秋田の新政酒造は、酒造りの原点回帰を進めてきた。これまで実践してきた「地元の米を、あまり磨かずに、地元の水と地元の蔵で採取された酵母で醸す」ことの先に描くのは、秋田の過疎地に酒蔵を新設し、地域を丸ごと引き受けながら酒造りの好循環を生み出すことだ。新政酒造が目指す最先端のリジェネラティブな取り組みを追う。

新政酒造の佐藤祐輔さん(写真/船橋陽馬、根子写真館)
新政酒造の佐藤祐輔さん(写真/船橋陽馬、根子写真館)

 新政酒造の8代目当主、佐藤祐輔さんは、純米の酒だけを造ると決めてから、「いつかは無農薬の酒米で醸したい」という夢を持っていた。そうして無農薬栽培ができる適所を探している中で、秋田県の中心部の山深い谷間にある鵜養(うやしない)地区と出合う。市町村合併したために秋田市となっているが、新政酒造本社のある秋田市の市街地からは車で40分ほどの山の中だ。

 この地区の上流に集落はない。15軒ほどの農家が暮らす最上流の村のため、無農薬栽培をするにはもってこいの場所だ。新政酒造では、2015年から農家に頼んで酒米の作付けを開始。翌16年には水田を借りて自社栽培を始めるとともに、集落の農家に無農薬で酒米をつくってくれれば全量を買い取ると約束をする。

鵜養地区の全景(写真/松田高明)
鵜養地区の全景(写真/松田高明)

 このときの佐藤さんの決断がすごかった。6号酵母、生酛(きもと)、秋田県産米、木おけ仕込みなどの原点回帰による酒造りを成功させ、「新政酒造に古関あり」と言われるまでになった杜氏(とうじ)の古関弘さん(1975年生まれ)を米づくりの責任者に任命し、鵜養地区に移住してもらったのだ。

 日本酒業界に名がとどろいていた名杜氏を酒造りの現場から引き離し、米づくりをさせるというのは、普通の経営者にはなかなかできない。しかし、農家たちに無農薬の米づくりに対する理解を広げられるのは、「彼をおいて他にいない」という決断だった。こうして新政が不退転の決意で無農薬栽培に取り組む姿勢を見せたからこそ、鵜養の人々もそれに応えたのである。

 鵜養地区には30ヘクタールの水田がある。佐藤さんが出合ったとき、耕作されていたのは13ヘクタールだけで、残りは耕作放棄状態だった。だが、新政が全量を買い取ると宣言し、それを実践してきたことで、今では生産調整のための休耕田を除き、全ての水田で耕作が行われるようになっている。結果、かなりの山奥なのに、青々とした水田が広がっている。新政がこの地域の耕作放棄地問題を解決したのだ。

鵜養地区の水田風景(写真/筆者撮影)
鵜養地区の水田風景(写真/筆者撮影)

 鵜養は、秋田の中でも寒冷な地域である。もともと温暖な気候を好む稲を寒冷地で無農薬栽培するのは簡単ではない。試行錯誤する中でたどり着いたのは、無肥料無農薬の自然栽培だった。

 自然栽培へのこだわりがあったわけではないが、施肥をすると過剰な栄養が病気や虫害の原因となり、どうしてもうまくいかなかった。それゆえの選択だったが、肥料を入れないので今度は収量がどうしても下がる(それでも江戸時代の収量は確保できているという)。収量が下がると収入も減るから、そのままでは農家は誰もやりたがらなくなる。そこで、JA全農あきたが農家から買い取る一等米の価格に比べて5倍程度の高価格で買い取ることとしている。

 この原料高は、出来上がった酒の価格に転嫁したいところだが、新政の酒は既に十分に高いと思われており(四合瓶で2000円程度が売れ筋の価格帯)、値上げには限界がある。

 今は新政が使用する酒米の3分の1程度が自然栽培米だ。この程度だから何とか赤字に陥らずに済んでいるが、これ以上自然栽培米を増やすには、どうしても価格を上げる必要が出てくる。高級ワインに比べると、まだまだ日本酒の価格は安いので、価格を引き上げる余地はあるが、そのためには高級日本酒としてのイメージを確立することが求められる。今後の課題である。

 そのようなぎりぎりの状態であっても鵜養の米を使うのはなぜか。より自然な酒づくり、その土地の風土そのものを醸す酒をつくることで、まねのできない個性が生まれると信じているからだ。

「風景を醸す」という新境地

 同時に、鵜養という場所に合理性で割り切れない感情を佐藤さんが持っているのも事実だ。それは、鵜養が佐藤さんにとって特別な場所だからだ。

 2007年に新政酒造に入社した佐藤さんは、5年後の12年に社長へ就任する。入社以来の改革断行が功を奏して、早速13年には黒字転換に成功した。“安酒メーカー”だった新政酒造が、混ざりもののない純米の酒造りに転換し、杜氏の外注をやめ、価格を見直し、日本酒らしからぬネーミングとラベルに変え、ブランドイメージを刷新した。

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