川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏と、ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏との対談後編。クラブへの愛着を持ってもらうためのYouTube、ファン同士の交流活性化を目的としたオンラインサロンなど、川崎ブレイブサンダースのデジタル戦略を題材に、今の時代のファンとの向き合い方について語ってもらいました。
「ストーリー」と選手の「素」を見せるYouTube
ファンとの接点作りのため、デジタル施策に力を入れているのが川崎ブレイブサンダースの特長だ。チャンネル登録者数が10万人を突破する(Bリーグ、Jリーグ合わせて1位)YouTubeのほか、TikTokをいち早く展開。2020年7月には、月額3000円のオンラインサロンもスタートしている。
藤掛直人氏(以下、藤掛) ファンの方に川崎ブレイブサンダースに興味を持っていただいたり、ファンの階段を上がってもらう役割はYouTubeが担っています。主に2種類の動画を上げていて、1つはドキュメンタリー動画です。川崎がどんな軌跡をたどっているのかを描いた映像で、シーズン中に数回に分けて、YouTube上で誰でも見られるよう公開しています。
選手の努力している姿や、こんな苦悩を抱えていたといった裏側の部分まで映し出すことで、川崎のプロスポーツクラブとしてのストーリーを伝えられればと思っています。同じ試合観戦という体験でも、何も知らない状態で見る試合観戦と、ストーリーを知ったうえでの試合観戦とでは、体験価値が全く異なりますから。
佐藤尚之氏(以下、佐藤) ストーリーはファンベースでも大切な要素の1つです。YouTubeで選手やチーム、そしてスタッフたちのストーリーを見てもらうことで、ファンの人たちはどんどん愛着が募っていきますからね。
縁起の悪い話かもしれませんが、チームが弱くなった時でもストーリーさえあればファンは離れません。「強い」というのは我々から言わせれば「機能価値」なんです。機能価値は陳腐化しやすくて、誰かに取って代わられる可能性がある。
藤掛 YouTubeで、もう1つ展開しているのが真剣なドキュメンタリーとは真逆のエンタメ企画です。試合中に選手たちが見せる真剣な姿とは違う普段の様子ですね。仲間たちと楽しく過ごしている、ただのお兄ちゃんの顔というか(笑)。親しみやすい等身大の姿も同時にお見せすることで、親近感を持っていただくことを意識しています。
佐藤 共感を生み出すことができるので、素を見せることはとても大事だと思います。共感って、自分と同じところを見つける作業なんですよね。実際、バスケの選手って我々からすると遠い存在じゃないですか。体も大きいし、運動神経もすごいし。
ただそう思っていても、ファンの方たちが「私たちと同じじゃん!」と思える姿をYouTubeで見せることができたら共感に変わりますよね。そういうのが「愛される存在」になるのに大事だったりします。昔と違って、今やミュージシャンなども素を見せることが普通になってきていますよね。
ファン同士のコミュニティーづくりにも着手
藤掛 ただ、いろんな施策を行っていますが、やはり僕たちが1番大事にしているのは、選手とファンが交流できる場であったり、ファン同士がコミュニケーションを取れる場なんです。それがコロナ禍で難しくなったことを受けて、一昨年にオンラインサロンを始めました。
今は、ファン同士で試合後にちょっと飲みに行くとか、オフ会をやるみたいなことが簡単にはできません。そうなると、個々人で楽しむというか、あまりスポーツ観戦の良さが生きなくなってしまいます。オンラインサロンというコミュニティーがあれば、「あの試合はここが良かった」「あの選手のこんなところが好き」とファン同士で盛り上がることができる。こういった自分の嗜好って、言語化することでより好きになっていくと思うんです。それがチームを愛する理由になったり、ファンの方が離れない理由にもなるのかなと。
佐藤 選手とファンの交流、ファン同士の交流って、両方ともすごく喜んでくれるんですよね。そういった交流を続けていくことでファン度がどんどん上がっていく。ただ、運営する側はかなり大変ですよね(笑)。
藤掛 そうですね(笑)。選手とファンのコミュニケーションは、こちら側である程度はデザインできるんですけど、ファンの方同士のコミュニケーションをいかに盛り上げるかが、めちゃくちゃ難しいです。いろいろと試行錯誤しているんですけど、まだまだ盛り上がる余地はあるかなと思っています。
佐藤 他のスポーツクラブチームを見ていても思うんですが、クラブ運営を続けていると、古参ファンと呼ばれる人たちが出てきたりするじゃないですか。そういった人たちのなかには排他的な人もいて、「新人は入ってくるな! 俺たちは何年応援していると思ってんだ」みたいなことを言い出しがちです。そういう古参ファンに対して運営側がちゃんと対応しておかないと大変なことになりますよね。声が大きい人たちが前面に出てきちゃうと、静かに楽しんでいるファンたちが離れちゃうんです。
なので、難しい古参ファンはVIP扱いするのではなく、むしろ仲間として扱ったほうがいい。「一緒に愛している仲間でしょ?」みたいな感じで、運営と対等にやったほうが本当はうまくいくのかなと思います。ちなみに川崎ファンからDeNAファン、そしてベイスターズファンになるみたいなことも起き始めていますか?
