日本酒の出荷量は醸造用アルコールを添加しない純米の酒を除いて右肩下がりの状況が続いている。しかし、そんな中でも日本酒の未来を感じさせる酒造りをする蔵元たちが少数ながら存在する。その先頭を走るのが秋田の新政酒造だ。新政の取り組みを例に、リジェネラティブな酒造りとは何か、それがどういう可能性を持つものなのか、2回にわたって見ていく。

新政酒造が醸す日本酒(画像/新政酒造)
新政酒造が醸す日本酒(画像/新政酒造)

 新政酒造の本社蔵は秋田市の中心部を流れる旭川のほとりに位置する。歓楽街に隣接する市街地だが、1852年の創業当時は米倉が立ち並ぶ荷揚げ場所だったという。往時は100軒以上の造り酒屋が集積していたというが、今も残るのは新政と秋田醸造(ゆきの美人)のみである。

 新政酒造は、創業以来、この地で酒を醸し続けている。入手困難で時に「幻の酒」とまでいわれる新政の酒は、全てここで造られている。

 現在の新政を特徴付けるのは、その徹底した原点回帰の姿勢である。近代化以後に日本酒がたどってきた工業的な酒造りの逆を行く、日本酒の源流に遡るような酒造りを実践しているのだ。

新政酒造は伝統的な酒造りに原点回帰する(写真/相場慎吾)
新政酒造は伝統的な酒造りに原点回帰する(写真/相場慎吾)

 例えば、酒の大元となる酒母(酛、もと)造りでは(注1)、国の試験研究機関である醸造試験所によって開発された効率的な製法である速醸や山廃をやめ、現在は昔ながらの生酛(きもと)のみで行っている。今、流通している日本酒の約9割は速醸で造られていて、生酛はたった2%である。速醸に比して2倍以上の時間と手間がかかり、かつ肉体的な負荷も高いため、生酛づくりの生産量はどうしても限定的になる。しかし、新政酒造では全量生酛にしている。

(注1)「日本酒を醸造するために培養された優良な酵母」が酒母(酛)で、蒸し米と麹(こうじ)菌を元にして酵母を培養したものをいう。清酒造りの工程は、「一麹、二酛、三造り」といわれる。「一麹」では、蒸し米を元に麹菌を培養する。麹菌は米のでんぷんを分解して糖化するカビの一種で、蒸し米に麹菌がとりついたものを米麹という。次の「二酛」では、米麹を元に酵母菌を大量に培養する。これが酒母(酛)だ。麹が生み出した糖をアルコールに変えるのが酵母の役割である。「三造り」では、この酒母に、蒸し米、米麹、仕込み水を加えて仕込みおけで発酵させる。こうして生まれた醪(もろみ)を絞って、酒かすを除去したものが清酒となる

 全量生酛を貫くには、知識や経験、技術もさることながら、職人が若いことも重要だ。従来の酒造りでは、要となる杜氏(とうじ)も含め、季節雇用の職人たちに頼るのが習いだった。能登杜氏などが有名だが、農閑期の出稼ぎとして酒造りを行う集団がいて、その人たちに酒造りを任せるのが業界の慣行だったのである。

 新政酒造も例外ではなく、以前は高齢化した季節雇用の職人たちに酒造りを任せていた。しかし、その態勢では生酛はできないし、何より酒蔵が一番大事にしなければならない酒の味を外部に委ね、技術の蓄積・伝承ができないことにも問題があった。

 そこで新政酒造は、廃業した日本酒蔵の職人などに声をかけ、全国から集めた若手職人4人を社員として雇い入れ、酒造りに当たらせることとした。当然、杜氏も社員が務める。これは当時の日本酒業界としては異例のことだった。

「土着の酒造り」に原点回帰

 酒母をつくる際、どのような酵母を使うかで酒の味は変わる。新政酒造では、現在頒布されている清酒酵母の中では最古の6号酵母「きょうかい6号」(※注2)のみを使うことにしている。この6号酵母は、新政酒造の蔵から採取されたものだからだ。

(注2)きょうかい酵母は、現在6号から19号までが頒布されている。6号はその中で最古のものだ

 新政の蔵から採取された酵母が、日本醸造協会が頒布する「きょうかい酵母」として認定されたのは1930年のこと。その強い発酵力により、それまでは失敗の多かった酒造りを変える画期的な酵母として瞬く間に全国へ普及する。とりわけ寒冷地でもよく発酵したことから、東北、北陸、信州が酒どころとして台頭するきっかけをつくった酵母である。

 日本酒業界に革命をもたらした6号酵母だが、その後、新しい酵母が続々と生まれ、今、業界では華やかな香りを生み出す酵母を使うことが主流になっている。6号酵母を使う蔵はほとんどなく、過去の酵母として忘れられた存在になろうとしていた。新政でも以前は他の酵母を使っていたが、それを再び6号酵母に切り替えたのである。

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