書籍『ファンをつくる力』を出版した、プロバスケB.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏による本連載。今回は特別編として、ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏をゲストに迎えた対談をお届けします。ファンとともに中長期的に売り上げや事業価値を高めていく「ファンベース」という考え方を提唱し、企業や団体の取り組みを支援する佐藤氏と、ファンとの向き合い方について語ってもらいました。

ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏(写真左)と、DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部部長の藤掛直人氏(写真右)
ファンベースカンパニー会長の佐藤尚之氏(写真左)と、DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部部長の藤掛直人氏(写真右)
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リピート率が高い「友人の勧め」「口コミ」での来場者

――佐藤さんが「ファンベース」を提唱するに至った経緯とは何だったのでしょうか?

佐藤尚之氏(以下、佐藤) 僕は広告会社の電通に約25年いて、マスメディアやネットにインパクトの強い広告を露出することで人々に伝えるという仕事を中心にやってきました。しかし、2005年頃からの情報爆発で、情報やコンテンツ、そしてメディアが過剰に増えた結果、人々がどんな情報摂取行動をとっているかが極端に分からなくなり、届いている実感もなくなってしまった。

 その傾向はどんどん強まり、15年頃には広告という手法自体に絶望したんです。もう伝わらないよな、って。でも、1つだけ確実に伝わるルートがある。それはマスメディアやネット経由ではなく、友人知人からの推奨である「口コミ」。データでもはっきり出ていて、1番信頼できる情報源は圧倒的に家族や友人の口コミなんですね。

 じゃあ、そのルートを使って伝えたい情報をどう伝えていくか。それが、僕のテーマになりました。オーガニックに(その人の主体性をもって)情報が伝わっていくには、その対象物を大好きな人から口コミが起こるのが1番自然です。つまり「ファン」ですね。ファンに喜んでもらってファンから友人知人に伝えてもらう。それこそが1番説得力があり、伝わりやすい方法だ、というのが、ファンベースという考え方の原点になります。

藤掛直人氏(以下、藤掛) DeNAが川崎を承継した後にいかに入場者を増やすか、売り上げを立て直すかという課題に直面しました。各種アンケートやデプスインタビューを活用して分析を行うなかで、友人から誘われたり口コミで勧められたりしたほうが、リピートしてくれる確率が高いというデータが出てきたんです。その時に改めて、ファンという存在の大切さを感じ、いろいろ勉強するなかで、『ファンベース』も拝読させていただきました。

佐藤 ありがとうございます。そう、コアファンとかファンからの口コミってとても影響力あるんです。よく売上の立て直しなどで顧客調査をする企業は多いのですが、だいたいが顧客全体を調査するんですよね。それはあまり意味がなく、1割か2割存在するコアファンやファンを抽出して調査をしないと、ファンの動向も口コミもつかめません。ファンたちの動向を見極めながら、注力する方向を定めて、そこはズラさずにやっていくのがファンベース的なアプローチなのですが、川崎さんはどうスタートされたんですか?

藤掛 承継するタイミングでは、それまでの川崎のファンの方々に何を楽しみにしているのかなど、数多くインタビューをしました。そもそもチーム名を変えるのか、チームカラーはどうするのかなども議論になっていたので。

佐藤 色は変えたんでしたっけ?

藤掛 結局、変えませんでしたね。すでに横浜DeNAベイスターズを持っていたので、青にそろえるという話などもあったんですが。

佐藤 この色だと楽天になっちゃいますもんね(笑)。

藤掛 社内でも「どうなんだ」という話はありました(笑)。でも、ファンの皆さんの共感やアイデンティティーはどこにあるのかを探って結論を出した感じですね。それからも継続的にアンケートやインタビューをしているのですが、僕らはコアなファンの方だけでなく、まだファンになって間もない方の意見も解像度高く理解したいので、結構幅広く伺っています。

佐藤 そのあたりは、バスケットがまだ(プロスポーツのなかでは)マイナーというか、ファン層自体を広げたいという段階だから、いろいろな角度から分析をしていったということでしょうか。

藤掛 そうですね。新しくファンになっていただく流れを理解したいと考えていました。そういうなかから、小学生のお子さん連れのお母さんや20代のイベント好きの女性は、ご自身も数多く来場してくださり、かつ周囲を誘って広げてくれるというデータが出てきて。集客施策を打つ際のターゲットの1つとして注力することにつながったりしました。

コアファンにはTwitter、ライト層はLINEと使い分け

佐藤 『ファンをつくる力』を拝読したのですが、そうした施策とそれに対する結果を、PDCAとして回すようにしたという話が印象的でした。僕らはもっとファンの感情に愚直に向き合った情緒的なアプローチをすることが多いので、そこを仕組み化されているというのは「おおっ!」と思って。もともと藤掛さんはスマホゲームの業界にいらしたんですよね?

