10月放送開始の話題のテレビアニメ『チェンソーマン』の挿入歌・EDテーマ『刃渡り2億センチ』を担当するマキシマム ザ ホルモン(以下、ホルモン)。22年6月に11年ぶりの海外ワンマンツアー「EUROPEAN TOUR 2022」で欧州5都市を巡り、今夏は多くの夏フェスに出演するなど、内外で常に注目を集めるアーティストだ。音楽性だけでなくクリエーティブやプロジェクトのユニークさにも定評が高い彼らのエンタテインメント性やビジネス施策を、3人のクリエーターが分析する。[前編はこちら]
Que クリエイティブ・ディレクター/CMプランナー
豪勢スタジオ 映像作家/クリエイティブ・ディレクター
電通 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/第5CRプランニング局局長
ホルモンはMCUだった?
眞鍋亮平氏(以下、真鍋) 僕の愛読書の1冊が、中山淳雄さんの『オタク経済圏創世記』という本で、「これからはライブコンテンツの時代である」というものなんですが、ここでのライブコンテンツの定義が面白い。例えば、コンテンツが数日単位で数珠つなぎにアップデートされ続け、ユーザーの期待に応えて物語を提供し続けることだったり、あるキャラクターを好きになってそれについて理解を深めて消費を広げようと思うと関連商品が待っていたりとか。要は、コンテンツは静的なパッケージでなく、動的なサービスになっている。
ホルモンってまさしくこれで、僕は実は約10年ホルモンと距離を置いていた休眠層だったのですが、ある日YouTubeの関連動画に「ホルモンの新曲俺ならこう歌う選手権!!」が出てきて、ミスチルの桜井(和寿)さんなんかも参加してるすごい企画で。そこから、芋づる式に次々動画を見てしまい、それらを見ていくうちに昔の伏線も回収でき「あ、ここもつながってたんだ」みたいな。ライブコンテンツのお手本のような案件なんですよ。冗談抜きで、広告・マーケティング関係者は、ホルモンのコンテンツを見て学ぶべきじゃないかな。
岡部将彦氏(以下、岡部) 視聴者の期待に添いながらストーリーが変化する海外ドラマのような部分もありますよね。
眞鍋 確かに。しかも中長期続いているストーリーだからその時々の次代の空気も感じられて。
岡部 今、亮君(クリエーティブの中心を担うマキシマムザ亮君)の中では完全にマーベル・シネマティック・ユニバースみたいになっているんじゃないかなあ。以前、亮君が「『お楽しみ』になりたい」って言ってたことがあったんですよ。「『お笑い』になりたい」的なニュアンスで。音楽も含めての自分の活動のことをです。それでいうと自分が考えたことで、まず楽しませたい・笑わせたいのは自分以外のメンバー3人。そこからスタッフやファンの人たちに……と広がっていくんだと思います。
眞鍋 楽しませたい相手の顔が具体的に見えているっていうのは大きいですよね。
藤井亮氏(以下、藤井) 亮君の端から端までモチベーションが行き渡っている状態ってどこから生まれているんだろうと思っていましたが、そういうところなんですね。
岡部 先ほど眞鍋さんのお話にあった、コンテンツが数日単位で数珠つなぎにアップデートされ続けるということに戻るのですが、1月に発売した映像作品『Dhurha Vs Dhurha ~ヅラ対ヅラ~』(前編参照)もそれだけでは終わらない数珠つなぎのコンテンツになっていました。
この作品の購入者は先行公開という形で「さようなら亮君。」というWEBマンガが見られるようになっていて、毎月最新話が更新されていくんです。今は購入者への先行公開は終了し誰でも見られるのですが、7月に全5話の最終回を迎えました。このマンガも過去の色々なコンテンツがリンクする、まさにマーベル・シネマティック・ユニバースなものになっていますので、ぜひ皆さんに見てほしいです。
独自の経済システムも構築
岡部 腹ペコ同士がえこひいきしあうという「腹ペコえこひいきクーポン」というシステムも結構すごいですよね(「腹ペコ」はホルモンのファンの愛称)。新曲CDとマンガ1冊がセットになった形式で発売した『これからの麺カタコッテリの話をしよう』(2018年)から導入されました。この時もコンテンツとして絵札はそろっているけど、パッケージとして何かお得感が足りないとなって……(「絵札」については前編参照)。結果マンガを付けることで金額以上の満腹感は出せたけれども、亮君が想定していたより単価が上がってしまった。「さあ、どうしよう?」と考えて出てきた解決策が、「プラチナVIPラウンジ券」と「腹ペコえこひいきクーポン」。
プラチナVIPラウンジ券の正式名称は「入荷と共に一瞬でソールドアウトすることで知られるホルモンオンラインショップで、絶対買える! 絶対売り切れない! 奇跡のプラチナVIPラウンジの入場券」。要はこれがあると、オンラインショップで売り切れ知らずで買い物ができますよってことなんですが、冷静に考えたらお金の落ちる先は全てホルモンなんですよ。(笑)
「腹ペコえこひいきクーポン」も、これを持っていくと全国の腹ペコが経営する主に飲食店でサービスが受けられるというものなんだけど、これもお店側がサービス分を補っているわけです。これにより腹ペコは腹ペコのお店を選んでいくようになるし、お店側は彼らにサービスをしてあげる、Win-Winなシステムです。
眞鍋 発明だね。もう何か独自の経済システムをつくっちゃってる。
岡部 ファン同士が仲良くすれば離脱しない、さらに深くそのアーティストのことを好きになっていくってことを直感的に分かっているんですよね。「腹ペコえこひいきクーポン」も、ファン同士を出会わせるシステム。それを特典として発明しているっていうのは、コンテンツメーカーの枠をちょっと超えてきてますよね。
眞鍋 ビジネスメーカーだし、お金が回るコミュニティーだし。しかも関わる人がみんなハッピーだよね。
岡部 バンドマンなのに課題の解決の仕方が音楽とか映像じゃなくて、最終的にファンコミュニティーとかシステムに及んでいってるのは、昨今、世界の広告賞が単純な広告コンテンツの審査部門だけではなくて、その企業の意義や社会の新しいシステムの創造といったところまで広がってきている流れともリンクしてます。
眞鍋 それこそカンヌ(世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」)とかに出品したほうがいいですよ。いろんな文脈で可能性があると思う。
岡部 そうなんですよね。実は過去にも国内最大の広告賞の1つであるACC賞(ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS)に『ホルモン2号店プロジェクト』という、これまた独創的なアイデアで入賞しています。
ただ、ホルモンのコンテンツは色々なものがつながっていることが多く、複雑怪奇すぎて理解してもらえなかったり、パッと飛びつきにくい可能性もあったりして。そこをどう分かりやすく伝えるか、企画の告知文なども、実は亮君もすごく考えて取り組んでいるんです。
藤井 コンテンツを作るだけでなく、それを届ける細部まで亮君がやってるんですね。本当にすごい。
眞鍋 コンテンツメーカーでありながら、届けるフェーズでは最強のクリエイティブディレクターでもある。知れば知るほど、学ばせてもらうことが多いよ。