売り上げ増、市場拡大など、ビジネスの成長における悩みは「ファン」の存在がすべて解決してくれます。あらゆる業種・職種において「ファンをつくる力」は必要不可欠なのです。書籍『ファンをつくる力』を出版した、プロバスケB.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏による本連載。第3回は「ストーリー」の重要性について解説します。

悔しがれるということは「幸せ」

 2022年5月29日、Bリーグの2021ー22シーズンが終了しました。

 優勝は宇都宮ブレックス。おめでとうございます。

 そして私の所属する川崎ブレイブサンダースはセミファイナル(準決勝)で、その宇都宮ブレックスと対戦し敗退しました。史上初の天皇杯とリーグ戦の2冠を懸けた戦いは終わりました。

 負けた瞬間は本当に悔しくて顔を上げられませんでした。

 アリーナで応援してくださったサンダースファミリー(※)の皆様、宇都宮から来場してくださったブレックスファンの皆様に感謝を伝えたくてアリーナ出口で挨拶をしていましたが、感謝を込めて笑顔でお送りしなきゃと頭では思いつつ、どうしても顔は強張ってしまっていました。

※川崎ブレイブサンダースでは、ファンの方に加えてスポンサーやパートナーなど応援してくださるすべての皆様を「ファミリー」と呼びます。以降、本記事では一般に理解しやすいよう「ファン」と記載します。
東地区2位でシーズン最後のチャンピオンシップに駒を進めた川崎ブレイブサンダース。残念ながらセミファイナル(準決勝)で敗退、2021-22年シーズンを終えた
東地区2位でシーズン最後のチャンピオンシップに駒を進めた川崎ブレイブサンダース。残念ながらセミファイナル(準決勝)で敗退、2021ー22年シーズンを終えた

 しかし数年前の自分が見たら、コートに立っていないお前がどうしてそんなに悔しそうなんだ? とけげんに思っていたはずです。チームの勝利に自分が一喜一憂する資格なんて無いのではないか? 自分はチームの勝利に直接貢献する仕事をしているわけではないのだから、という引け目が当時の自分にはあったのです。

 無論、自分の努力で稼いだお金は選手の人件費や設備費になってチーム強化につながるのですが、それはなんだか遠く感じられていたのです。応援の力で勝利に導くなんて、どこかきれい事だと思っていたのかもしれません。

 しかし1年前の天皇杯の優勝で一変しました。

 2021年の天皇杯の優勝、そして2022年天皇杯での2連覇は、ファンの皆さんによる応援の後押しのおかげだと心から思っています。だからこそ、負けてしまったときに心から悔しがれるようになりました。それと同時に「ファンをつくる」という今の仕事を、心から誇らしく思えるようになったのです。

 そして悔しくて眠れない敗戦当夜、セミファイナルを振り返っていくつか心に残ったことがあります。

目に焼き付いたファンの力

 Bリーグでは、リーグ戦最後のトーナメント戦としてチャンピオンシップが開催されます。その1回戦であるクオーターファイナル(準々決勝)では、川崎ブレイブサンダースvs名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦と同日に、千葉ジェッツvs宇都宮ブレックス戦が行われていました。

【トーナメント表】

 川崎が勝利すれば、千葉か宇都宮の勝者と準決勝で対戦することになります。レギュラーシーズンの順位が上位のクラブにホーム開催権があるというルールの影響で、千葉戦となった場合は千葉のホーム会場、宇都宮戦となった場合は川崎のホーム会場で準決勝が実施される予定でした。

 そして準々決勝の1戦目、川崎と宇都宮が勝利しました。2戦目も両クラブが勝利すれば、準決勝は川崎vs宇都宮となり、川崎のホーム会場で実施されます。

 そしてポイントは、2戦目の試合開始時刻が川崎vs名古屋は午後4時であるのに対して、千葉vs宇都宮が午後3時と1時間早いことです。つまり、1時間早く宇都宮は準決勝進出が確定する可能性があります。先に準決勝進出を確定させる宇都宮ブレックスファンに会場を埋められる可能性がありました。それだけ宇都宮ファンの熱量は高いのです。

 そこで川崎ファンの方々はSNSで声を上げました。早くチケットを買わないとまずい! と声を掛け合ってくださっていたのです。

 そしてさらに当日は会場を赤く染めようと、Twitter上で声を掛け合ってくださったのです。レプリカユニホームを着るだけだと赤色の面積が足りないから、その下に赤いTシャツを着ようと。結果として、準決勝への進出確定が1時間遅かったにもかかわらず、会場の3分の2を赤が占めることができました。

 本来、クラブが発信すべきことなのかもしれません。しかし、準々決勝の試合にチームとして向き合っているときに、準決勝のチケットを買ってなどと、軽々しくは言えないことも事実です。

