売り上げ増、市場拡大など、ビジネスの成長における悩みは「ファン」の存在がすべて解決してくれます。あらゆる業種・職種において「ファンをつくる力」は必要不可欠なのです。書籍『ファンをつくる力』を出版した、プロバスケB.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースでマーケティング領域を統括する藤掛直人氏による本連載。第2回では「ファンをつくる力」を飛躍させるデジタル施策に関して、落とし穴や考え方について解説します。

SNSの目的設定はできている?

 ビジネスにおいてSNS(交流サイト)の活用は不可欠な時代になりました。

 ファンづくりにおいても、デジタル施策はそれを大きく飛躍させてくれる存在です。その中でもSNSはファンや顧客と接点を持ち、自分たちのコントロールできるオウンドメディア(自社メディア)としてますます重要な存在になっています。

 この分野は環境変化が速く、最新ノウハウがすぐに陳腐化することもあれば、プラットフォーム側の変更によりノウハウが無効化されることも多々あります。そうした状況下であるため、常に最新情報や流行をキャッチアップし、最適な戦術を取り続けることで手いっぱいになりがちです。

 しかし、たまには一歩引いて全体像を見る機会を持つことが必要だと私は考えています。そのSNSは何のために、どの指標を伸ばそうと運用していますか? これに明言できないと落とし穴にはまってしまう危険性が高そうに思えます。

クラブを承継して3年で、1試合あたりの平均観客動員数がリーグNo.1となった川崎ブレイブサンダース。その飛躍にはSNSも大きな役割を果たした(※写真最終確認中でサシカエになる可能性があります)。
クラブを承継して3年で、1試合あたりの平均観客動員数がリーグNo.1となった川崎ブレイブサンダース。その飛躍にはSNSも大きな役割を果たした。
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 そもそも周囲との目的やKPI(重要業績評価指標)の合意は難しいものです。例えば、こんな経験はないでしょうか。上司からはフォロワーを増やせと指示され、記事や書籍ではエンゲージメントを高めることが重要だと書かれ、別企業のSNS担当者からはインプレッションが大切だと言われる。

 そのどれもが重要ですが、すべてを追い求めようとすると運用がブレます。最も重要な目的やKPIは何かを設定し、それにしたがって運用しないと大きな落とし穴にはまります。なぜなら目的やKPI次第で、適切な投稿内容などの戦術は大きく変わるためです。

 川崎ブレイブサンダースは過去にBリーグのソーシャルメディアに関する賞を受賞した実績もあります(リーグが指定したSNSのフォロワー増加数が多いクラブが表彰されるもの)。受賞できて大変光栄でしたが、これを受賞したからといって、最もソーシャルメディアの使い方が上手かったとは限りません。なぜならフォロワー数は本質ではなく、あくまで付随してくる数値に過ぎないからです。表彰やメディアでは、分かりやすいフォロワー数に注目が集まりがちです。もちろんフォロワー数を増やすことが重要な目的であれば問題ないですが、そうではない場合はフォロワー数に惑わされず、本当に重要な指標を追い求めることが必要だと思うのです。

デジタル戦略はファンの導線に沿って構築する

 デジタル施策を複数運用するのであれば、全体戦略を構築し、各デジタルメディアのターゲットと役割を明確にすることが必要です。川崎ブレイブサンダースではファンになる過程をフロー化し、それぞれのフェーズごとに施策を配置していくというアプローチを取りました。

 各デジタル施策を大分類としては2つに分け、そしてそれぞれを3つのフローに分けて目的設定しています。

 まず第1回でも触れた、「ファンをつくる」ための3つのプロセスの2つである、②体験価値の最大化と③体験人数の増加に大きく分類します。そしてそれらをさらにフローに細分化しています。どのフェーズの施策が手薄か明らかになり、新たにどういった役割の施策を追加するかの判断基準になるというメリットがあります。

 川崎ブレイブサンダースがYouTubeを始めたタイミングでは、デジタル施策はまったく充実していませんでした。当時活用していたのは、YouTubeのほかにTwitterとInstagramです。拡散力や検索性、交流機能などの軸で各プラットフォームの特性を分解して、バスケットボールにおけるTwitterやInstagramやYouTubeの役割を整理しました。この役割はブランドやサービスによって異なるため、都度判断することが必要です。

 川崎ブレイブサンダースでは空白になっている箇所に、TikTok、LINE、オンラインサロン、そしてNFT(非代替性トークン)×ファンタジースポーツの新サービスと立て続けに施策を打ち込んで行きました。

 そしてファンの導線に合わせて戦略を構築することで、各デジタル施策の目的やターゲットが明確になります。

 例えばTikTokはバスケを見たこともない方をターゲットとし、認知を広げることを目的としています。つまり、各動画のインプレッションを大きくできるか、そして今までバスケを見たことのない方が「いいね!」やフォローをしてくれるかが重要KPIとなります。 一方で、Twitterは既にファンでいてくださる方々をターゲットとし、より愛着を持っていただくことを目的としています。つまり投稿に対するエンゲージメントが重要になってきます。

 つまり我々のTwitterにおいて、現時点では本質的にフォロワー数は最重要KPIではないということになります。もちろん上記目的にのっとってコンテンツを拡充する中で、結果としてフォロワーが増えていくことは喜ばしいことです。ただ、フォロワー数増が目的になってしまっては、本来の目的や役割に対して最適なアプローチを取れなくなってしまいます。

