と思って調べたら、その割合は変わってないんですよ。「4割が付き合ってない」のは確かにリアルなんだけど、「今の若者は」みたいな表現になるとミスリードじゃないですか。同じデータなのに、こんなに見え方が違うんだと思って。データを読み取って生かせる人、分析できる人って実は限られるんだろうなと。
そういう意味では、僕はツイキャスを始めたのは早かったけど、あの頃からYouTubeもやっていたら違っていたのかもしれませんね。YouTubeは「YouTube Studio」という機能で、自分のチャンネルのデータを見られるじゃないですか。ああいったデータの収集や活用方法を20代、30代のときにちゃんと知りたかったなと思います。藤掛さんは今、何歳ですか?
藤掛 僕は31歳です。
田村 小さい頃からデータに触れられる世代ですよね。やっぱり、肌感だけでやってきた俺とは全然違う(笑)。そもそもSNSも自分が発信できる場所を作りたいと思っていただけなのに、気が付いたらTwitter、Instagram、YouTube、オンラインサロン(「田村淳の大人の小学校」)とツールが増えちゃった感じですから。
新たな出合いで “機会損失”を防ぐTikTok
――川崎ブレイブサンダースもTwitter、Instagram、YouTube、TikTok、LINE、オンラインサロン、そして「PICKFIVE」というNFTを活用した独自のサービスまで展開していますよね。ここまでデジタル施策に力を入れる理由はなんでしょうか?
藤掛 まず弱者の戦略といいますか、デジタルで戦略を立てて取り組んでいかなければ、世の中に情報を届けられないというのがスタートなんです。というのも、バスケットボールはプロスポーツのなかではまだまだマイナーです。例えば、野球なら番記者がいて、ささいなことでもテレビやスポーツ新聞の1面で取り上げてもらえます。一方でバスケも取り上げてくださる方が増えてきたとはいえ、まだまだ少ないのが現状です。
複数のデジタル施策を活用する理由は、1つのプラットフォームによる発信で、あらゆる人に満足していただく、あらゆる人に好きになっていただくのは難しいなと思っているためです。川崎ブレイブサンダースでは、TikTokは新規層への認知を高める場、YouTubeは興味を深める場、TwitterとInstagramはファンになっていただいた方との感想を共有する場など、メディアごとにどのような人にアプローチをするかを明確に決めて、投稿内容もそのターゲットに合わせて発信しています。
ですので、同じ動画を上げるとしてもTikTokとInstagramでは、切り口やテキストを変えているんです。Instagramはすでにファンになってくれた方に向けた場なので、「藤井祐眞選手が~」や「まっすーが~」などと個人名や愛称のテキストを付けるのですが、新規層に向けた場のTikTokでは「昨シーズンMVPを獲得した選手が~」などと、初めて見た方でも伝わるような切り口に変えています。
――まずはデジタルメディアで興味を持ってもらい、徐々に会場へと導いていくわけですね。
藤掛 そうですね。最初の接点はTikTokや、YouTubeの「やってみた系動画」。選手に興味を持っていただいたあとに、YouTubeでいうとドキュメンタリー系の動画でバスケをしている姿を見て興味を深めていただき、応援したいからと会場に来ていただく流れですね。その後押しとして、お得なチケットなどの情報をLINEで発信するというステップも用意しています。
田村 僕はTikTokが全然分からないんですけど、7月の参議院選挙の際に自分の政策をTikTokで流している候補者がいたんです。あんな短い尺で政策なんて伝わるのかと思ってたんですけど(笑)、最初の導入部分としては効果があるんですね。
藤掛 あると思います。TikTokは他のSNSと違って、自分がフォローしているアカウントのものではない動画が流れてくることがメインのプラットフォームなので、新しい出合いが多いんですよね。また、知らない人の5分の動画をいきなり見るのはしんどくても、その前に15秒の動画で興味を持ってくれれば、次は5分の動画も見られますし。
田村 なるほどね。できるだけ機会損失をしないようにということですよね。で、興味を持ってくれた人は、違うツールでのアプローチでも耐えられると。TikTokやってみようかな(笑)。
両者のデジタルメディアへの接し方を聞いた前編に続き、後編では、各メディアごとの使い分けや特性について、さらに深く話を聞いていきます。
(インタビュー/大野ケイスケ、文/羽田健治、写真/アライテツヤ)
デジタルで仕組み化できる2年で25倍増の顧客分析マーケティング
定価:1760円(10%税込)
発行:日経BP
発売:日経BPマーケティング
■ Amazonで購入する