※日経エンタテインメント! 2022年5月号の記事を再構成
シリーズ10周年を迎える舞台『弱虫ペダル』。1作目より作品を担う西田シャトナーと、手嶋純太を約4年演じ最新作で演出を務める鯨井康介に、『ペダステ』の軌跡とこれからについて聞いた。
西田シャトナー(総監督・脚本)×鯨井康介(演出)
舞台『弱虫ペダル』は渡辺航によるマンガが原作(既刊76巻)で、2012年に初舞台化。西田シャトナーによる画期的な演出で度肝を抜き、『ペダステ』の愛称で親しまれ、15作もの作品が制作されてきた。西田と、夏公演予定の舞台『「弱虫ペダル」The Cadence!』の演出を任された俳優の鯨井康介が語る、『ペダステ』舞台裏と最新作とは。
――『ペダステ』といえば、ハンドル1つと役者のパントマイムでロードレースを表現する“パズルライドシステム”が話題ですね。
西田 演出にお声掛けいただいたとき、“妥協せずに芝居をつくろう”と決めていました。ハンドルだけで走ったのは、自転車が見えなくても良いと考えたのではなく、そのほうが自転車で走る肉体やレース状況を切実にクローズアップできると考えたからです。当時のキャストたちには「お客様に本当に伝わるのか」と一抹の不安もあったかもしれませんね。でも僕には迷いは一切ありませんでした。観客には演劇を見る力があると知っていましたから。
鯨井 僕が『ペダステ』に参加したのは『総北新世代、始動』(16年)からですが、役者仲間が出演していたので当時の話は聞いていて。僕の周りの俳優たちも不思議がっていました。何かが違うぞ、と。
西田 「当時の他の2.5次元舞台との違い」について聞かれることもありますが、ただひたすら自分の芝居作りをしていただけなんです。俳優の肉体にこだわるやり方は、20年前の「懐かしい」演劇に見えるでしょうね。実際は何百年も前の、演劇初期の作り方を続けています。我々は原初演劇をまだ掘り尽くしていないので。舞台『弱虫ペダル』で毎公演同じ形の舞台装置を使うのも、同じ理由です。
鯨井 『新インターハイ篇~箱根学園王者復格(ザ・キングダム)~』(18年)では、足を動かさず語りと芝居で走りを表現しましたよね。
西田 大事なのは自転車ではなく、乗っている人間だから。レースを表現するには、ハンドルすら邪魔になるときもあるんです。
俳優の経験を生かす
――新作公演は、西田さんが総監督・脚本で、鯨井さんが演出を務める新体制へ。
鯨井 演出という立場で作品に関わらせていただきます。キャストが一新するので、役者同士のコミュニケーションの取り方や、どこまで本気の汗を流した芝居ができるかは、俳優としての経験を生かして教えられることがあると思っています。
西田 鯨井さんは俳優の枠を越えて作品への理解も深く、僕も託せると思いました。未来への希望を感じずにはいられません。僕にも、いつかフランスで上演をしたいという夢があります。「Japan Expo 2017」にデモンストレーション参加させていただいたとき、現地の人たちがすごく盛り上がり、レース表現もまねて楽しんでくれて。演劇の原点をやり続ける『ペダステ』は、言葉を越えて伝わると信じています。
ネクストヒットは“リアル系”から
舞台化不可能と言われてきた原作を、次々と成功へ導く2.5次元界。次のヒットとして注目されるのが、リアルな世界の舞台化だ。
日常生活には実在し得ない世界観やキャラクターを体現し、「実現不可能」といわれた様々な原作の舞台化に成功してきた2.5次元舞台。キャラクターのビジュアルにとどまらず、必殺技や魔法など可視化できないものをプロジェクションマッピングなどの技術を用いて、舞台空間に存在させてきた。海外でも人気となったライブ・スペクタクル「NARUTO-ナルト-」や舞台「鬼滅の刃」、『ワールドトリガー the Stage』などが成功例だ。
一方、昨年~今年にかけて、現実の生きる世界に近い日常を描く作品が多く舞台化され、人気&注目を集めている。ミュージカル『四月は君の嘘』はピアニストとヴァイオリニストの高校生の成長を、「ブルーピリオド」The Stageは成績優秀だが不良の主人公が美術大学を目指す姿を描く物語。舞台「東京リベンジャーズ」では、主人公がタイムスリップはするものの描かれる世界は日常と変わらず、敵と戦う際は拳を使う。
いずれも原作コミックスからアニメ化され、大ヒットとなった作品。例えば、『四月は君の嘘』(脚本・坂口理子、演出・上田一豪)では、ブロードウェイミュージカル『ジキル&ハイド』などで知られるフランク・ワイルドホーンが全曲を書き下ろし、主要キャストが熱唱する。リアルな世界観を舞台へどのように落とし込むかが、腕の見せどころとなりそうだ。
(文/小林 揚、松木智恵)