※日経エンタテインメント! 2022年5月号の記事を再構成
人気ゲームを原案にしたミュージカル『刀剣乱舞』や舞台『刀剣乱舞』、7月に初演を迎える舞台「呪術廻戦」など、マンガやアニメ、ゲームなどを原作・原案に舞台化する2.5次元ミュージカル。若い世代や海外からも注目を集めるが、まずは近年の動向と、3月に発表された「2.5Dアワード」の結果を見ていく。
マンガやアニメ、ゲームなどを原作・原案に舞台化する2.5次元ミュージカルが、また新たなフェーズに突入している。
2003年のミュージカル『テニスの王子様』(以降、テニミュ)に端を発する2.5次元ミュージカルは、「精度の高い原作キャラクターの再現」「舞台化困難とされた作品をエンタテインメント演出で魅せる」「シリーズ化」などを特徴に、新しい演劇方式として徐々に注目を集めるように。ぴあ総研の笹井裕子所長は、「テニミュは、通常公演の他にも横浜アリーナなどの大規模会場でライブ&イベント公演を定期的に行ったことが、市場規模の伸びを上げていく結果になったと思います」と分析する。
12年には舞台『弱虫ペダル』やミュージカル『薄桜鬼(はくおうき)』などのシリーズも誕生し、2.5次元という言葉も定着。市場規模もさらに伸び、14年には日本2.5次元ミュージカル協会が設立された。「いわゆるヒットタイトルがいくつも出たことで、各社がそれぞれ舞台制作をして戦うのではなく、全体でタッグを組みジャンルとして一枚岩になるほうが可能性も広がるのではないかと思いました」とは、協会代表理事の松田誠氏。
「協会の役割は、まずは日本国内での認知度を上げ、このムーブメントを一過性のものにしないこと。さらに海外進出に向けても動きたいと考えました」(松田氏)
さらに2.5次元界に弾みをつけたのが、15年から始まったミュージカル『刀剣乱舞』(以降、刀ミュ)だ。大人気ゲームを原案にミュージカル化され、翌年には舞台『刀剣乱舞』(以降、刀ステ)もスタート。「ゲームのキャラクターたちがオリジナルストーリーで活躍するといった新タイプのヒット作品の誕生が、16~17年にかけての伸び率につながりました」(笹井氏)。その反響を受け、18年の『第69回NHK紅白歌合戦』に『刀ミュ』のキャストが出場。また、『刀ステ』シリーズでかねてより人気を博していた鈴木拡樹や荒牧慶彦ら“2.5次元俳優”は、テレビや映画などの出演が増えるなどさらに認知度を上げ、業界をけん引する存在になっていった。
「他にも『あんさんぶるスターズ! オン・ステージ』(16年~)やMANKAI STAGE『A3!』(18年~)など、ゲーム原作の作品はマンガやアニメと並んで主流になりつつあります。また19年には『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stageという音楽原作キャラクターラッププロジェクトを舞台化した2.5次元作品も生まれました。マンガ原作についても『呪術廻戦』など連載中の最旬作品だけでなく、『BANANA FISH』『xxxHOLiC』『北斗の拳』といった昔の名作が舞台でよみがえる傾向もあり、さらに作品のレパートリーが広がっています。それに伴い観客層も当初は20代30代中心でしたが、今は10代から40代以上と幅広くなりました」(松田氏)
協会設立の目的の1つとして掲げていた海外進出についても、フランスの「ジャポニスム2018」でミュージカル『刀剣乱舞』、“Pretty Guardian Sailor Moon” The Super Liveが上演。翌年、アメリカでの「JAPAN2019」では“~Sailor Moon” The Super Liveのチケットが完売し、5000人を動員した。その後、コロナ禍で公演はストップしているが、21年に「Japan 2.5D Stage Play World」では計5タイトルが全世界向けに有料配信され、36カ国から購入された。「米ブロードウェイでの公演チケットが完売したことも影響し、最近は欧米からの注目度も上昇。現在も中国やヨーロッパ、アメリカなどから『2.5次元作品をやりたい』という声を受け、いくつかのパートナーとの準備を進めています」と松田氏。
新型コロナウイルス感染症の影響は当然、日本国内の公演にも打撃を与えた。20年に公演された作品数は前年の222本と比べると半分以下に。一時は劇場占有率50%の苦境にも立たされたが、その間も無観客配信やクラウドファンディングで舞台専門プラットフォーム「シアターコンプレックス」を立ち上げるなど、様々な創意工夫を行った。結果、14年にサービスをスタートさせた協会公式メルマガ会員「2.5フレンズ」の会員数が、22年1月には20万人を突破。高い関心を維持し続けている。
446名もの役者に投票が
そして今年、その20万人超の「2.5フレンズ」を対象に実施されたのが、「2.5Dアワード」だ。21年の1年間に上演された2.5次元ミュージカルの中から最も心に残る作品、俳優、演出家、脚本家を選んで投票してもらう形で、実に446名の俳優、137作品に票が入ったという。「シリーズ化されている人気作や俳優のみなさんはもちろんですが、協会で紹介できていない作品や、いわゆる2.5次元作品にそれほど出演されていない俳優さんにも票が入っていて、2.5次元作品を演劇として応援して下さっている思いを感じました」(協会広報・遠田尚美氏)
そのなかで俳優部門で選ばれたのは今年23 歳の新星・岡宮来夢、作品部門にはその岡宮も出演したミュージカル『刀剣乱舞』~静かの海のパライソ~が輝いた。
「『静かの海のパライソ』は20年公演予定が一部上演だけで中止に。満を持して21年に公演されました。その公演と出演俳優に最も多くの票が入るという結果はイコール、いかにファンのみなさんが2.5次元作品を大事に思い、無事に公演できたという実績を見てくださったということだと思います。
岡宮さんの武器は“染まっていない”こと。役者には役を自分に引き寄せる人と逆に役に染まりにいく人の両方がいますが、岡宮さんは後者のタイプ。2.5次元作品は今のところ『刀ミュ』と「BANANA FISH」The Stageの2作ですが、どちらも本当に素直に演じているなという印象がありました。今後も彼のこの真っ白さを生かしてほしいなと思っています。他にも多くの役者、作品に1票が入っていて、投票結果には全てに目を通しました。こうしてお客さんの声を聞けたことを大切に受け止め、今後の参考にしていくつもりです」(松田氏)
アワードでの投票範囲の広がりには、劇団四季のミュージカル『バケモノの子』や、東宝・帝劇が主催する舞台『千と千尋の神隠しSpirited Away』などといった、ここ数年の“2.5次元”というくくりを超えた多様な作品の舞台化も大きく影響している。
「いわゆるグランドミュージカルや歌舞伎などでマンガやアニメ、ゲームを原作に取り扱う傾向は、今後も確実に増えると思います。協会としては、その広がりは願ってもないこと。演劇業界はカテコライズされがちですが、そうしたことに関係なく業界そのものが盛り上がることが第一。今後も垣根を越えて広がりが生まれていけばいいと思っています」(松田氏)
演劇プロデューサー
(文/松木智恵 構成/小林 揚 平島綾子(編集部))