藤掛 そうです。ファンになっていただくためには、実際に試合観戦を体験してもらわなければいけないし、その体験したものが良くなければならない。それぞれを最大化するためには、スマホゲームの運営のようにPDCAを継続的に回して改善していく仕組みが必要だと考えたんです。

川崎ブレイブサンダースはDeNAが承継後、3年で1試合あたりの平均観客動員数がリーグNo.1に
川崎ブレイブサンダースはDeNAが承継後、3年で1試合あたりの平均観客動員数がリーグNo.1に
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――そうしたゲームでの経験が生かされている点は、ほかにもあるんですか?

藤掛 ファンクラブ運営などもそうですね。ゲームの場合、毎月10万円を課金される方と、全く課金しないけど1日10時間遊んでくれる方、あるいは毎日30分ずつ遊んでくれる方、すべてが重要なお客さんです。みなさんがいらっしゃるからこそ全体が成り立つので、それぞれの方すべてに楽しんでいただく体験を設計することが大切なんです。ファンクラブでも、様々な状態のファンの方それぞれに最適化された体験をお届けすることを考えています。

 例えば「トレーディングカード」では、複数のランクを設定して入手難易度に差をつけたり。「ポイントラリー」は試合観戦時に来場ポイントを貯め、一定のポイントが貯まるとオンラインサイン会などの特典と交換できるものなんですが、様々な来場回数のお客さんに楽しんでもらえるよう設計しています。

佐藤 僕もスマホのゲームで連続ログインポイントをもらうために、必ず朝イチでログインするようにしていますが(笑)、ゲームの仕組みを応用されているのは面白いですね。

 一方で、そのファンクラブを含めてコミュニティーを長続きさせるためには盛り上げすぎないのがポイントかなと僕は思っています。祭りがあるとその反動で「祭りのあとの空しさ」が来ちゃうように、盛り上がりすぎるとその後が盛り下がっちゃって持続性がなくなることが多い気がします。なので、ジワーっと長い目でやっていくっていうのが中長期的には大事だと思っています。

 例えば、ソニーの「α」(アルファ)というカメラでは、「P3」というアプローチをしているそうで、Purchase(購入)後、お客さんに3カ月間に3回くらいアプローチするらしいんですね。1カ月に1回ではなく、不定期めにゆるく連絡が来たほうが、お客さんがうっとうしがらないと仰っていました。

藤掛 ファンの方との接点は、川崎の場合はプラットフォームごとに使い分けるようにしていまして。

 例えば、TwitterやInstagramは、本当に好きなファンの方がフォローしてくださっているので、試合中にも「今は何点差です」「こんなプレーがありました」など、熱狂度を高めるために頻繁に情報を発信しています。一方でLINEは、潜在ファン層にリーチするメディアとして位置づけているので、試合結果などを毎回送ることはせず、試合来場と絡めたプレゼント企画や、お得なイベントの告知など、もらってうれしいお得な情報だけを流すことでブロックされないようにしています。

 このように、役割や目的、どういった層の利用を想定しているかによってSNSを使い分け、導線づくりをするように意識しています。

佐藤 なるほど。細かい使い分け、大切ですよね。以前、『自由すぎる公式SNS「中の人」が明かす企業ファンのつくり方』(日経BP)という書籍のなかで、様々な企業のSNS担当者6人と座談会をやったことがあり、やはりSNSはそれぞれのツールで目的を明確に設定する必要があるという話になりました。共通認識としては、情緒価値の中でも「愛着」を持ってもらうことが大切であるというのがみなさんの意見でもありました。

※後編「関係を深めるYouTube&オンラインサロン」に続く

(構成/中桐基善 写真/中村嘉昭)