藤掛 元はベイスターズファンから始まっている方が多いかもしれないですけど、実際にDeNAスポーツを好きと言ってくださる方も結構いらっしゃいます。「DeNAのチームっていいよね」みたいな感じで、ベイスターズのファンでもあり、川崎のファンでもあるという方はかなり増えてきていますね。
佐藤 それはマーケティング用語でいうところの「クロスセル」的なことですね。一般的に、商品のファンから企業のファンになると、その企業がやっている他のことも好きになるし、全体的なLTV(顧客生涯価値)も上がっていったりします。
ファンを運営に巻き込んで“仲間”を広げる
藤掛 これからさらに川崎のファンを広げていく上で、気をつけることやアドバイスってあったりしますか?
佐藤 さっきもチラッと言ったんですけど、「コ・クリエーション(Co-Creation)」=共創に近い形で、ファンの方たちに運営に参加してもらうやり方で、長く付き合ってもらうのがいい気がします。よく、バーで例えるんですけど、常連さんたちとの接し方にしても、バーのマスターが忙しいときは、「今ちょっと手が離せないから、あのお客さんのところにこのドリンクを持っていってくれません?」みたいに運営側の仲間にしちゃう。そっちのほうがコアファンは喜んでくれたりします。
藤掛 なるほど。それに近い話でいつも感心しているんですが、アイドルやタレントの方に、川崎のホームゲームに出演していただくと、毎回「○○を起用してくれて、ありがとうございます!こんな特技も持っているので、是非また呼んでください!」なんてメールがめちゃくちゃ来るんです。それってまさに仰っている、「あれ?この人たち運営かな?」みたいなことですよね。こういうファンの方が増えることが理想だなと思っています。
佐藤 そうそう、推しをする人たちって目線が運営なんですよね。彼らに協力してもらったり、巻き込んでいくことがファンを拡大していく上で大事かなと思います。
藤掛 以前、川崎のチラシをファンの皆さんに配ってくださいとお願いをしたことがあって。30枚を1パックにして用意したところ、想定以上の早さではけちゃったんです。そういうお願いをしてもやっていただけるんだと、ファンの力を感じた瞬間でした。
佐藤 最近、推しの人たちがみんなで協力して駅の広告枠を買って、応援するグループの広告を勝手に出すみたいなことがあるじゃないですか。きっとああいうのがこれからどんどん増えていくので、いっそのこと肖像権をフリーにするというのも意外といい気がしますね。そうすれば、勝手にファンの方はポスターを刷って、自分の家の前とかに貼ると思いますよ(笑)。
それが問題化する場合もあるかもしれないけど、それはそれで共創の過程だったりすると思います。勝手に貼ってはいけない場所なんかも、徐々にみんなで学習していく。最終的には、周りから「川崎って、ファンが自由にやっていて面白いね」と言われるようになると最高ですよね。
――川崎では、Jリーグの川崎フロンターレともコラボレーションされたりしていますよね?
藤掛 ホームタウンが同じということでいろいろと協力していただいていて、コラボイベントなどもやらせてもらっています。フロンターレさんこそ、今仰って下さったように、ファンの方たちの自主性が長い歴史のなかで根付いている印象があります。商店街に応援旗をファンがどんどん出したりしていますからね。
佐藤 川崎のファンがフロンターレのファンから学ぶといったような、新しいことが今後起きると面白いですよね。ファン同士が勝手に学びあって、運営は見ているだけみたいな(笑)。
(構成/中桐基善 写真/中村嘉昭)