 ファンの皆さんの中で自然に巻き起こったからこそ、ファン同士の心を打ち、実際に皆さんの行動に結びついたのではないでしょうか。

 まさにファンの力を感じた出来事でした。

着火点となった選手の一言

 さらに選手の力についても触れないわけにはいきません。

 セミファイナル進出を決めたGAME2で、MVPに選ばれた篠山竜青選手が「宇都宮ファンは熱いので、準決勝進出直後からチケットを買い出しているはず。ブレイブサンダースカラーで会場を染めてください」とヒーローインタビューで呼びかけたのです。

 その効果は絶大で、一瞬でチケットが完売しました。

 一気にSNSも活性化し、篠山選手が言うんだから赤く染めようとファンの方々がますます盛り上がっていったのです。選手とファンのうねりが混ざって、まさに化学反応を起こしたのです。実際に勝利を目指して努力し続けてきたプロバスケ選手の言葉だからこそ、そして少し言いにくいこともユーモアを交えて心に届けられる篠山選手だからこその現象でした。

 たった一言で、自分たちフロントスタッフによる施策の数十倍もの効果を生む篠山選手に衝撃を受けましたし、その裏に隠れる日々の努力やファンとの関係づくりに尊敬の念を抱きました。

ファンの皆さんと紡ぐストーリーは唯一無二の存在になる

 結果としては死闘の結果、あと一歩及ばず涙をのむ結果となりました。しかし選手とファンによる大きなうねりには大いに感動しました。そして一方で、これらの現象には大きな1つの要素があると考えています。

 それが「ストーリー」の存在です。

 この連載の第1回 最強スキル「ファンをつくる」は3つのプロセスで仕組み化できる でも書きましたが、今から5年前、Bリーグ初年度の2017年5月のチャンピオンシップファイナルでも、川崎ブレイブサンダースは宇都宮ブレックス(当時は栃木ブレックス)と対戦しています。会場は当時から人気の高かったブレックスのチームカラーの黄色のTシャツを着用したファンで埋め尽くされました。そして、試合もその年のレギュラーシーズンで勝率No.1だったブレイブサンダースは惜敗し、ブレックスが優勝しました。

 「油断すると会場全体が黄色く染まってしまう」「今度はブレイブサンダースカラーに染めてほしい」という言葉や思いは、この経験があったからこそのものだと言えます。

 しかし、今回のうねりに参加していたのは決して当時からファンだった人だけではないのです。そこからの数年で新しくファンになった方のほうが多いでしょう。それでも多くの川崎ファンに刺さった。

 それは、直接この試合を体験していない人にも、ストーリーを伝えられてきたということです。それを実現するためにYouTubeを活用するなど地道な努力をしてきましたし、選手やヘッドコーチも事あるごとに触れてきました。

 今年の敗北は本当に悔しい。悔しすぎます。

 それでも、ファンと共に悔し涙を流した日がストーリーになって紡がれていく。

 悔しい思いをしたからこそ、優勝したときの感動につながっていく。

 それには、これから新しくファンになってくださる方にも、まるで自身が体験したかのようにストーリーとして浸透させることが重要なのです。

 優勝にたどり着けるのは1チームだけで、他の大勢のクラブとファンは途中で涙をのみます。優勝するよりも、それまでの悔しい過程の方が長いからこそ、ストーリーを大切にしたいと考えています。

 商品やブランドだけにストーリーを勝手にまとわせるのではなく、ファンと一緒に紡いでいくストーリーの方が強い。これはスポーツに限らず、すべてのブランドで同じです。

 既にファンでいてくださる方々と一緒にストーリーを紡ぎ、新たにファンになった方にはこれまでのストーリーを解像度高くインストールする。それがファンを熱くし、ファンが増えていく要素の1つではないでしょうか。

 次回以降は、YouTubeやTikTokなどのSNSの運用方法やデータ活用について解説していきます。また、対談企画なども予定しておりますので、是非フォローしてください。

ファンをつくる力
デジタルで仕組み化できる2年で25倍増の顧客分析マーケティング
Bリーグのプロバスケットボールクラブ「川崎ブレイブサンダース」は、DeNAが運営を継承してから3年で、リーグNo.1の動員数を達成。チケットやグッズ販売といったチーム関連の売り上げも約2倍に拡大した。飛躍の原動力は、YouTubeやTikTokなどを積極的に使ったデジタル戦略にある。YouTube登録者数はBリーグのみならず、Jリーグクラブを含めてもNo.1。TikTokフォロワー数は日本のプロスポーツクラブでは読売ジャイアンツに次ぐ2位と、若年層を中心にプロ野球やJリーグも超えたファンを獲得している。本書では、これまでの歩みを振り返りながら、ファン層を広げてきたその取り組みを余すところなく公開。今やどんな商品、サービスを提供する企業でも求められる「ファンをつくる力」。そのために有益な方法論を、豊富な実例とともに明らかにする。

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発行:日経BP
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