 SNSを含むデジタル施策においては、周囲の人や部署あるいは協力会社と連携して動くことも多々あります。その際、全員の目線がそろうように最重要KPIについて合意しておくことが重要だと考えています。

デジタル施策の目的設定はコンテンツの出し分けにも役立つ

 SNSを含むデジタル施策を、どんな目的・役割で運用するか明確にすることは、コンテンツをどう出し分けするかの判断にも大きな影響を及ぼします。

 例えば動画コンテンツ1つを取っても、様々な素材が手に入ります。しかし、まったく同じ素材をYouTubeにもInstagramにもTikTokにも同じように投稿しても効果は最大化されません。なぜならそれぞれのプラットフォームで、見てくださる方も違えば、どういう動画を見たいと思っているかも異なるためです。

 そのためには、それぞれのターゲットや役割を定義して、どこでどの素材を出すべきか、どう見せるのかを判断していく必要があります。

 特にエンタテインメントは好きになればなるほど、コアコンテンツではない裏側や世界観が気になるようになります。川崎ブレイブサンダースでいうと、バスケだけではなく選手のパーソナルな好みや選手同士の関係性、普段の施設環境など、より裏側を知りたくなります。ただ、そういった情報はクラブを認知したばかりの状況で伝えられても興味を持ちづらい。最初はコアコンテンツであるバスケを絡めて興味を持っていただくなど、段階を追ってコンテンツを出し分ける必要があるのです。

 例えば川崎ブレイブサンダースの場合、TikTokは短尺ゆえにプレー面での訴求が効果的ですが、YouTubeは長尺なので企画系動画やハウツー動画、ドキュメンタリーなどの選手の人柄も伝わる動画を投稿しています。LINEはブロックされないように有用な内容のみに絞り、TwitterやInstagramストーリーでは即時性のある情報を発信します。オンラインサロンでは選手のパーソナルな部分やプレーの裏側など、選手を好きだからこそ価値がある、逆に言うと選手を好きでない方には興味がないであろう領域に踏み込んでコミュニケーションしています。

 同じ動画を出すとしても、TikTokとInstagramではコミュニケーションを変えています。Instagramでは選手を知っている前提で投稿する動画も、TikTokでは「日本代表の~」とか「プロバスケ選手~」などのように視聴ユーザーが選手を知らない前提でテキストを加えてコミュニケーションをしています。

 あらゆる状況のファンに対してベストな体験を想定し、最もよい形で提供する。デジタル施策を個々バラバラに運用するのではなく、総体としてのファン体験を考え抜くことが重要なのです。

川崎ブレイブサンダースのYouTube。チームや選手への関心度を高めることを目的に、企画色の強い動画やバスケットのノウハウ紹介などを展開している
川崎ブレイブサンダースのYouTube。チームや選手への関心度を高めることを目的に、企画色の強い動画やバスケットのノウハウ紹介などを展開している

デジタルは「手段」であることを忘れない

 デジタル分野はテクニカルなノウハウが氾濫しています。CTR(クリック率)を上げるために画像内の文字サイズはこのくらいがよいとか、こんなハッシュタグを入れた方がバズりやすいとか。専門性を生かした受託企業も増えています。

 しかし、最も重要なのはそれぞれの施策を全体戦略の中でどういう目的で、どういう役割として活用するのかを決めることです。

 組織の1人が1つの領域を任されたとき、その代表的なKPIをひたすら伸ばそうとしてしまいがちです。例えば、あなたがYouTubeの担当になったら月間総再生数をひたすら伸ばそうとするでしょう。あなたがTwitterの担当になったらひたすらフォロワー数を伸ばそうとするでしょう。そういう部分最適の思考は、ファンづくりを阻害してしまいます。

 あくまでデータ活用やデジタル施策は手段です。ファンをつくるという前提の目的を明確にして、そのためにどういう役割を担うのかを視座を上げて判断すべきだと考えています。

 ほとんどの場合、全方位的に最適解となる戦略など存在しません。ブランドやプロダクトの置かれている環境や、具体的にファンができるプロセスを想定し、全体最適の思考で取り組むことで「あえてやらないこと」を決められます。

 この姿勢がファンをつくることにつながるのだと私は考えています。

ファンをつくる力
デジタルで仕組み化できる2年で25倍増の顧客分析マーケティング
Bリーグのプロバスケットボールクラブ「川崎ブレイブサンダース」は、DeNAが運営を継承してから3年で、リーグNo.1の観客動員数を達成。チケットやグッズ販売といったチーム関連の売り上げも約2倍に拡大した。飛躍の原動力は、YouTubeやTikTokなどを積極的に使ったデジタル戦略にある。YouTube登録者数はBリーグのみならず、Jリーグクラブを含めてもNo.1。TikTokフォロワー数は日本のプロスポーツクラブでは読売ジャイアンツに次ぐ2位と、若年層を中心にプロ野球やJリーグも超えたファンを獲得している。本書では、これまでの歩みを振り返りながら、ファン層を広げてきたその取り組みを余すところなく公開。今やどんな商品、サービスを提供する企業でも求められる「ファンをつくる力」。そのために有益な方法論を、豊富な実例とともに明らかにする。

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